第51話 連戦

 「結界だ!」


 俺が目の前で引き返した結界のすぐ近くまで俺たちは接近していた。

 だが……


 「はぁ!?」


 結界が一瞬で燃えた。

 後ろを見ると遠くで宙に浮く老剣士が手をかざしていた。

 あいつの仕業か!


 球状結界が轟々と燃え盛る。

 しかし結界は解除されない。

 むしろ強化されたような印象を受ける。


 そして炎が結界から地面に引火。

 それはあっという間に火の海を創り出した。


 燃えている。

 全てが。

 地獄やん。

 いや、ここ地獄だけど。


 能力展開の規模が段違いだ。

 しかし、ララは走り続ける。

 待て待て待て、マジかよ!


 「壁を打ち消して!」


 ララが叫ぶ。

 また無茶ぶりだ。

 勘弁してくれ。

 でもこれは魔剣でしか壊せない。

 クッソ、怖がるな俺!


 ララは高くジャンプする。

 地面に広がる火の海を越えて。

 浮遊感が俺にも伝わる。

 一気に壁に突っ込む


 「頼む消えろぉ!」


 俺は片手で魔剣を思いっきり振る。

 魔剣と炎の壁がぶつかった瞬間、ボォンと小爆発が起きた。

 俺達の前進の勢いが、一瞬止まったように感じた。

 魔剣に触れても、壁は一気に消失しない。

 おいおい堅いぞこれ!


 「消えろぉぉ!!」


 俺は気合を込めて、腕に限界まで力を入れる。

 ララも勢いを止めず、前へ前へ進もうとする。

 そうした結果。

 能力を打ち消す一際甲高い音を周りに響かせた。


 炎の壁に大きな裂け目ができた。

 二メートルくらいの穴だ。

 これだけ力を込めてもこんな穴しか作れないのか。

 しかも、開いた穴がもう炎によって埋められようとしている。

 結界が強力なこともあるが、何より炎が異常なのだろう。

 打ち消しても沸いてくる。


 ララは炎が再生する前にその穴に向かって飛び込む。

 火がメチャクチャ熱い。

 恐らく体のあちこちは火傷してるだろう。

 しかし、何とか潜り抜けた。

 後は走り抜けるだけだと、俺はそう思っていた。


 結界を抜けて着地した瞬間、真正面で多数の爆発。

 紅蓮の嵐だった。

 俺は爆発の先にあるものを凝視する。

 遠くから、ルーンを十数人で唱えている騎士達がいる。

 あいつらか。


 避ける隙間すらないから俺がやるしかない。

 けどこれ全部は防ぎきれないだろ!


 「力の守りよオセル・マトラス!」


 ララが能力を使用した。

 前方の空間に結界が展開。

 結界がひび割れながらも攻撃を防ぐ形となった。

 流石に隊長だ。


 結界の左右から軌道を曲げて襲い掛かる火の玉が現れた。

 俺は出来る限り、魔剣で火の玉を防ぎ続ける。


 「ぐっ……」


 爆発が近くで起こる度に、熱さと痛みが体を襲う。

 だが、直撃よりはマシであろう。

 黒焦げより火傷の方がマシに決まっている。


 「走ります! 掴まって!」


 ララが駆けだそうとした、その時。


 「くっ・・・」

 「なんだよこれ!?」


 足元の地面が泥沼と化していた。

 足を踏ん張った直後に腰ぐらいまで一気に体が沈んでしまった。

 当然俺も泥に浸かってる。

 これも悪魔の能力か。


 「濡れ土スタック!」


 結界の向こう側にいる手練れと思わしき騎士の一人がその名を叫んだ。

 スタック?

 そんな基本能力があるなんて俺は聞いてない。

 つまり……


 「相手は私達を身動きさせない気でいるようです! 打ち消してください!」


 上空を見てみると、今だとばかりに家々の屋根から火の玉の球が雨あられのように落下してきていた。

 待ったなしだ。


 「急いで!」


 相手が何の能力を使おうとも、こっちは何でも消せるんだ。

 考える必要はない。

 ただ、打ち消せ。


 俺は攻撃が届く前に、泥沼に魔剣を浸す。

 ただそれだけで、泥沼はあっという間に消失した。

 液体が脆い個体となり、地面が割れたかのように砕けながら。

 泥沼が急に個体となり微小に砕け散った影響で、地面には陥没したかのような小さなクレーターが現れた。

 泥の部分だけ打ち消したのだ。

 それに、服についた泥も全てなくなっていた。

 本当にドレインの能力は凄い。


 ララは次の攻撃が着弾する前に、素早く走り出す。

 その走りは、十分に速いと思っていたダゴラスさんよりもさらに速い。

 風が一気に俺の顔を叩く。


 俺はララの肩に組んでいる腕を強く組み直す。

 以前は両腕でもきつかったのに、今回は片腕だ。

 強く握りすぎてもう感覚もあまりない。


 「大丈夫ですか!」

 「ああ、何とか!」

 「油断しないでください! 恐らく、追っ手が来ます!」

 「まだ追っ手!?」


 これだけの速さに追いつける奴がいるのか。


 「来ます!」


 その言葉に反応して、俺は首を後ろに回す。

 背後から三人程、騎士の装備をした悪魔達が走って俺達を追尾していた。

 スポーツカー並みに速い。

 しかも、じわじわと距離を詰めている。

 コイツらとの戦闘は避けられないだろう。

 俺の出番だ。


 後ろに少し体重を傾けて、迎撃出来る姿勢を作っていく。

 俺は他の悪魔みたいに、遠距離攻撃は出来ない。

 だから、ララに背負ってもらっている今は、先制攻撃の選択肢はないわけだ。

 俺は必然的に後手になる。


 さっきまでの体を巡る意思の様なものは感じない。

 体に満ちる全能感のような感覚もない。

 ドレインの能力を調整して、弾くくらいは出来るが……

 さっきまでの超人的な力はどうやって引き出した?

 何故か思い出せない。

 何でだよ……


 悪魔の騎士達は、それぞれ何かを唱えているみたいだった。

 距離が離れていて、しかも風がぶち当たる今の状況では、何を言っているのかは分からない。

 直後、騎士の一人が急静止して、地面に両手を置いた。

 土に手を置くってことは……

 俺の予想を裏切らず、大地が激しく揺れた。


 「地震!?」


 地面が揺れるという感覚は実に恐怖だ。

 脳に染み付いている本能が俺の判断を一瞬鈍らせる。

 だが、ララはそんな揺れにも動揺しないで、ただ走り続けていた。


 「焦らないで! いつ攻撃が来てもいいようにして!」


 ララの声で幾分か気分がマシになる。

 俺は背負われながらも揺れに耐える。

 地震はどんどん勢いを失っていき、揺れを小さくしていく。

 結局、ララの移動は遅くならなかった。

 彼女は凄い。

 そう思ったのもつかの間、次の異変はすぐに起きた。


 次は地割れだった。

 そのまんま、地面が割れたのだ。

 しかも、俺達の真下から。


 地面がいきなり音をたてて、バックリ割れる。

 雪原のクレバスのように。

 それに素早く対応して、ララは裂け目が広がる前にまた大きく跳躍する。

 高さは十メートル程。

 跳躍時の運動エネルギーが、ある程度の高さで失われる。

 落下するまでの短い時間。

 そのわずかな時間の中で、手の空いていた二人の悪魔達は次の攻撃を仕掛けていた。


 割れた地面の中から、突然水が噴き出す。

 まるで間欠泉だ。

 その噴き出した水は、ある形へと変化する。

 

 それは水で出来た玉だった。

 数え切れない程のバレーボールサイズの玉が、際限なく噴き出される水から構成されていく。

 俺達はどんどん重力に引っ張られて、下降していく。

 水を呼び出した悪魔は、そこを狙ってきた。

 一気に、そして次々と水の玉が俺達に襲った。


 「掴まって!!」


 ララの合図と共に、俺は両腕で小さな体にしがみつく。

 俺がしっかり掴まったのを確認したララは、体の重点を変えて後方に回転しだす。

 いきなりのアクロバティックな動きに対応出来ず、かわされた玉はあさっての方向へ飛んでいく。

 どうやら、軌道修正は出来ないみたいだ。

 悪魔はその欠点をカバーするために、空中へ跳躍させたのだろうか?

 次々と迫ってくる玉を、身をひねって、或いは縮ませて回避する。


 地面が見えたと思ったら、次の瞬間には夕焼けの空が見える。

 しがみついているので精一杯だ。

 吐き気を堪えて魔剣をしっかり握る。

 魔剣を落としたら俺達は終わりだ。


 ララはあれだけ体勢を崩しながら回避していたのに、それが信じられないくらい綺麗に、優しく着地する。

 体の使い方が本当にうまい。

 無駄な動きを省く動作が神がかっている。

 だが、悪魔は俺達を決して待ってはくれない。

 見惚れもしない。


 着地した刹那、騎士悪魔の一人がララに肉薄していた。

 水で出来た剣のような物を振りながら。

 危機的な状況の中で俺が考えたことは、ただ守らなければということだった。


 「横!」


 俺は叫びながら魔剣で水の剣を防ぐ。

 高い音がして、水の剣はただの水と化した。

 バシャバシャと地面に水が落ちる。

 悪魔の武器は他に見当たらない。

 なのに、悪魔の目は闘志を漲らせていた。

 水の落ちる音と同時に、騎士悪魔はルーンを唱える。


 「力の剛腕よソーン・マトラス!」


 腕力強化。

 目の前に拳がある。

 でかい拳。

 ああ、俺狙いかよ。

 殴られる寸前。

 その拳は俺の体を叩くことはなかった。

 ララがかわして蹴りを入れたのだ。

 圧倒的に後手に回っていたのに、強引に攻撃を当てやがった。

 ただただシンプルに速いその攻撃で。

 しかも、蹴られた悪魔はだいぶ後方に吹っ飛んで、口から血も吐いてる。

 強化された拳で体を殴られてたら、俺は死んでいたんじゃなかろうか。

 死が身近にありすぎる。

 そんな思考を読んでか読まずか、他の二人の騎士悪魔が左右を挟んで、同時に容赦なく遠距離攻撃を放つ。


 「大いなる水よラグ・マグナス!」

 「大いなる火よケナズ・マグナス!」


 二人同時の遠距離攻撃。

 よほど接近戦が怖いのだろう。

 だが、二人ルーンを唱える暇があるのなら、こっちにだって唱える時間はある。

 それに、こっちが後出しでも問題ないくらいララは速い。


 「俊足をエオー!」


 最初からぶっちぎりのトップスピード。

 攻撃が当たるのを直前で避けて、彼女は前へ一気に駆け出した。

 さらに速度を上げられるのか。

 横の景色が殆ど線だ。

 魔剣を振れない程ではないが、振りにくいくらいの強風が当たる。

 必然、他の悪魔騎士は付いては来れなかった。

 何かを唱えて炎やら水やらを放っているが、それも全て届かなかった。

 

 「凄い……振り切ったぞ!」

 「ハァ、ハァ……」


 ララは息を切らしていた。

 森でのダゴラスさんのように。

 もしかして、能力の使いすぎか?

 なんだかまずい予感がしてきた。


 「大丈夫か!」

 「ええ、大丈夫、です」


 ちっとも大丈夫じゃなさそうだ。

 さっきまで動き回っていたのが嘘みたいだ。

 そういえばと思い出す。

 俺と砦で会った時からララはボロボロだったな。


 「あそこで吸血鬼化は、使うべきじゃなかったかな……」


 ララは走りながら小さな声で独り言のように喋っている。


 「もうすぐで魔石倉庫です……魔石、必要なのでしょう?」

 「ああ、魔石があればここから脱出できる」

 「召喚王は、あなたを転移で逃がそうとしたのでしたね」

 「ああ」

 「召喚王が、ここまで手際よくあなたの逃亡に手を貸せたのは……誰かからの手助けがあったから、でしょうか?」

 「さっき言ってたネルって召喚王は、マリアさんの名前を出してた」

 「まあ、あの方ぐらいしかいませんよね、結局。心が読めない例外が二人いるだけで、こんなにも揺さぶられるものなのですね……」

 

 ララは息切れしながらも、話を続ける。

 何か思うところがあるのだろうか。

 と、ララが少し速度を緩める。

 すぐ目の前には結界があった。

 速いな。


 「結界を、お願いします」


 目の前にはさきほど潜り抜けた球状結界と同じ結界が張られていた。

 二重に展開していたのか……

 しかし老騎士の炎はないし、ここまで到達することを想定していなかったのかこの結界、かなり脆そうな雰囲気だ。

 でかいのだが、ピリついた力強さを感じない。


 俺は魔剣を前に突き出す。

 先端が結界に触れる。

 その軽い負担とは裏腹に、巨大な結界の崩れていく様は壮大だ。

 その壮大な現象を、ゆっくり眺めている余裕がないのは残念だった。


 そう。

 巨大で強大な炎が、すぐ後ろまで迫っていた。

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