第50話 2人の逃亡

 「右から炎が来る!」


 ララは俺の声に反応し、素早く炎の龍を目視して回避する。

 その身のこなしは、流石隊長と言ったところだ。


 四方八方から大量の火の玉が襲ってくる。

 ララはさらに加速して、火の玉が着弾する前にさらにその先へ行く。

 並みの悪魔では、捕捉もままならないだろう。

 しかし、炎の龍は速い。

 ララ以上の速度で移動してきやがる。


 「防いでください!」


 俺は片手に握っていた魔剣を、迫っていた龍に向かって構える。

 ララ曰く、あの龍に向かって真正面からガードはしない方がいいらしい。

 持っていた魔剣を斜めに構えて、龍の攻撃のタイミングを見計らう。


 龍と緑色の刀身が接触した瞬間、ギャリギャリと異質な音が鳴り出す。

 魔剣は能力を最大限に発揮していた。

 なのに、炎の龍は消失しない。

 消したそばから炎が再生成されているのだ。

 切ったそばから再生する鬼の始祖みたいな感じである。

 あらかじめ斜めに構えていた魔剣を、外側に力が流れるようにして腕を振る。

 すると、意外と簡単に龍は魔剣に受け流されてくれた。


 「その調子です!今持っている魔剣なら、龍も簡単には攻撃を仕掛けられないでしょう!」

 「でも俺が持たん!」

 「持たして!」


 ポケットなモンスターにかわせと無茶ぶり指示を飛ばす某トレーナーみたいなこと言いやがるこんちくしょう。


 「速度を上げます! しっかり捕まってて!」


 俺は今、ララに背負ってもらっていた。

 ララが移動役。

 俺が防御役。

 ララが俺を背負いながら走りに全力を尽くし、ある程度攻撃をかわしていく。

 俺がララの走りを、著しく遅くさせるような攻撃を防御する。

 ダゴラスさんに背負ってもらっていた時は無力な俺だったが、今は大丈夫だ。

 俺ならやれる。


 悪魔達は、連携の取れた攻撃を俺達に仕掛けてきた。

 火の玉の雨や、氷の玉。

 土の壁による走行の邪魔。

 突風を使った体勢を崩す妨害。


 それらを殆どララはかわしてみせる。

 火の雨をかわし、壁を越え、風を突破する。

 俺を背負いながら。

 まさに超人だ。

 ララは強い。


 本当にこのまま脱出できるかもと。

 俺はフラグが建ちかねないような思考で剣を握りなおした。




 ---




 炎で燃える家屋からの脱出直前。

 俺は、魔剣による身体能力向上のことをララに話した。

 いくらか手助けが出来ることを伝えたくて。

 まあ、そんなに事細かくではないが。

 性格が安定しなかったりすることについては伏せた。

 とりあえず時間がないから、身体能力がありえないぐらい上がることだけを伝えたのだ。


 一通りの説明を終えた俺は、ララの表情を見てみる。

 不可解だと言いたげな様子だった。


 「この魔剣に身体干渉系の能力は付与されてはいないようですが……」

 「分かるのか?」

 「ええ、何の能力が付加されているかは魔具に触れた時の感覚で分かります」


 へえ、感覚で能力が分かるのか。

 便利なものだ。

 人間にはない感覚である。


 「……その点についてはまた、この危機を脱してからにしましょう」


 今の優先事項は、脱出することだ。

 その話し合い。

 俺がどうしてそんなことが出来るのかは後回しだ。


 「確かセムトラの脚力強化に、貴方はついて来れたんでしたね?」


 セムトラ……俺が交戦した風使いのことか。


 「一応、魔剣を持っている時はそうだった。でも、かなりギリギリだった」


 横に転がっている風使いを横目で見ながらそう言った。

 風使いやその他の悪魔達は、縄で縛って普通の結界に閉じ込めてある。

 目が覚めて攻撃される可能性があったのはもちろんだが、一番はコイツらの命のためだ。

 せっかく生かしておいても、周りを取り囲んでいる火で燃えてしまったら、全部無意味になってしまう。

 その火から結界が彼らを守ってくれるだろう。

 ララが自発的に行ったことだった。


 それにしても、風使いを含めた悪魔五人がこの家屋内にいたことは、敵側も分かっていたはずだ。

 だが、こうして建物に火をつける。

 つまり、ここでこうして結界に閉じ込めてやらなければ、風使いたちは死ぬということだ。

 ひらたく言うとコイツらは見捨てられたということである。

 俺を攻撃してきた悪魔達ではあるが、同情の余地がないでもない。


 「ギリギリ……でしたら私の方が数段速いでしょう」

 「だろうな」


 ララの転移回廊の時の素早さには驚かされたし。

 しかも、能力を使っているような素振りはなかった。

 加えて身体干渉系能力を使用するのなら、相当な速度で移動が出来るだろう。


 「今はまだ、敵方は様子を伺っていますが、一旦この建物を出てしまえば悪魔総出で攻撃を仕掛けてくるでしょう。そうなれば、貴方の走力では不安が残ります」

 「なら、どうすればいいんだ?」

 「私が背負います」

 「……大丈夫かよ」

 「何を心配しているのですか?」

 「だってお前、体小さいじゃないか」

 「あなたは私が転移回廊で突貫者プロルススを弾き飛ばした所を見なかったのですか?」

 「……見ましたはい」


 そうだった。

 ついついララが素早いことばかりを考えてしまっていたが、コイツは超の付く程怪力だったんだ。

 百万馬力の機械少年もびっくらポンである。


 「私は出来るだけ走りに集中したい。故にあなたを守っている余裕はありません。ですから、ここは役割分担をしましょう」

 「どんな?」

 「私があなたを背負って移動する役。その方があなたにいちいち方向を伝えなくてもいいので、時間短縮に繋がります」


 確かにな。

 それに、バラバラで行動してお互いの行方が分からなくなる事態は、なるべく避けたい。

 俺には道案内が必要なんだ。


 「俺は何をすればいいんだ?」

 「あなたは私を守ってください」

 「守るって、背負われながらか?」


 そんな器用なことを、俺が出来るのか?

 でも、魔剣を持った時のわけ分からん俺の状態なら出来るかもしれない。

 多分、出来るだろう。

 やってみる価値は大いにある。


 しかし、あの俺の豹変ぶりをまた再現出来るのか?

 最初、魔剣を持った時は何も変化しなかったし。


 「恐らく、最初の攻撃は一斉に来るでしょうから、出だしが肝心です」


 プレッシャーもんだな。

 命を懸けることにはまだ慣れない。

 魔剣を持ってる時だけは、あんなに自信たっぷりなのにな。


 「時間はもうないみたいですね」


 周りを見ると、火がたいそう酷いことになっていた。

 砦は石作りのはずなのに、何故か火が燃えている。

 石が引火ってありえるのか?

 これが能力による火だからなのか、何か別の理由があるからなのかは分からない。

 だが、この火が尋常じゃないことくらいは俺でも分かる。


 「行きましょう」


 そう言って、ララは俺に背を向ける。

 その背は、超人的な動きが出来るとは到底思えない程に小さい。

 コイツの背におぶさるのか。


 「乗ってください」

 「ああ」


 俺はララの背中に乗っかるようにしてしがみつく。

 よくよく考えてみれば、これは女子中学生が成人男性をおんぶしているような構図なんだろうな。


 「私が攻撃をかわせないと感じたら、それで迎撃してください。出来るだけ合図もします。頼みました」

 「任されよ」


 やるだけやるしかない。

 ララは後ろに手を回して魔剣を俺に渡す。

 その魔剣は、初めて持った時のようにズッシリと重かった。

 悪魔と戦っていた時は、あれだけ軽かったのに。


 「ここまであなたは悪魔を退けたんです。私に実力を見せてください」


 だからそんなこと言われたらプレッシャーになるっつの。

 お前は俺に失敗して欲しいのか?


 「まあ、出来るだけな」

 「お互い、出来ることを全力でやりましょう」


 後ろで爆発が起こる。

 もうここにいるのも限界だ。


 「行こう!!」


 そうして俺達は修羅場へと身を投げ出した。


 

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