第49話 最初の味方

 家屋のドアがいきなり開け放たれた。

 俺も含めたこの場にいる全員が、一瞬驚いたような挙動をみせた。

 そりゃびびる。

 こんな緊迫した状況なら。


 ドアを開け放った者。

 それは、悪魔だった。

 というか女騎士のララだった。


 まさかの女騎士ララ登場でさらに驚愕だ。

 俺を中央執行所へ連行した張本人。

 転移回廊に現れた巨大な魔物を仕留めた手練れ。

 そいつが今、俺の目の前に現れた。


 彼女は状況を把握するような目で周りを見渡す。

 片手に持っていた魔剣らしき剣は、根元からポッキリと折れている。

 何かと戦っていた?

 でも誰と?

 しかもコイツ、焦げ臭い。


 「ララ様!」

 「来てくれましたか!」

 「ララ様も人間と交戦を? 剣が折れておりますが……」


 悪魔達が安堵の表情を取り戻す。

 みんなそれぞれ声をかけている。

 頼れる味方ってやつだ。

 俺にとってはまさしく悪魔だが。


 詰んだ。

 そう思った。

 だがララは周りから声をかけられても、無言でいた。

 何故か?

 理由は、俺を見つめていたからだ。


 俺のことを悪魔達ガン無視で見つめているのだ。

 普通だったら怖いとか思うところだが、不思議とそんな感情はなかった。

 何故かって聞かれてもよく分からない。

 俺も聞き返したいくらいだ。

 何故なんだろうな?


 黙るララに対して、悪魔達は不思議がっているようだ。

 ララは周りを再度見渡す。

 そして直後。


 「すまないな」


 そう言って。


 「俊足よエオー


 と言った。

 それは一瞬で行われた。

 圧倒的だった。


 悪魔全員の後ろへ回り込み、手刀を首にかましていく。

 唯一、騎士の悪魔が抵抗しようとする動作を見せたが、それも間に合わなかった。

 本当に一瞬の出来事。

 俺もかすかにしか見えなかった。

 瞬き一回分の間に、全部終わってしまった。

 俺が苦戦していたのは何だったんだ?

 ララが強いことは知っていたが、まさかここまでとは。

 圧倒的すぎるじゃないか。

 というか何故ララは味方の筈の悪魔を攻撃した?

 一体何を考えてる?


 これはもしかして。

 もしかすると、これは。


 「……俺を助けてくれるのか?」


 だよな。

 そうだと言ってくれ。

 じゃないと、俺は今度こそ助からない。

 祈るように俺はララに聞く。


 「ええ」


 短く。

 しかししっかりと、彼女はそんな言葉を俺に伝えた。

 多分、嘘じゃない。

 嘘を吐くメリットがない。


 ああ、助かった。

 やっと味方が現れた。

 限界まで粘って、本当によかった。


 でも……でもだ。

 何故俺を助ける?

 味方の悪魔を裏切ってまで。

 そっちに何かメリットはあるのだろうか?


 「まあ、あなたが私に質問したい気持ちは分かりますが……とりあえず時間がありません。ここは何も聞かないで、一緒に逃げてください」


 いずれにしてもこの話、乗っかるしかない。

 今ここでララを味方に出来なかったら、俺はどっちみちおしまいだ。

 ララが敵なら、最初からもうそれまで。


 「分かった」


 ララは少し表情を崩した気がした。


 「ここまで逃げてきただけあって、流石に判断は早いですね」

 「結局捕まったけどな」

 「そうならないよう、今から私があなたの逃亡をサポートします。いいですね?」

 「そりゃあこっちは大歓迎だけど……」


 お前は大丈夫なのか?

 立場的に、色々と。

 だって、これって裏切りだろ?

 ……とは聞けなかった。

 俺がそんなことを聞いて、ララの気が変わられたらと思うとな。


 「では早速ですが、ここはもう危険です。手練れがここを取り囲もうとしてます」


 本当に早速だな。

 しかし悪魔がここを取り囲もうとしていることは、もう分かってる。

 あのめっぽう強かったスーツ女も、もうじきここへ到着するだろう。


 「俺はここに来るまでにスーツを着た女と会ったけど、そいつも手練れなのか?」

 「……ルフェシヲラですね。戦闘能力的には騎士団隊長クラスと遜色ない悪魔です」


 やっぱり相当強い悪魔だったらしい。

 隊長クラスってくらいだからな。

 逃げて正解だったわけだ。


 「俺はどうすればいい」


 そう、まずはプロに聞くのが一番だ。


 「どうするもなにも、逃げるのです。ただそれだけ」

 「戦えないのか」

 「戦っても負けるだけです。さっき、殺されかけましたから。あなたもそうでしょう?」


 ララは自身の鎧を俺に見せる。

 所々が焦げ付いててボロボロだ。

 相当激しい戦いだったんだろうな。


 「今は魔王様の命で、殆どの隊長は別の領土へ出払っています。が、それでも私を含めた四人の隊長格がこの街に留まっています」


 化け物クラスの悪魔がまだ三人いるらしい。

 先行きが凄い不安になってきた。

 これはララの言うとおり、素直に逃げた方が良いだろう。


 「その四人の中でも、化け物クラスの隊長はもうすぐそこまで来ています」

 「うん、逃げた方がいいな」

 「もちろん」


 そうこうしているうちに何だか周りが熱くなってきた。

 これってもう来てるんじゃないのか?


 「その前に一つ聞きたいことが。どうやって悪魔と戦っていたのですか? ここまで来たからには、何か戦う術があったのでしょう?」

 「部屋の隅にある剣、それで戦ってた。」

 「あれですか」


 ララは剣のある所まで行き、手に取る。

 すると、少し驚いたような顔をした。


 「これをどこで?」

 「えーと」


 どこから説明したものかな。

 よく分からん。


 ララは魔剣を結界にコツンと軽く当てる。

 結界はボロボロに崩れ去った。

 やっぱりこの魔剣はすごいな。


 「この魔剣は結界破りの魔剣……要食いの直剣と言います。召喚王の持ち物です」

 「召喚王?」


 十三歳から十四歳がしゃぶりつきそうな別称が来ましたねこれ。


 「本名をネル・ナベリウス。七十二柱、第十九位の強大な悪魔の一人です」

 「強大な悪魔ってことは、悪い悪魔なのか?」

 「強大だからといって悪に堕ちるわけではありませんが、ネル自体は凶悪な悪魔です」

 「俺、多分そいつからその魔剣貰ったんだけど」


 ララは表情を厳しくして、話を続ける。


 「味方?」

 「分からない」


 仕方ないだろ。

 悪魔みたいに俺は心を読めないのだから。

 まあ、悪魔側は俺の心を読めないみたいだが。


 「……召喚王が信用出来なくとも、この魔剣は有用です。この修羅場を乗り越えるまでは、魔剣を使ってください。私もあなたのサポートがないと流石に厳しい」


 だよな。

 素直にララに従おう。

 ただ従うというよりは結託……つまりグルの方が近いか。


 「ですが、これが終わったら必ず私に渡してください。これはあなたが持つべき代物ではない。召喚王の掘った転移の陣など信用出来るものではない」


 正直、武器がなくなるのは痛い。

 痛いが、ここは頷いておこう。

 そうすることが、今は正しい。


 俺がそう思った瞬間。

 周りが急激に熱くなった。

 炎に囲まれたかのように。


 「来ましたね」


 いよいよか。

 熱くなってきたってことは……


 「火の能力を使う奴が来たのか」


 このまま呑気に話していたら、建物ごと燃やされるだろうな。

 生身でポップコーン気分を味わうのは勘弁である。


 「ここを脱出します」

 「分かった」


 俺は頷く。

 さあ、逃亡を再開させる時が来たようだ。


 パチパチと音が聞こえ始める。

 周りを見ると、あちらこちちから物が燃え始めている。


 「では、行きましょうか」


 俺……いや、俺達の逃亡が始まった。


 

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