第52話 炎の馬に跨る者

 炎の馬に跨った老騎士が、俺達を追いかけている。

 その老騎士は、紅蓮の炎に包まれているのにも関わらず、自身は燃えていない。


 彼以外の全てが燃えていた。

 炎の化身。

 恐ろしい形相をした彼は炎馬に跨り、火を噴出させて俺達を追っていた。

 結界を破った後、唐突に背後から出現したのだ。

 街が燃えるのなんかおかまいなしだ。


 「おい! やばいのが来てるぞ!」

 「分かってます」

 「何だよ、あれは」


 彼のすぐ背後には、炎の海とでも言うべき波が迫っていた。

 しかも、そこから龍のような形でうねっている炎が多数出現している。

 それは太陽の表面で見られるプロミネンスのよう。

 灼熱のうねり。

 彼が隊長格だというのは言われないでも分かる。


 あんな炎の海に飲まれたら、いくらこの魔剣でも防ぎきれない。

 焼かれ死ぬ。

 焼死は御免だ。

 トラウマになりそう。


 肝心のララは辛そうな顔をして走っている。

 呼吸がしにくいのだ。

 空気が熱されているから。

 これでは、走りにも影響してくるだろう。


 老騎士が俺達に追いついてきた。

 俺はある程度近付かなきゃ攻撃出来ない。

 もちろん老騎士が攻撃してきたら、魔剣を使って防ぐ。

 防ぐが、攻撃もなしに接近されたら静観するしかない。

 移動はララに頼りっきりなのだから。


 老騎士はついに俺達の横へ並んだ。

 追いつかれた。

 すぐ後ろには、炎の大波が音を立てて迫っている。

 彼の顔は老いている印象と、豪傑な印象を同時に伏せ持っていた。


 「ララよ」


 老騎士が口を開く。

 警告か何かか?


 「最後だぞ」

 「うるさい、ですね」

 「……」

 「私は、私の意思に従います」


 老騎士が諦めたかのような顔をした。

 残念そうだった。

 そして。


 「死ね」


 冷徹な声がボソッと聞こえた。

 それと同時に、周りの熱気が跳ね上がった気がした。

 後ろの炎の波から三体の龍が襲い掛かってきた。


 これは……

 この攻撃は平面でかわすのは難しい。

 だからと言って、跳べばそれこそ炎の餌食だろう。

 大した力もない人間でもそのくらいは分かる。

 だから、何とかしてこのまま切り抜けるしかない。


 一体目の龍の攻撃。

 ララが一瞬だけ移動速度を急激に上げる。

 ほんの一瞬だけだ。

 だが、それだけで攻撃のタイミングを外した龍は、地面へ顔から激突した。


 二体目の攻撃。

 龍が大口を開けて、背後から俺を食おうとする。

 俺は両腕を使って魔剣を握る。

 バランスが崩れて後ろへ落ちそうになるが、ララが手に力を込めて俺の太ももをガッチリと固定する。

 体を横にひねり、後ろに仰け反って攻撃をかわす。

 龍は俺に攻撃をかわされても、そのままララを食おうと……


 「やらせるか!」


 俺は龍の顎の下から、魔剣で首を切りつける。

 この龍の場合これでも消えはしない。

 が、弾き飛ばすくらいは可能だ。

 攻撃は消せないが、それは逆に触れるということでもあるからだ。

 龍は上方へと攻撃を反らされる。


 三体目の攻撃。

 コイツは明らかに、体勢が不安定な俺を狙って横から攻撃を仕掛けてきていた。

 俺は龍の方に向き直り、根性で魔剣を思いっきり下から大振りする。


 「らあぁ!!」


 龍の顔面が弾かれ横の家屋に激突した。

 だが安心するにはまだ早すぎる。

 老騎士の持った炎の大槍が、ララに向かって突き出されるのが分かった。


 「横から槍!」


 俺が言わずともララは気が付いていたようだ。

 表情を険しくさせながら、攻撃が来る方向を目視していた。

 していたのに、かわせる気配ではない。

 これはまずい。


 俺は槍を弾こうと剣を構える。

 見て分かった。

 恐らく、俺の腕力では槍の進行方向を曲げられない。

 多分、ララが死ぬ。


 直観で、刀身を使い槍を受け止めた。

 ドリルで鋼鉄を削るような鋭い爆音が響く。

 炎の槍は中々消失しない。

 だから膂力の戦いとなる。

 そして俺は明らかに力不足だった。

 それでも一突き目は何とかしのぐ。


 「……ふん、ドレインか。多少は強いな」


 そういい捨てた老騎士の手から大槍は鎮火するように消えてしまった。

 龍と比べて出力は低かったようだ。

 続けて老騎士が何かをしようとしているのが分かった。

 片手を空高くに上げ、口を開く。


 「統合」


 三体いた龍が一つの龍へ。

 バカがつくほどでかい。

 誰に言われずとも分かる。

 特大のがくる。


 「放射状の火炎がきます、防いで……」

 「放射状!?」


 広い範囲で攻撃されたら防げないんじゃないのか。

 いや、泥沼の時は全部一括で消えてたし……

 このドレインの有効範囲がよく分からない。

 が、一か八かやるしかない。

 全額ベット、オールインだ。


 俺は魔剣を盾にして構える。

 大きな龍の頭は、口を限界まで開く。

 口の中は業火が渦巻き、全てを燃やさんとする火の意思が垣間見える。


 龍の口から火炎放射が放たれる。

 まだ触れてないと言うのに、火傷をしたかのような錯覚に見舞われる。

 火炎放射は広大な範囲だった。

 左右に避けようが、ジャンプして避けようが、全部無駄だ。

 選択肢ごと燃やす理不尽な攻撃だった。


 「ぐぅぅぁぁ……!」


 魔剣はギリギリのところで炎を打ち消していた。

 だがやはり、打ち消しきれていない。

 打ち消すというより、受け止めてる感じがする。

 徐々に炎が俺達に迫る。

 俺の腕力じゃあ抑えきれない……!


 「大いなる水よラグ・マグナス!」


 ララが叫ぶ。

 魔剣と龍の間に水の壁が出来る。

 その壁は中に浮き、俺達に等速で付いて来ていた。

 ララは水の能力も使えるのか。


 「ぐっ、この……」


 それでも、炎の勢いは消えない。

 それどころか水が蒸発して、どんどん壁が消えている。

 もっと強力なやつを……


 「ハァ、ハァ……」


 息切れが隠せない程に、ララは衰弱していた。

 声が心なしか枯れている。

 でもこっちだって限界一歩手前だ。

 お互いに余裕がない。


 老騎士は追い討ちをかけるように、大きな龍の頭の周りにさらに炎の龍を出現させた。

 その数さらに倍。

 嘘だろ。

 さっきのが限界じゃなかったのか。

 いくら強い魔剣でも、別方向……それも同時に能力は打ち消せない。


 絶望。

 しかし、同時に希望も見えてきた。

 住宅街に俺たちは抜け出たのだ。


 「ここなら、ヴァネールも広範囲の攻撃は……してこないでしょう」


 ララの言葉通り、炎の出力が落とされていく。

 なるほど。

 俺達がさっきまで交戦していた場所は、住民の避難が済んでいたかなんかで広範囲の攻撃を遠慮なしに放っていたわけか。

 でも、ここは事情が違う。

 これはチャンスだ。

 魔石の貯蓄庫まで、あと少し……

 

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