第48話 結界拘束

 俺は逃げた。

 逃げまくった。

 そしてその先にあったのが、この家屋だ。


 風使いの悪魔を抱えながらここに着くまでの間、メチャクチャ大変だった。

 あのスーツを着た現代風の女悪魔は、凄い頑丈な結界を何枚も張って邪魔してくるし。

 土使いは針を地面から生やして妨害するし。

 使用してきた能力自体は強力なものが多かったが、しかし幸いなことに足はとろかった。

 振り切ってやったぞOL悪魔め。


 しかし問題は次から次へとやってくる。

 家屋内にも悪魔がいたのだ。

 当然と言えば当然な話。


 言い訳するつもりじゃないが、誰かにここへ誘導されたような気がする。

 別に実際に誘導されたわけじゃない。

 俺は自分の意思でここに入った。

 だが、何となくそんな気がするのだ。

 俺の忘れている、大切な人。


 さて、俺の目の前には悪魔が三人いる。

 騎士の鎧を着た悪魔が一人。

 普通の兵だと思われる悪魔が二人。


 また悪魔か。

 悪魔悪魔悪魔。

 エンドレスや。

 某配管工ブラザーズみたいに中間地点はないのか?


 「先回りか?」

 「貴様が知る必要はない」

 「ですよね」


 道理である。

 まあ、こんな時のための人質だ。

 使っていくしかあるまい。

 俺は片腕で抱えていた風使いの悪魔を盾にする。


 「コイツが人質ってのは分かるよな?」

 「人間とはやはり卑劣な生物だったのだな」


 何とでも言え。

 どうせ、今この場で俺への偏見や誤解は解かれない。

 ならここを脱出する為にやれることをやるだけだ。

 人道なんかくそくらえである。


 「お前らが攻撃を仕掛ければ俺は人質を殺す。テレパシーをしても殺す。怪しい挙動を見せても殺す」


 なんか暗殺一家の天才児の脅し文句みたいになってしまったが、まあ効果はあったようだ。

 三人の悪魔達は渋った顔をする。

 迷ってるところ悪いが、俺には時間がない。

 俺は、魔剣を風使いの首筋に当てる。

 これでどうだ?


 「分かった分かった!! だから殺すのだけは止めろ!」


 即決だった。

 判断が早いのは良いことだ。


 「分かったんなら、武器を捨てろ。今すぐ」

 「……分かった」


 悪魔三人は無言で目線を合わせる。

 明らかにアイコンタクトだった。

 ……ああ、ちくしょうめ。


 バシュッと音がした。

 いきなりだ。

 それと同時に、俺は横へ吹き飛ばされた。


 「は?」


 急な展開で混乱する俺。

 それもそうだ。

 いきなり俺は吹き飛ばされたんだから。


 攻撃の予兆はなかった。

 万が一攻撃してきても、かわせる自信があった。

 なのに攻撃を食らった。

 何故だ?


 「今だ!」


 騎士の格好をした悪魔が叫ぶ。

 それと同時に、兵悪魔三人と騎士悪魔一人が動き出した。


 兵二人は、俺が手放した風使いの悪魔の元へ。

 騎士はルーンを唱えながら俺を攻撃しようと接近して。

 新しく現れた雑兵一人は騎士の補助役なのかすぐ後ろをついてきている。。


 そう。

 兵三人。

 いつのまにか、新しく兵が一人増えていた。


 どこに隠れていた?

 どうやって攻撃した?

 攻撃の気配も何もなかったのに?

 

 「剛腕よソーン・マトラス!」


 騎士がルーンを唱え、剣を振りつつ俺に突っ込んできた。

 クソ、考える暇もない。

 人間相手には平気で嘘吐きやがって。


 「っのやろう!」


 俺はすぐさま起き上がって、魔剣で斬撃を受け止める。

 その程度のスピードだったら、不意打ちでもされない限り余裕を持って受け止められる。

 っと思っていたのだが。


 「ぐっ!?」


 俺は一歩二歩、後ずさりする。

 剣撃が予想よりも重い。

 先ほど戦った騎士の剣とは比較にならない重さだった。

 腕力強化の影響か。


 遠慮なしに騎士は連撃を仕掛けてくる。

 いちいち受け止めてたら、こっちが体力を消耗してしまう。

 付き合ってはいられない。

 剣撃をいなし、騎士の横に突っ込んで突破する。


 目線の先には、風使いを回収しようとする兵が二人。

 俺は力強く前へ駆ける。

 もちろん、雑兵二人を倒すために。


 「火よケナズ!」


 手の空いている雑兵が火を放つ。

 それで邪魔しているつもりか?

 俺は魔剣を振って火を打ち消す。


 「らぁ!」


 後ろから騎士の声が聞こえた。

 走りながら振り返ると、投げられたキラキラ光る石が俺に迫っているのが分かった。

 小さな石だ。

 そんな攻撃当たりもしない。

 回避する動作に入る。


 「火よケナズ!」


 手の空いた雑兵はまたしても火を放つ。

 いいさ。

 何度でも打ち消してやる。

 だが、火の行き先は俺ではなく、投げられた魔石だった。

 石が火に当たる。

 刹那、魔石は爆発した。


 「うっ!」


 眩しい光が至近距離から俺の目を射抜いた。

 俺は思わず目を閉じる。

 その次に、爆発の衝撃が俺の体を襲う。

 肌が焼かれるような痛みが、顔を庇った腕から走る。

 もの凄く痛い。


 腕の感覚がない。

 まるで腕がなくなったみたいだ。

 なのに痛みだけは走る。

 まさか石が爆発するなんて想像もしていなかった。


 「おらぁ!」


 気合の声と共に、騎士が俺を斬ろうとしているのが音で分かった。

 目は見えず、腕も動かせないが、何とか体は動かせる。

 俺は殆ど反射で、ベリーロールの要領で前へ飛び込む。

 後ろから剣圧が届き、無事に俺が攻撃をかわせたことを知らせてくれる。


 「日焼けが過ぎるぞこんちくしょー……」


 思わず呻く。

 いくら自分の体が強くなったといっても、痛みを我慢出来るようになったわけじゃない。

 ダメだな、戦い方をミスった。

 あの時飛んできた魔石はかわすんじゃなく、魔剣で打ち消すべきだった。

 あの爆発は能力によるものだろうから、多分魔剣でなんとかなったはずだ。


 「はぁ、はぁ……」


 痛みを堪えるのに体力を使う。

 しんどい。

 そんな俺を他所に、兵が再度ルーンを唱える。


 「火よケナズ!」


 また性懲りもなく火の能力か。

 俺はルーンが聞こえた方向へ魔剣を突き出す。

 能力を消滅させる高い音が聞こえた。

 無事に攻撃をやり過ごしたことを確認する。


 だが俺はまた吹き飛ばされた。

 最初に俺が食らった不可視かつ不意打ちの攻撃。

 痛くはないが、思いっきり体勢が崩れる。

 目が見えないせいで、どこがどこだか分からない。

 一体この気配がない攻撃は何なんだ?


 ついつい魔剣を持っていた腕の力が緩む。

 その瞬間を悪魔達は見逃さなかったようで、俺の腕が思いっきり蹴り上げる。

 腕から魔剣が失われた。


 マズイと思った時にはもう手遅れ。

 俺は魔剣を失った状態で、悪魔達に囲まれてしまった。


 「無駄だ! 抵抗するな!」


 騎士の声が聞こえる。

 俺はその大きな声にビクッと反応し、やがて恐怖心がじわじわと溢れ出してきた。


 「すっストップ! 待て、待ってくれ!」 


 俺は叫ぶ。

 待ってくれ!

 攻撃はしないでくれ!


 言い方がもうう負け犬のそれだ。

 でも、止まらない。

 恐怖が。

 プライドなど優先順位の下の下だ。

 生き残りたい。

 そう思った時、人は負け犬の言葉を口にする。

 俺がそうだった。


 魔剣から流れていた意思は一瞬で引き剥がされ、元の俺へと戻っていく。

 みなぎっていた力はだるさのある疲労感を残しながら失っていく。

 俺は完全に人に戻ってしまった。


 形勢があっという間に変わってしまった。

 たった一回のミスで、こんなにも状況が変わってしまった。

 終わる時は唐突。

 あっけない。

 こんなもの。


 怖い。

 あれだけ自信が溢れていたのに、今は怖くなってしまった。

 はは、俺ってこんなに怖がりだったっけ?


 悪魔に抵抗出来ない。

 それはどういうことなのか。

 いつでも悪魔達は俺を殺せる。

 そういうことだった。


 当然殺されたくはない。

 一回死んでいるのに、また死んだらどうなるのか。

 分からない。

 だが、嫌なものは嫌だった。


 「止めてくれ、抵抗しないから……」

 「守りよオセル


 騎士の声が聞こえた。

 結界の能力。


 「これでお前は動けないぞ、人間」


 ああ、そうか……


 「お前の周囲に結界を張らせてもらった。結界破りの魔剣で結界を破ったことは、テレパシーで報告を受けている。魔剣がなければどうにも出来まい」


 そうか、ひとまず俺を拘束しようと思ったわけか。

 俺は、手をそっと前に突き出してみる。

 確かに、壁のようなものが俺の手を遮った。

 本当に俺は閉じ込められたのか。


 ゲームオーバー。

 ここはゲームでも何でもない現実世界であるのに、まず俺の頭に浮かんだのはそんな言葉だった。


 もう終わりだ。

 捕まってしまった。

 こんな所で。


 そうだよ。

 そもそも、こんなに悪魔がいるところから脱出すること自体が無理だったんだ。

 ここまで来れただけでも大したものじゃないか。


 諦めに対しての妥協。

 平たく言うと言い訳。

 そうでもしないと、悔しくてたまらない。

 でも、現実は非情だ。

 俺が内心でどう思おうと、俺は恐らく殺される。


 「俺はなんにも悪い事はしていないんだ。誤解なんだ」

 「これだけ領地を荒らしておいてか」


 確かに、悪魔がみんな俺に向かって火の能力を放っていたから、相当街は荒れたんだろうな。


 「でも、それはお前達が」

 「黙れ!」


 兵が俺の言葉を遮る。

 怒鳴り声だ。


 「セムトラ様までこんなにしやがった癖に、何を言ってるんだ、人間。言い逃れ出来ると思っているのか!?」

 「魔王が俺を拘束しようとしなきゃ、こんなことはしなかった!」


 俺も全力で反抗する。

 俺が被害者なんだと。

 何で俺が全部悪いなんてことになっているんだ。


 「これは決まりなんだよ、人間」


 騎士が憤怒を声に乗せて俺に話す。


 「お前は俺達悪魔にとっての害獣なんだ。吸血鬼とかそういうのと同じなんだよ。世界を乱す。ルールだ。」

 「俺は悪い事をしてないし、これからも悪いことはしない。本当だ!」

 「良い悪いじゃない。俺達は魔王様に命令された。俺達は実行した。結局はただそれだけだ」


 いつもの平行線であった。

 まるで話が通じない。


 どうしたらいい?

 魔剣がないと、俺は何も出来ない。

 結界を破れない。

 攻撃も出来ない。

 逃げられない。


 俺の人生は、ここで終わるのだろうか。

 記憶喪失のままで?

 嘘だろ。

 誰か嘘だと言ってくれよ。


 俺は悪魔達の表情を見てみる。

 みんな、怒りの表情を浮かべていた。

 俺に対する怒り。


 理不尽だった。

 俺が怒りたい。

 俺が正しい。

 でも、言ったところで結果は変わらない。


 「ジャンシ、よくやった」

 「いえ、私はただ援護していただけですから」

 「お前の一手が人間確保に繋がった。大したもんだ」

 「正攻法では、コイツを追い込めなかっただろう」

 「不意打ちでもなければ、逆に俺らが危なかったかもな」

 「確かに、強かったな」


 悪魔達が思い思いに話しはじめる。

 安堵し始めている証拠だ。


 不意打ち。

 俺がここに閉じ込められることになった一手。


 「どうやって、俺を不意打ちしたんだ」


 俺は悪魔達に疑問を投げかけていた。

 俺はどうしても知りたかった。

 悪魔達は怪訝そうな顔をする。


 「人間、お前……」

 「心が読めない?」


 悪魔達は不思議そうに首を傾げる。

 確か、あのボロボロスーツを着た女悪魔もそう言ってたな。

 この街で接敵した悪魔はみんなそう言う。


 「ジャンシ。魔剣はどこへいった?」

 「部屋の隅にあります。しっかり弾き飛ばしています」

 「だよな。結界破りの魔剣が手元にないのに、何故心が読めない?」


 俺は何が何だか分からない。


 「……まあいいだろう。教えてやる」


 悪魔騎士はそう言った。

 冥土の土産と言わんばかりに。


 「静寂よエオロの能力さ。知ってるかは知らんが」

 「エオロ……」


 聞いたことがある。

 ダゴラスさんが森で使っていた結界の能力だ。

 今、俺を拘束している結界とは違う方の結界。

 生き物の五感の感覚を惑わせる能力だ。

 二尾サルの隠遁にも使っていたあの能力。


 「あれごしに攻撃をすれば、自分の位置や気配を条件付きで悟られない」


 それでいきなり攻撃を受けたように感じたのか。

 多分、俺の死角から攻撃を放ったんだろう。

 結界の壁ごしに。

 あれは物理攻撃を防ぐ結界じゃないから、攻撃はそのまますり抜ける。


 「分かったか? 人間」


 怒りと侮蔑を交えた顔でそう言われた。

 もうコイツらの中では、俺は悪役確定なんだな。


 「よし、無駄話はここまでだ。誰かテレパシーで報告しろ。人間を拘束したと」

 「はい」


 悪魔達は自分のやるべきことに着手した。

 ここからは流れ作業みたいなもんだ。

 俺を連行し、魔王が来るまで閉じ込められ、そして殺される。

 そう、殺される。


 考えただけでもおぞましい。

 死ぬのは嫌だ。

 だが、殺される。


 もう、本当にダメなのか?

 そう自分に問いかける。


 自分の命を諦められる人間なんて、滅多にいない。

 俺だって諦めたくはない。

 自分で命を絶つわけではない。

 奪われるのだ。

 おぞましい。


 誰か。

 誰か助けてくれ。


 その思いが届いたからなのかどうかは分からない。

 だが、それは急に現れた。


 家屋のドアを突き破って。

 

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