第41話 反逆の悪魔騎士

 〜悪魔・ララ視点〜


 私は何をやっているのだろうか?

 魔王様は今回の件を世界の均衡を守るための対処だと仰った。

 王立騎士団隊長や側近達も納得した。

 七罪の王達も賛同しているという。


 だが、私は逆にこの対処は世界の均衡を崩すものであるように思う。

 何の事情も知らない者を、ただここにいるだけで悪影響だから、という理由で排除するのか。

 それではまるで、害獣のようではないか。


 「人間がラース街に来た途端に、異常事態がこうも集中的に発生しています。やはり人間は、厄災の元凶に他ならない。そう思いませんか?」


 秘書のルフェシヲラは、当たり前のことを言った時のような口ぶりでそう言った。


 「確かにこの街に人間が来た途端にこの有様だ。だが、それは人間人間と騒いでいる我々や、昔に追放された七十二柱の悪魔達が人間を手中に収めようとしているからだろう?」


 彼女を見ながら、私ははっきりと言う。

 明らかに対立的だった。


 「我々が放っておけない程の影響力が、人間という種族にはあるからです。ラース領で監視されていた魔物の凶暴化、七十二柱の面々の活発的な動向。あなたなら分かるでしょう?」


 これが常識的な対処だと、彼女は思い込んでいる。

 正しいからそれをやる。

 間違ったことの可能性は考えていない。

 頭が常識で凝り固まっているのだ。


 「魔物の方は騎士団から討伐隊でも何でも組織して対処すればいいだろう。それに強大な力を持つ悪魔達は、元々大魔石の奪取が目的でこの街の様子は伺っていた。人間はきっかけに過ぎない」


 そう、元々私達悪魔が抱えていた問題じゃないか。


 「それでも、これまでは均衡を保ってきました。人間がいなければ、この先も保てていけたはず。いえ、今からでも遅くはない。人間を殺しさえすれば、また平穏はやってきます」

 「人間を幽閉するか殺すか以外にも選択肢はあるはずだ」

 「何をそんなに人間にこだわっているのですか。騎士団の第三隊長ともあろう悪魔が。上の立場に身を置く者なら、一刻も早く事態の収束を願うべきでしょうに。それに何より、現在魔王様が行方不明なのです。人間も逃亡中です。本当にこんなことをしている場合ですか?」

 「……」


 私はどんな状況でも迷わないと心に決めた。

 即決即断の心構えを持つようにと。

 私は決めたのだ。

 人間の処分に反対すると。


 人間がこの地獄にいても、事態を収めることは出来るはずだ。

 人間を幽閉するか殺すかの、安易な判断を下すのはまだ早い。

 我々悪魔が連携して事に挑めば、対処は可能なはずなのだ。


 だから……

 だから私は、騎士団としてはもう生きていけないような行為を、たった今している。


 ルフェシヲラに剣を向けていた。

 これは、全ての悪魔に対する反逆なのかもしれない。

 だが、私はしてしまった。

 もう後には引けないのだ。


 さっきからテレパシーで、騎士団の面々に代行として指示を出しているのはルフェシヲラだ。

 彼女はテレパシーの能力を第二段階まで習得している。

 賢い彼女のことだから、きっと指示を出している悪魔に軽い精神操作を施して的確な行動を促しているだろう。


 人間には逃げてもらわなければならない。

 私は再度命令する。

 同じ職場で、何度も顔を合わせた仲間に。


 「人間を見逃せ」

 「はっ、ご冗談を」

 「もう一回言う! 人間を見逃せ!!」


 声を高らかにして言う。

 だが、私とて分かってはいるのだ。

 ルフェシヲラは絶対に意志を曲げない。

 堅物なのはよく分かっている。


 「拒否します。魔王様はそれを望まないでしょうし」

 「……魔王様とて間違うことはある。特別な力を持ってはいても、やはりあの方も悪魔であることには変わらない」


 そう。

 そして悪魔は、人間と本質的に変わらない。

 間違えない者はいない。


 人間は知識を。

 悪魔は能力を。

 それぞれ異なるものを手に入れたが故に、異なる性質を手にしてしまったが、根の部分は同一なのだから。


 「それはあなたとて同じこと。はぁ、これも人間の影響力なのでしょうかね」

 「私の意思だ」

 「人間がいなければそんな愚かな判断をしなかったでしょう? ほら、やはり人間のせいです」

 「人間一人如きで騒ぎ出す悪魔側が問題だと私は言っている」

 「何があなたをそこまでさせるのですか? 急に、唐突に。これまで愚を犯すこともなかったあなたが」

 「……排除は、見逃せない」

 「ん? ああ、そういえば、あなたも経験があるのでしたね。つまりは慈悲ですか」

 「慈悲ではない。悪魔側の問題を正そうとしているだけだ」

 「この問題は人間を排除した方が効率的なんですよ」

 「合理のみに生きたら悪魔もおしまいだな。せっかく非効率という祝福を与えてくださったこの世の理への冒涜だ」

 「……はぁ」


 溜息。

 平行線、か。


 「ダメか」

 「ダメですね」


 お互いに相容れないが故に、同じことを言う。

 皮肉だった。


 私は剣を構え直す。

 言葉が無理なら、直接だ。

 そもそも、私の拙い説得でどうにかなる相手ではなかったのだ。


 ルフェシヲラは戦闘能力が高い。

 油断は出来ない。


 「……残念です、ララ」




 ---




 〜悪魔・ルフェシヲラ視点〜


 残念だった。

 非常に残念だった。


 今、ララが私に対して剣を向けている。

 何故、彼女が武器を手にしているのか、私には分からない。

 分かることがあるとすれば、それはたった今も人間は逃げているということ。


 魔王様の消息が絶たれたことを確認したその後、テレパシーで各隊へ同時に指示を出していた。

 こういう非常時に、魔物の襲来もない安全な街の兵達が対応出来るかどうかは怪しい。

 隊長クラスであれば心配もいらないが……


 魔王様の所在が知りたい。

 私がそう思った直後、ララが執務室へ入室してきたのだ。


 ララに、今すぐ各隊に指示を出すのを止めるように言われた。

 意味が分からなかった。

 何故?

 何故そのようなことを言うのか。

 あなたは騎士団の隊長でしょう?

 止めるのは私ではない。

 今も逃走している愚かしい人間の方だ。


 私は説得しようとした。

 各分隊のリーダーにテレパシーを送りながらも。

 だが、説得には失敗した。

 他の能力を併用している影響で、心が読めない。

 ララと長時間話している暇もない。

 話している間にも、人間は逃亡を続けているのだ。


 ララの説得は後からでも出来る。

 今は、人間と魔王様が優先事項。


 だからこれも仕方ない。

 本当に仕方ない。


 ララが反発したことによって、殺すか生かすかの判断をするのは魔王様の仕事だ。

 よって、ララを殺しはしない。

 気絶させるだけ。

 

 私は久しぶりに、戦闘態勢に入った。

 

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