第40話 始動

 〜魔王サタン視点〜


 人間を魔石の転移から庇って、体が再構築されたようだ。

 意識がはっきりとする。

 周囲から音が聞こえ始め、次第に視力を取り戻す。

 光は徐々に消えていき、世界の姿を認識し始める。

 そして、私が次に見た光景は……


 「グルルル」


 三つに分かれた巨大な頭部。

 私の何倍もある大きな体。

 凶悪な爪。

 黒く巨大な体を有した生物が目の前にいた。

 

 隷属の獣犬ケルベルス

 召還王のペット。

 恐らく、人間の逃走用に用意した足だろう。

 私の目の前で、黒い巨大な番犬は殺気を放ちつつ、大きく唸っていた。


 「そうか」


 周りの景色を見てみる。

 そこらに白い木々が生えており、鳥の鳴き声や川の音が聞こえる。

 森の中なのだろう。

 さらに所々に生えている白い木は、ラース領にしか生えていない固有の樹木であるカイの木だった。


 ここへ私が運ばれることになった元凶……魔剣に描かれていた転移の陣。

 非常に強力な結界破りの魔剣である、要喰いの直剣。

 ……召還王ネル・ナベリウス。


 地獄で最高峰の召喚師。

 全ての運び手。

 様々な呼び名があるが、一般で通っている二つ名は召喚王だ。

 強大な力を持った七十二柱の悪魔でもある。


 「なるほどな」


 眼前の魔物を見つめる。

 当然ながら、人間ではない私をケルベルスが乗せるわけがない。

 そして、主人の言いつけは忠実に守り、実行するだろう。


 私は構える。

 相手も牙をむき出しにしながら私に向き合う。


 まあ少し時間はかかるだろうが、倒す分には問題ないか。

 時間稼ぎのつもりだろうが、そうはいかない。

 神聖種を使わなければ、総じて弱いと言われるのが魔王ではある。

 逆を言えば、神聖種を出せばこの程度はたやすい


 「かかってくるがいい」


 攻撃を誘うかのように挑発をする。

 それに伴って、黒い巨大な犬は鼻息を荒くする。

 半開きの口からは鋭い牙が見え、その牙の間からは唾液がポトポトと垂れ落ちている。

 私を食い殺そうとする食欲交じりの殺気が、一気に強くなってくる。


 「ガアアァァ!」


 敵は立ち上がった。

 最近執務ばかりだったからな。

 体を動かすのはかなり久方ぶりと言える。


 地面がめくり上がる程の力で、ケルベルスは私の方へ襲い掛かってきた。


 

 

 ---




 〜人間視点〜


 俺は駆ける。

 悪魔達の放つ火の玉を弾きながら。

 俺は後ろから迫る火の玉に向かって、魔剣を振る。

 それと同時に剣と剣が接触して弾かれるような硬質な音が響く。

 結果、火の能力が打ち消される。

 この魔剣の能力がなければ、俺はとっくのとうに黒焦げだったろう。


 「あの剣、魔剣か!」

 「なんで能力を打ち消す魔剣が!?」

 「あの人間、速いぞ!!」

 「いいから撃ち続けて足止めしろ!」


 悪魔達の大声が後方から聞こえる。

 想定外の事態に、対応が遅れているようだ。


 後方から三人程悪魔達が駆けつけて、火の玉を打ち出していたが、これも威力自体はダゴラスさんと比べると大したことはなかった。

 それでも一発でも当たれば重傷確定ではあるのだが。

 まあ悪魔だからと言って、必ずしも戦闘能力がずば抜けているとは限らないということだ。

 ダゴラスさんやララといった悪魔は、やはり特別に強かったようだ。


 門の外はテレパシーで住民に伝わったのか急いで家に避難する者たちが多く見られた。

 もうすでに避難が済んでいる者が大半のようで、周囲の悪魔を盾にすることは難しい。

 なら、振り切るのみだ。


 さらに走り続けると、攻撃の射程圏内から外れたようで、もう火の玉は襲ってこなかった。

 まだまだ余裕は残っている。

 ……杞憂だったか?

 俺がそう思った瞬間。


 少し先にガラスのような壁が現れていくのが見えた。

 能力か。

 あれは……転移回廊で見た、ララの能力と同じやつか。

 形状は壁ではなく半球状。

 中央執行所を中心に境が街中になるようガラスの蓋をかぶせたようだ。

 そりゃそう簡単には進ませてくれないよなぁ。


 まあいいさ。

 やれるだけやる方針は、どんな状況になっても変わらない。

 だが、余力を残して死ぬことだけはないように注意しないと。

 先を見通して余裕を残すことは大事だが、余裕がある内に死んでももったいない。


 ……俺の中に巡る意思。

 その意思は、俺とさらなる同調を望んでいた。


 今、俺は強くなっている。

 さらに強くなれるのだろうか?


 そのまま俺は身を委ねる。

 その瞬間、俺は人間を一歩踏み越えた存在となった。

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