第28話 悪魔の生活20~思索~
夜。
夫婦寝室にて。
「もう腹は決まったのか?」
「私が出かけている間、スーのことよろしくね」
「ああ、大丈夫さ。俺も出来ればついていってやりたいが、お前の方が今回は適任だろ」
「ごめんね」
「任せろい。というか俺はお前と人間のあいつが心配だ」
「まああの魔王のことだから、ただで返してもらえないのは分かり切ってるけど、それでも行かないわけにはいかないし」
「あまり無理はするなよな」
「無理なんてしないわよ」
「でも、お前あいつを近くの浜辺で見つけてから、ちょっと変わったよな」
「……でしょうねぇ」
「だから俺はお前も心配なんだ」
「大丈夫。信じて」
「まあ……何言ったってやることは変わらないんだろ」
「困ったことに、そうなのよ」
「分かった」
渋々納得したようだった。
ダゴラスから覚悟の気がひっそりと伝わってくる。
「明日はあいつのこと、頼んだぞ」
本当に心配性ね、あなたは。
やっぱり人間である彼と、ダゴラスはどことなく似ている。
未来から来た彼の言った言葉からすると。
ダゴラスと彼は……
---
同時刻。
黒い大理石のように鈍く輝く石張り床。
十メートルはあるであろう高い天井。
室内の両側面は、何本もの太い装飾された柱が均等に並んでその天井を支えている。
その室内の最奥。
人が三人横になってもまだ余るほど大きい机を独占している者が一人。
机の上にはバラバラに紙が散らばっている。
「報告を」
少女のような声が広い室内に響き渡る。
幼い声だった。
しかしその声の持ち主は存在感は王そのものであった。
「はい。本日クルブラドよりエンヴィー領カムント城への到着報告の確認が終了。レヴィアタン様への謁見準備を開始するとのことです」
その者の真正面に机を挟んで立つ悪魔の女性がまた一人。
全身を黒いスーツで固め、片手には紙を挟んだバインダーを、もう一方の片手にはペンを。
まるで人間世界におけるオフィスレディのように見える彼女は直立不動の姿勢で幼い声の持ち主に何かを報告している。
「リタの方はどうなった?」
「リタからの報告は、前日の中間報告よりまだ確認が取れていません。恐らく、ウルファンス山脈で手間取っているのでしょう」
「あそこはどうしても気候の変化が激しいからな。あいつは気候制御が出来ないし、かと言って適任が他にいない。明日には報告があるだろうから、それまで保留だな」
「では、予定している他の領地に派遣する悪魔の選出はいかがしましょう」
「それはリタがマモンに会ってからでいい。どうせ使者を送ったところで無視されるのがオチだから優先順位をつけたんだ。別に焦ることじゃない」
「承知しました」
そう言うと、スーツを着た女性は紙にサラサラと何かを書いていく。
その女性は器用にも、ペンを動かしながら話を続ける。
「それからララには明日、市街中央の転移回廊で待機するよう連絡しました」
「ご苦労」
報告と確認をしていく両者は軽く笑いあう。
「しかし、久しくマリア様から連絡があるかと思えば、まさかの人間とは……」
「彼女が連絡するというのはそういった事案がらみでしかありえないことは分かっていたことだが」
「嘘の一つくらいマリア様なら吐くと思っていましたが、ストレートに人間だと告白されていましたね」
「まあ、この世界で唯一嘘が成立する女だからな」
「……ララが待機していることを、マリア様には伝えています」
「よし、他には?」
「いえ、特には」
「分かった、下がっていいぞ」
「それでは、失礼します」
そして、彼女は言う。
少女の声の持ち主の称号を。
「我等が魔王……サタン様」
スーツを着た女性は一礼して退室する。
そんな礼儀正しい彼女が室内から完全に姿を消すまでを見送った後、残った魔王と呼ばれた者はすぐ横にある窓の景色を見る。
窓の向こうからは広大な街並みが見下ろせる。
……ラース街。
「人間か」
様々な思いの中、魔王は呟く。
感情の高ぶりを感じて。
高揚感ではない。
この感情は……
この感情こそは。
「……殺してやる」
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