第29話 悪魔の生活21~街へ~

 家の裏庭。

 中央には人が十人は入れるくらいの石床が設置されていた。

 床に描かれた転移の陣。

 

 俺の隣にはマリアさんが。

 後ろにはダゴラスさんがいる。

 スー君は学校に行ってしまったようで、ここにはいない。

 

 「この陣、どこに繋がってるんですか?」

 「この領地最大の街……ラース街。その物流の起点となる転移回廊。大丈夫、安全な場所よ」

 「名前に転移なんてつくってことは、たくさんこんな陣があるってことですかね」

 「ええ、転移に莫大なエネルギーコストがかかるとはいえ、物資を運ぶのにこれほど便利なものはない。物資の輸入や輸出のために、百以上の陣を設置している大規模市場よ」

 「転移の陣で運ぶ物資を効率的に運ぶために回廊みたいな構造になってんだ、その施設。だから転移回廊ってわけだ」


 ということで。

 今から俺たちはこの転移の陣に乗っかって、転移回廊と呼ばれる場所まで行くのだという。


 「人が使っても平気なんですね」

 「物資がメインだが、人員の派遣や召喚にも使われるしな。お前さんの体がバラバラになって向こうで召喚されるなんてことはないから安心しな」


 某魔法界の瞬間移動魔法のように二の腕の肉がごっそりばらけてしまうことはないようだ。

 ここは大事なとこやでぇ。


 「向こうもオーケーみたい。一旦離れて」


 俺が考えていると、マリアさんは俺に指示してきた。

 今回の転移はエネルギーが全部相手持ちなので、テレパシーで確認を取らなければいけないらしい。

 そんな理由で、今の今までマリアさんはテレパシー中だったわけだ。


 いやー能力の便利さ加減よ。

 道具なしで遠距離の相手とコミュニケーションが本当に取れるとは……

 使っている本人達はこれが当たり前のような感覚なんだろうな。

 現世で便利な機械を日常的に、そして当たり前のように人間が使っているのと同じことである。

 特別も常識になれば特別じゃない。

 異質もまた然りだ。

 多分俺は、この世界の常識に色を染めていく。

 そんな気がする。


 「じゃあ、さっそく始めるわよ」


 指示通りに後ろに下がった後、またもマリアさんが声をかける。

 その言葉で、場の空気が一気に変化した。

 この感覚は前にも経験したことがある。

 転移の時に感じたものだ。

 何が変化したわけではない。

 しかし、違和感。

 雰囲気がガラリと変化する。

 特に石床に描かれている陣の周辺から強く感じられる。

 

 そして、森でも見たあの赤い光が突如として現れる。

 前回の転移は、暗い森の中でやったせいもあって特に輝いていたのを覚えている。

 現在は昼だから以前ほどではないが、それでも強い光だ。

 あまり直視していたくはない。


 「準備は出来たかしら」

 「俺の、ですか?」

 「もちろん」

 「そうやって聞かれると、理由もなく不安になってくるもんですね」

 「……きっと永い旅になるから」


 長い旅。

 俺のイメージしている旅と、マリアさんのイメージしている旅は違うもののように何故だか思えた。

 直観だ。

 でも多分、当たってる。

 

 「ここに残ってもいいのよ?」

 「……行かなきゃ。多分、何も始まらないので。始めなきゃ、終われない。帰れない、と思うので」

 「じゃあ、準備はいいのね?」 

 「はい」


 人間覚悟を決めると、淡白な言葉になるもんだなと思った。


 「お前さん、一ついいか」

 「何ですか?」

 「魔王……というかあいつは確かに真実を語るが、でもそれは善良かどうかの判断基準にはなりえない。あいつの言葉に乗っかるかどうかは、お前自身がしっかり考えてから決めるんだぞ。いいな?」

 「・・・?」


 そうダゴラスさんが俺に耳打ちしてきた。

 警告、だろうか。

 用心せよと俺には聞こえる。

 ダゴラスさんにしては遠回しな言い方だ。

 粗雑に聞いておかない方がいいだろうな……


 「都合よく物事が進んでも、酷い目にあっても、常にしっかり前を見て歩きな」

 「酷い目って……」


 おいおい。

 それじゃあまるで俺が転移先で酷い目にあうみたいじゃないか。

 本当に大丈夫なんだろうか?

 やっぱ不安になってきたわー。


 「何かあっても他の悪魔が助けてくれるんじゃないんですか? それにマリアさんも一緒に付いて行くし……」


 黙りこくるダゴラスさん。

 一体何だって言うんだろうか。

 頼みますからフラグ立てんといてください。

 割とガチで。


 「……了解です」

 「よし」


 それだけ言うと、いくらか満足したかのようにダゴラスさんはスッパリと話を区切った。

 ああ、何かありそうな予感だぜ。

 オラ、ちっともわくわくしねぇぞ。


 「行くわ」

 

 さあ、いよいよだ。

 そして俺は考える。

 ダゴラスさんに言っておくことはないか。

 やらなければ後悔することはないか。


 ……今は何も思いつかない。

 分からない。

 最後に何を言っていいのか。

 あんなにお世話になったのに。

 恩は感じている。

 だが、それでも分からない。

 別れの時って何を言ったらいいんだ?

 悩んでいると、ダゴラスさんは俺に声をかけてきた。


 「大丈夫だ。まあ、だから胸張って行って来い」

 「……はい」


 見透かされたようにそう言われた。

 そう言われちゃあ仕方ない。

 そう、仕方ないんだ。

 自分に言い訳して先に進むことにする。


 俺は陣の中央へマリアさんと一緒に進む。

 移動し終えると、マリアさんはテレパシーに入ったようだ。

 転移の合図を転移先の相手に送っているんだろう。

 数秒後、それを裏付けるように陣が更に眩く光りだした。


 ああ、いよいよだ。

 怖い。

 怖いが、逃げない。

 やるんだ。

 行くんだ。

 頑張れ、俺。


 そして、決定的な瞬間が訪れた。

 視界がどんどん真っ白になってきたのだ。

 

 天使のサリアと別れた時の場面。

 映画館にあった銀色のドアをくぐる時の場面と同じような、あの感覚。

 変な表現だが、光に触れているのがよく分かる。


 「行ってきます」


 俺のその一声で、見えるもの全てが光になったように見えた気がした。

 

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