第27話 悪魔の生活19~知識付与~
教本を読み終わった。
内容はまあ理解できた。
しかしだ。
理解できたことに対して、理解はできなかった。
え、何ややこしいこと言ってんだこの野郎って?
いやだってさ、本に書かれている文字が一切見覚えのないものだったのに、理解出来ちゃったんですもの。
そりゃそう思うよ。
「本を読めるように私がしたのよ」
「どうやって?」
「能力で」
「そんなこともできるんですか……」
「私は特別だけどね」
聞くところによると、テレパシーの能力で俺に見知らぬ言語を読めるようにしたらしい。
テレパシーで文字を理解するって、それもそれで理解できないわけですよ。
テレパシーは別に、人に対して直接知識を与えるわけじゃない。
精神感応の一種なので、あくまで出来ることと言えば他の奴と言葉や身振りなどに頼らずコミュニケーションを取ることぐらいが限界であって、直接知識を頭に一瞬で叩き込めるわけではない。
しかし、マリアさんはやったのだという。
他者の脳内に知識を直接与えるという、なんかどこかのラノベで出てきそうなチートじみた所業を。
「そうねぇ、人間基準で言うなら、生後五歳未満の子どもに鉄人レースをさせて優勝まで導くくらいすごいことだから、反則技といえばそうなのかもね」
ということだそうだ。
その奇跡を行使した対象が俺なのだが、まるで自覚なし。
というかいつ能力を使用したのかも分からない。
どういうことやねん。
そもそもだ。
これってテレパシーじゃなくて、どちらかというと洗脳とかそっち系に近いような……
洗脳はやり方次第で自分の感情、道徳観念、価値観、その他色々のことまで相手の思考に押し付けることが出来る。
それはつまり情報を付与したということ。
そういった点においては、マリアさんが俺にしたことと共通してはいる。
ただの洗脳とは違って、マリアさんのやったことは数百倍効率の良いものではあるが。
そう考えた上で、知識付与ができるのであれば、洗脳と同じく自分の思想や主義を付与することだってできるはずである。
それは意のままに相手を操ることの出来る、恐ろしい技能だと言っているのと変わらない。
ある意味ロボトミー手術よりもたちが悪い。
いや、よくよく考えれば、使い方を誤れば他者を再起不能に出来るものなんてこの世にゴロゴロあるわけで、マリアさんが知識付与?の能力を保有しているということに恐怖を抱く理由にはなりえないのかもしれない。
例えば、その辺に落ちている石ころは、人間の頭に全力投球すればその命を奪うことができるだろう。
普段料理に使用している包丁だって、人を殺めることが出来る。
実はこの世の大概のものはそうだ。
使い方を誤るだけで、大惨事になってしまうものばかりだ。
平和ボケした人間たちが普段自覚していないだけで。
マリアさんが使えばこそ、そのような間違いは起こさない……はず。
た、多分……
ということで、俺が教本を読み終えて気になったところを今マリアさんに聞いている場面というわけだ。
「じゃあ、テレパシーについて何て書かれてたか覚えてる?」
マリアさんからの質問。
あー何だっけか。
えー思い出せ、俺。
「確か、テレパシーを相手に送る、とだけ書かれてたと思います」
「正解。多分君が思っているように、普通のテレパシーは口頭で出来るような会話なんかが効果の限界よ」
「ですよね」
一体テレパシーとはなんなんだ。
「今、普通のテレパシーって言いましたけど、普通じゃないテレパシーなんてあるんですか?」
「そうよ~。あの本に二十五種の基本能力以外で書かれてたことはなんだった?」
「固有能力、能力付きの武具、魔物とか」
……そしてチャント。
そうだ。
エンチャントがあったんだった!
すっかり失念していた。
近くにあった教本を手に取り再度中身を確認してみる。
チャントチャントチャント……あった。
該当項目で、気になる部分を集中して見てみる。
・基本的な効果は段階ごとの威力上昇や規模の増大ではあるが、中には能力の追加効果が現れたり、全く別の能力に発展するものもある。
自然干渉系能力への付加は純粋に威力や規模の効果を底上げするものが多いと言われている。
身体干渉系能力では、威力や規模の効果を底上げするものだけではなく、別の付加効果や能力による現象に変化が見られてくる。
この記述だ。
チャントによる能力の追加効果。
あーなるほど。
つまり、普通のテレパシーじゃない方のテレパシーとは、チャントの補助効果でより効果が強化されたか、別の効果が付加されたかのどちらかを言っているんだ。
この場合、どちらが普通じゃないテレパシーに該当するかは分からないが、チャントを使ったっていうのは確かだと思う。
「分かったみたいね」
マリアさんは俺を見ながら見守るように笑いかけていた。
まるで小学校の先生である。
俺は小学生じゃないんだぜ先生ぃ。
「だから私は先生じゃないって」
「……地の文読んでません?」
「どちらかというと、君の心を読んだ確率の方が高いと思うけども」
「いやなんとなくそう思って」
「その勘は外れね」
残念ながらいいセンスではなかったようだ。
「君の表情ってダゴラスと同じくらい中身分かりやすいから」
「表情で心ってわかるもんなんですかね」
「もちろん理屈はあるけど、今回は理屈で心が読めたわけじゃないからいまいち説明しにくいわね」
「ってことは勘ですか」
「そうね、勘ね」
「マリアさんから信憑性に欠けるイメージな単語が出てくるとは思いませんでした」
「あら、勘は感よ。自身のこれまで感じた感覚や経験全てが、無駄な思考に遮られず表出化された結果出てきた判断。中途半端なロジックよりよほど信頼できたりするものよ?」
「そんなもんですか」
「そんなもんよ」
そんなもんらしかった。
なら、そんなもんなんだろう。
「ちょっと疑問なんですけど、チャントの一番上のランクって使うのが難しいんですか?」
「本当に力の強い悪魔が長年力を磨いて、やっと手に入るか手に入らないかぐらいのものだから、難しい、かな」
「じゃあ、さっき俺にやったテレパシーの能力は最上級のドミナス級?」
「いえ、知識付与の効果が付いたテレパシーは、チャント第三段階に当たるわね」
知識付与でまだ第三段階かい。
この時点で十分に凄まじいと思うのだが……
「さて、続きはまた今度ということにしようかしら。結構時間が経ったみたいだし」
時計を見てみると、数時間も時間が経過していた。
話をしている間にも、時はどんどん過ぎていくものだ。
時間は不可逆かつ、勝手に進んでいく。
それこそ意思を持っているかのように。
「そうですね」
「まだ分からないところがあれば、今度教えるわ」
「了解です」
そんな簡潔なやり取りで終わった悪魔レッスンなのであった。
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