第22話 悪魔の生活14~ベットの上で~

 ダゴラスさんが退室してから一時間後。

 目の前には持ち運びが容易な小さなテーブルが。

 テーブルの上には食事が。

 俺の隣にはマリアさんが座っていた。

 

 ダゴラスさんもスー君も、この場にはいない。

 スー君はまだ能力の練習中。

 ダゴラスさんは寝室で安静にしている。


 俺は俺で今日はベットから動くことを禁じられ、ここで食事を取ることになった。

 もし移動するとしたらトイレに行く時ぐらいか。

 さすがにシモの方まで世話になる気は毛頭ない。

 そんなことになったら俺は……多分どうもしないけど、なんか恥ずいので遠慮願いたいでそうろう。


 「これ、うまいですね」


 ベットに腰掛けながら料理を食べているのだが、相変わらずおいしい。

 舌がとろけそうなんて馬鹿な表現だなと思っていたが、撤回しよう。

 舌がとろけそうです。


 「でしょ? 自信作なのよ。あなたとダゴラスが狩ってきたスピラモンキーのお肉を使ったスープなのよ、それ」

 「……」


 そうだった。

 狩猟をする理由。

 生きるために、狩猟をするのだ。

 害獣を駆除する目的があったとはいえ、死体をそのまま燃やして処理するわけでもあるまいに。


 しかし、ってことはこれサル肉か。

 人間の世界では猿食は忌避されがちな傾向にある。

 ブッシュミート……つまり野生の肉ならなおのことだ。

 感染症にかかるリスクもあるし、なにより猿がヒト種と姿形が似ていることが一番の理由だろう。

 猿食文化のある国は偏見を持たれがちだ。

 しかし、それは文化だと主張する者も一方で多い。

 どちらが正解か。

 そんなものはどこにもない。

 元々正解のない世界に、正解不正解の考え方を勝手に持ち込んだのが人間だからだ。


 「美味いっす、これ」


 受け入れた。

 あっちの世界の人間みたいにごちゃごちゃ喚くことはない。


 「あ、言うことがあったんだったわ」

 

 マリアさんは、閃いたかのように俺に言う。

 何だろうか?


 「君が言ってた扉について、魔王に詳しく聞きたいって言ってたわよね。今日の朝、許可をもらったのよ」

 「もらえたんですか!」

 「ええ、丁度一週間後に空きがあるから、その日に来いですって」


 一週間後といえば……


 「ジャストタイミングで俺が家を出れる日ですね」

 「そうよ、よかったじゃない」

 「色々ありがとうございます、ほんとに」

 「いえいえ、これも怪我をさせてしまったお詫びだと思って頂戴」

 「マリアさんも別に気にしなくていいのに……」

 「そんな大仰なものじゃないからいいでしょ? 元々魔王様の件は頼まれてたことだったし」


 まあ、素直にそう受け取っておこう。


 「これで先の道がまた見えてきた気がします」

 「君の今後の予定も決まったんだし、少しは安心ね。ゆっくり食事食べちゃいなさい。私もここで見てるから」

 「ダゴラスさんの方はいいんですか? 行かなくて」

 「ダゴラスは多分ずっと寝てると思うわ。明日の朝まで目が覚めないんじゃないかしら」

 「やっぱり無理はしてたんですよね」

 「そうね、能力を使いすぎたからね。調子に乗って即興で描いた転移の陣を使うから……まあ、一週間もすれば元通りだろうけど。君が気にすることはないわよ」


 気にもしますよ。

 一緒に死線を乗り越えたんだから。

 そんなことを考えながら、スープを口に運ぶ。

 偏見は少し残るものの……うまい。


 「マリアさんは能力を使って、疲れたりとかしなかったんですか?」


 マリアさんも、ダゴラスさんと俺の治療に能力を使ったはずだ。

 それなりに疲弊していると思うのが当然だろう。

 ましてや、腕や足をくっつけたり生やしたりしたのだ。

 尋常じゃない疲労が蓄積しているのでなかろうか?


 「ああ、それは気にしないで。そんなに大変なものではなかったから。特にダゴラスは人間と違って悪魔だから頑丈だし、思ったよりも酷い怪我ではなかったから」

 「頭とかすごい勢いでぶつけてたのに……悪魔の体ってやっぱ人間よりも頑強なんですね」

 「ダゴラスが特別なのもあるけどね」

 「職業柄?」

 「当たってるけど外れてる」

 「……?」

 「まあそれはいいのよ。それよりも、あなたにもう一つ伝えることがあるの」

 「他に何かあるんですか?」

 「魔王のことなんだけどね、魔王に会う際には条件を設けるって」

 「条件……」

 

 魔王の話か。

 それも条件とな。

 まあ聞いてからの判断か。


 「まず一つ目、私とダゴラスは魔王様との立会いに同伴しないわ。ただし、魔王の居住している場所までなら同行できるみたいだから、そこまでは君と一緒ね」

 「えっ、むしろついてきてくれるんですか」


 一人で何とかするつもりだったのだが……

 どこまで親切なんだ、この家族は。


 「あら、ダメだった?」

 「いえ、そう言うわけじゃないですけど……」


 あまりにありがたすぎて。

 あまりに優しすぎて、自然と遠慮してしまう。

 魔王を訪ねるために家を出たその後のことも世話になるという前提が俺にはまずなかったから。


 「まあなんにせよ、一人で魔王様に会うことになると思う」


 思ったのだが、謁見に条件が出ているのは、俺が人間だからだろうか?

 ……まあそうだろうな。


 「魔王はどこにいるんですか?」

 「普段はこの領土の中央に位置する大きな街にいるわ。名前をラース街。中央執行所っていう行政の全てを決定する責任者達が集まる場所であなたを待ってるわ」


 執行所。

 一体何を執行するんだろうな。

 

 「街はかなり広いから、私が中央執行所まで案内するわって言いたいところなんだけど……」

 「無理そうならそれでも全然いいっすよ」


 いいはいいが、迷いそうではある。

 世界一の大剣豪を目指す海賊を馬鹿に出来ないレベルでウロウロしそうな予感。

 まあその時は他の悪魔に道を聞けばいいか。


 「それが、街へ行く時は転移を使えって言われてね」


 ああ、そういうことね。


 「それなら迷わず一直線ですもんね」

 「転移は普通大量の物資を送る目的でしか使わないのだけれど……まあ、私も行けるとこまで付いていくわ」


 今回の条件付けというのは、やはり普通ではないと。

 そういうことなのだろう。


 「まあ、いざとなったら私たちが何とかするから大丈夫よ!」


 普通に頼もしい言葉だった。

 何もかもお世話になりっぱなしな俺である。


 その後は少し談笑して、食事を食べ終わる。

 完食する頃には食材に対する偏見はあまり感じないようになっていた。

 慣れが早いんだな、俺って。


 「ごちそうさまでした」

 「お粗末さまでした! 全部きれいに食べたわね。スーとは大違い」

 「そりゃあ全部おいしいですから」


 スー君はいつもは料理を残すのか。

 まあ子どもあるあるか。

 と言うか、スー君とは大違いって、俺を何歳だと思ってるんですか。

 多分成人超えてますよ、俺。

 詳しい年齢は思い出せないけれど。

 子どもと比較されて多少ご立腹な俺であった。


 「それじゃあ私は食器洗ったり家事があるから。用がある時は呼んでね」

 「ありがとうございます」


 そう言うと、マリアさんは満足そうな顔をして部屋から出ていった。

 俺の食べ終えた食器を持って。


 ドアが閉じる。

 食欲が満たされ、静寂が訪れる。

 やっと落ち着けるって感じがする。


 少しして、部屋の外から食器を洗う音が聞こえてくる。

 マリアさんの鼻歌もだ。


 音を聞く以外に何もすることがない。

 暇だ。

 でも、こんなのも悪くない。


 戦いを終えて、こういった時間がいかに幸せなものなのかがよく分かる。

 静かに過ごせる時間があるのなら、出来るだけその時間を受け入れたほうがいいのだ。

 人はいずれ、生きるために動かざる負えなくなる時が必ずやって来るのだから。


 ふと、眠気がやってきた。

 目を閉じれば、即入眠の強烈なやつだ。

 睡魔に逆らう理由はない。


 今はゆっくりと休もう。

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