第21話 悪魔の生活13~戦闘後~

 夢を見ている。

 俺が光になって宇宙に行く夢。

 とても気持ちいい夢だ。

 ずっと見ていたい夢。

 なのに。


 バフン、バフン。


 夢から現実へ強制的に引き戻される不快な衝撃が俺を襲った。


 二度目だ。

 目を開けてみる。


 「起きた?」


 俺の腹を見てみると、スー君がビタンビタン跳ねていた。

 さながら漁船に引き上げられた魚のように。

 何してるんだか……


 「重いから降りてくれ」

 「ええー」


 そう言いながらも、スー君は素直に従った。

 いい子だ、流石ダゴラスさんの息子。


 「ここは?」

 「僕の部屋だよ」

 「前に俺が寝たベット?」

 「うん」


 俺が起きてから最初に思った疑問。

 なんで俺はここで寝ている?

 目覚めた直後で多少寝ぼけているとは言え、森で気を失うまでのことはしっかりと覚えている。


 あの黒い霧の怪物に襲われて。

 左腕を切られて。

 そして俺は倒した。

 あの怪物を倒したはいいが、そこで力尽きたのだ。

 

 その後のことが分からない。

 気を失ったことは覚えている。

 それだけだ。


 「誰か助けてくれたのか? 俺とダゴラスさんを……」

 「僕はよく知らないよ? ママに聞いて」

 「そっか」


 そりゃそうだ。

 子どもが事の詳細を知っているわけがない。

 これから詳しく説明する気もない。

 腕を斬っただの斬られただのなんて話を子どもにするのは大人のすることではないだろう。

 ……ん?


 「あ、俺の腕」


 両腕を、毛布の中から出してみる。

 そこにはしっかり俺の腕が両方ともあった。

 手もしっかりとついている。

 片方、なくなったはずなのだが……


 「どうしたの? 手をニギニギさせてさ?」

 「あ、いや……手の運動」

 「普段手を使ってるのに運動させる必要ってあるの?」

 「握力強化とか」

 「ふぅん?」


 シンプルに下手な嘘である。

 マリアさんの手前、息子のスー君にあんまりグロい話はしたくない。

 

 いつの間にか着せられていたパジャマの腕部分を捲くって、上腕を見てみる。

 傷がない。

 切断された部分を縫われたわけでもない。

 

 はっきり言って異常だ。

 切られた腕が元に戻るなんて。

 こんなことが出来るなんて、悪魔の能力以外にありえない。

 あの、超常の力以外には。

 

 「俺がベットで寝てから、どのくらい時間が経ったか分かる?」

 「えっと、三日前からずっと寝てたよ。」

 「三日!」


 なげぇ。

 いくらなんでも寝すぎだろ。

 人ってそんなに寝れるもんなんだな。

 というか三日も寝ているような人間に対して、スー君はあんなことを俺の腹の上でしていたというのか。


 微妙な気持ちで外を見てみると、前に見た通りの朝焼けみたいな、或いは夕焼けみたいな空が広がっていた。

 いっつもこの景色じゃあ今の時刻が分かりやしない。

 

 「今って何時くらい?」

 「午後二時くらい」

 「そっか」


 時刻確認の直後、奥の方にあるドアが開いた。

 マリアさんだった。

 俺と目を合わせると、マリアさんはとびっきりの笑顔を見せて、こう言った。

 

 「良かった! 起きたのね!」

 「あ……おかげさまで」

 「なかなか起きないから心配したのよ?」

 

 心配をかけさせて申し訳ない気持ちになる俺である。


 「それじゃあ今、ダゴラスを呼ぶわね」

 「えっ、いるんですか」

 「そりゃあいるわよ。あなたが帰ってきたのだから、ダゴラスだっているにきまってるでしょう?」


 ダゴラスさんの片足は抉れていた。

 人間なら放っておくと短時間で失血死してしまうほどの重傷だった。

 心配だ。

 会えるというなら今すぐ会いたい。


 「本人も会いたがってたから、とりあえず呼んでくるわね」


 そう言って、マリアさんはスタスタとドアの向こうに消えていった。


 「ずっとママ心配してたんだよ」

 「だろうね。迷惑かけちゃったなぁ」

 「ママも同じこと言ってたけどね」


 きっと俺を狩りに同行させてしまったからって意味だろう。


 「僕も思いっきり心配してたよ!」

 「思いっきり俺の体で遊んでたの間違いじゃなくてか?」

 「毎日こうしたら起きるかなって思ってさ。ママとダーには怒られたけどね」


 子どもなりの優しさか。

 しかし魚のようにピチピチ跳ねていたあたり、ふざけてた部分があったのは間違いあるまい。

 でもいいさ。

 そこには確かに優しさもあったのだろうから。

 そう思った直後、ダゴラスさんとマリアさんが部屋に一緒に入ってきた。

 

 「よお、起きたか」

 「あ、ダゴラスさん」


 ダゴラスさんの顔を見てみると、かなり苦々しげな顔をしていた。

 ……この顔をする理由はまあ分かる。

 やっぱり俺も同じ顔だ。

 

 「……俺が付いていたにも関わらず、お前さんに助けられたな」

 「めちゃくちゃしんどかったっす」

 「ありがとう。そしてすまなかった」


 たった二言だったが、その言葉には誠意が含まれているのが分かった。

 うだうだと長ったらしい言い訳と謝罪の言葉を並べられるよりも、俺はこっちの方が好ましいと思った。

 丁寧で綺麗なだけの言葉よりも、ずっとこっちの方が。


 「危険な目に遭わないと言っておきながら、お前さんに危険を犯させてしまった」

 「でも無事じゃないですか」

 「そうだ。だからこそ面と向かって謝らなければいけない」


 そうだよな、そう思うよな。

 そう思っていなかったら、俺は怒ってた。

 でも、やっぱりそうじゃなかった。

 だから俺はこう言った。


 「謝らなくて大丈夫です」


 ダゴラスさんの表情が渋いものに。

 予想通りの顔だった。

 

 「だがなぁ……」

 「いいんです。だってダゴラスさん達は、地獄に落ちてきた俺を助けてくれたんですよ?」

 「むぅ」


 俺はダゴラスさん達に助けられたことを感謝している。

 でも、一方で重圧だ。

 感謝しているから何かをしなければ。

 報いなければ。

 人は、残念ながら一生感謝し続けられる生き物ではない。

 いつか、感謝の底がつく。

 だからこれはいい機会なんだと思う。


 「これで貸し借りなしにしませんか? 俺を最初に助けてくれたでしょう?」


 恐らくダゴラスさんは他にも言いたいことがかなりあるんだろう。

 でもそれらを話す前に、俺とこの家族の立場をある程度対等にしたい。

 俺に対する感謝と謝罪の念と、俺の感謝の気持ちを打ち消す形で。

 これで、ある程度はフェアだ。

 気持ちが楽になる。

 

 「これだったら、お互い気楽でしょ?」

 「……」


 数秒の静寂。

 俺の気持ちを察したのだろう。

 ダゴラスさんはこう言った。

 

 「分かったよ。お前さんには謝らない。これで貸し借りなしだ」


 そう。

 この言葉が聞きたかった。


 俺がダゴラスさんと再会してから、まだ五分も経ってない。

 しかし、長い長い時間だった。

 時間と感覚は必ずしもイコールではないことを示すように。


 謝らない。

 円満には程遠く聞こえる言葉だが、俺達はお互い握手をして、満足そうに笑ったのだった。




 ---




 「何で俺らを襲ってきたんですかね? あの怪物」

 

 悪魔二人と人間一人の説明会が始まっていた。

 スー君は、部屋の外に退場している。

 教育上の問題があるからだ。

 マリアさんの指示に対してスー君の放った言葉は、「じゃあ能力の練習してるー!」であった。

 相変わらず元気だよな。


 「まず、あの生物が何だったのかは分かるか?」

 

 ダゴラスさんは俺に聞いた。

 これも大体検討がついている。

 

 「魔物、ですよね?」

 「そうだ、魔物なんだよ」

 「でも、魔物なんて出ないって言ってましたよね。あの森」


 森に行く前に、一通り説明をダゴラスさんに受けた。

 森は比較的安全だと。

 魔物は出ないと。

 それが一転して、ダゴラスさんでも倒しきれない魔物が出てきた。

 どういうことなんだろうか?


 「確かにマルジナリスの森には魔物は出ない。が、出てしまった」

 「ダゴラスさんにも理由が分からない……?」

 「ああ」


 よくよく思い出してみると、黒い霧の怪物に会った時のダゴラスさんの顔は、衝撃と驚きのものであった。

 あれはやはり予想外の出来事だったのだ。


 「捕食者メイトリクス。かなり上位に入る魔物なんだ。辺境の奥にしか現れないような強力な魔物。マルジナリスの森になんか今まで一度も出たことがない」

 「あの魔物、凄く強かったですね」

 「魔物を狩る魔物って言われてるからな。そりゃあ強いさ」

 

 そんなのを俺は倒しちゃったのか。


 「そんな上位の魔物が森の中で死んでたんだ。驚いたよ」


 驚くよな、そりゃあ。

 というかダゴラスさん、あの後無事に目を覚ましたのか。

 そういえば俺が魔物を倒したってことは気絶中のダゴラスさんには知る由もないのだが、感謝されたってことは知ってるってことだよな。


 「メイトリクス種を倒しきれるような強い生物は森に住んでいないし、アイツには俺の魔剣の傷が入ってた上にそのそばにはお前さんがいたからすぐに状況は分かったけどな」

 

 状況から判断したってか。

 あんな傷を負っててよくそんな考察が出来たな。

 さすが狩りのプロだ。


 「無我夢中になってたら倒してたんです」

 「無我夢中で倒せるほど、魔物を狩るのは甘くないんだけどな」

 「そう言われても俺には分からないです」

 「俺もだ。人間についての知識は一応ある程度持っているつもりだが……魔物を殺せるほど強い人間っているんだなぁ」

 「強いんですかね?」

 「結果論、そういうことだろ。お前さんが魔物を倒したことは事実なんだから」


 恐らく俺の前世にヒントがあるのだろう。

 が、生前の記憶を思い出せない以上、深く考えても仕方ない。


 「そういえば、どうやって俺達家に帰ったんですか? 二人共重傷だったのに」

 「転移を使ったんだよ」

 「あっ」


 そういえば転移の能力があったな。

 俺達自身も送れるとは思わなかった。

 本当に能力って便利だな。


 「でも、あの時かなり疲弊してた上に重傷だったじゃないですか。転移の能力は凄いエネルギー?を消費するて言ってたし、どう見ても転移なんか使える状態じゃあ……」


 火の玉上位版みたいな能力まで使ってたし、かなりギリギリだったじゃないか。


 「魔剣を使った」

 「……?」

 「転移の使用は、スクロールがなくても魔剣でも代用出来るのよ。ダゴラスが精神感応の能力……テレパシーを使って私に呼びかけて、私が家の転移の陣を使ってこの家にあなた達を召喚した。だからエネルギーは私持ちね」


 横からマリアさんはそう捕捉を入れてくれた。

 

 「じゃあその魔剣は?」

 「森の中に置きっぱなしだ」


 置いてきちゃったのか。

 確かダゴラスさんの魔剣って珍しいとか言ってたな……


 「壊れたとかそういうことではないんですね」

 「転送で壊れるんなら、他の能力を魔剣に通しても壊れることになるな」

 

 良かった。

 貴重な物を失わせたりしたのならちょっと気が重くなる。

 

 「のちのち魔剣を取りに行かなきゃならんが、まあそれはいい。それよりも調子はどうだ? マリアの治療だから心配はいらないと思うが」

 「そうだ! 腕くっついてるんですよ。切れたのに」


 もう一生片腕かと思ったのに。

 覚悟したのに。


 「くっつけたからよ」


 軽く笑顔で言うマリアさん。

 そうですか。

 くっつけたんですか。


 「くっつけたんですか!?」

 「くっつけたのよ」


 ワンテンポ遅れて驚く俺。

 マジですか!

 いや、よくよく思い出せば、怪我を治療出来る能力もあるって言ってたじゃないか。


 「転移する時にお前さんの腕も持っていったんだよ。出血で一刻の猶予もなさそうだったから、俺も久しぶりにあたふたしたなぁ」

 「そうよ、本当に危ない状態だったんだから」

 「すいません、ありがとうございます」

 「お礼なんていいわよ。それに、腕をくっつけるだけならそんなに難しくないのよ。生やすのは難しいけど」

 「生やすことも出来るんですか……」

 

 人間の世界の医療技術で出来ることを超えている。

 こんなんは魔法の領域である。


 「今更ですけど、人知を超えてるってのはこういうことを言うんですね」

 「あら、人じゃないわよ?」

 「まあ、確かに」

 「マリアは治療と精神感応のスペシャリストだからな」

 

 自信満々に言ってるけど、ダゴラスさんの足はどうなんだ?


 「ダゴラスさんの怪我した足は?」

 「元に戻してもらったよ」

 

 そう言って、ダゴラスさんはズボンの片方をつまんで上げる。

 そこには、なんの欠損もないダゴラスさんの足があった。

 傷跡も完璧にない。

 人間の世界でこれが再現出来たらノーベル賞ものである。


 「でも、神経の再生がまだ追いついてなくってな、まだうまく歩けないんだ。この足が完全に治るまでは仕事はお預け。だから魔剣を取りに行くのもしばらくお預けだ」

 「どのくらい治るのに時間がかかるんですか?」

 「多分一週間もリハビリすれば元通りだろ」

 「まあ、命があっただけでも儲けものよ。ね、ダゴラス」

 「そうだな」

 「あなたの方もだいぶ経過はいいわ。生やした腕と体が全快になるまで遅くとも一週間ぐらいだと思う」

 「あ、一から生やしたのにダゴラスさんと同じくらい早いんですね」

 「でも、その間は家で休養してもらうわよ。ベットから直ぐに起き上がれるとは思うけど、外に出られるようになるまではちょっと時間がかかるから」

 

 そうか、治るまではダゴラスさんと一緒に家で療養か。


 「まっ、ゆっくり家で休んでくれ。これは俺の責任でもあるからな」


 そう言って俺の背中を相変わらずバシバシ叩くダゴラスさんなのだった。

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