第11話 悪魔の生活3~ダゴラスの仕事~
「ごちそうさまでした」
料理を食べ終えたので、挨拶する。
スープ、美味かったな。
ダゴラスさんは、俺よりも十分前ぐらいに料理を食べ終えて、テーブルで俺のことを待っていた。
俺待ちだ。
申し訳ない。
「挨拶は大切だよなぁ。感心だ」
「心が読めてもあいさつの習慣はあるんですね」
「ある程度民度が高くなれば、礼儀が求められるのは人間社会も悪魔社会も一緒さ。昨日初めてお前さんと会った時、軽くだけど自己紹介したろ? お前さんの世界とそこらへんはさほど変わらんのよ」
なるほど……とか理解を深めるのは良いのだが、そういえば俺は自己紹介のあいさつをしていない。
記憶がないから紹介しようがないし仕方ないと言えばそうなんだが、俺が記憶喪失なことをダゴラスさん達はそもそも知らない。
これじゃあ俺はただの失礼な野郎である。
昨日のこと、今日のことを思い出してみる。
そうか……
俺は自分のことについて殆ど話さないで、ズカズカとこの家族に質問なんかしてたのか。
「……俺、まだ自己紹介してませんでしたよね」
「ん? ああ、そうだったけか」
「失礼でしたよね。でも、ちょっと今は難しくてですね……」
「そりゃそうだろ。覚えてないのに自己紹介なんて出来るかよ」
「え」
知っているらしかった。
俺が何も覚えてないことを。
どうして知ってるんだ。
俺は言ってないぞ。
「数千年前にこの世界へやってきた人間もそうだったって話は聞いたことがあるんでね。俺にしては珍しく察してみたのさ」
「そっか、知ってたんですね。びっくりしました。まだ話してなかったから」
「むう。ちょっと気を使いすぎたか? こりゃあ」
「いえ、そんなことは全然」
「マリアもスーも知ってることだから安心しな」
「子どもさんにも気を使わせてなんかすいません」
「いやいや、それこそ全然さ。気にすんな」
そう言うと、ダゴラスさんは表情をシャッキリさせた。
「んじゃあ、そろそろ話を戻そうか」
そうだな、話が逸れに逸れてたもんな。
「話、どこまでしたっけか」
「確か、ダゴラスさんの仕事ですね。狩人だってとこまで聞きました」
「そうだそうだ、思い出した。俺も忘れっぽいなぁ」
ある意味お互い様なので大丈夫ですぜダゴラスさん、とは言わなかった俺である。
にしても、健忘症と記憶喪失の違いってなんなんだろうな?
いや、外的要因がどうたらとかそういう話でなく、同じ忘れるでどうして症状が違ってくるのだろうかって話。
まあ別にいいのだが。
「俺は狩りで生計を立ててるんだけどな、普段は家のすぐ近くにある森で狩りをしてる」
あー、そういえばあったな森。
めちゃくちゃ広大な森とでかい山脈。
あれを見てげんなりした気持ちと死への恐怖のネガティヴセットでしっかり記憶している。
決してハッピーセットではないな。
「その森で狩った獲物を、街まで送って引き渡すんだ」
「ノルマとかってあるんですか?」
「もちろんあるさ。一日に十頭ぐらいだなぁ」
小型にせよ大型にせよ、人間の世界基準でいくと数が多いな……
陸地での狩猟は大抵一ケタである。
「たまに、森だけじゃなく遠出することもある。一週間ぐらいかけてな」
「どこへ?」
「山脈の方さ。ここから離れた内陸部にな、魔物が出てくるんだよ。たまに中型やら大型を狩れっていう通達が街の方から来るんだ」
「魔物?」
これまた中学二年生のあの懐かしいビジョンが蘇りそうな単語が出てきたなぁ。
記憶がないから中学二年生のあの頃なんてもんは知らんが。
「簡単に言うと、この近くの森にいるような普通の生き物じゃなくてな、俺達悪魔が持ってる能力、それと同じ力を持った生物さ」
「地獄の自然界にそんな生き物が出るんですか……」
「出るんだよ、しかも結構な頻度で。凶暴で厄介なのが多いんだ。でもその代わり報酬は結構なものだけどな」
……俺がもしダゴラスさん一家に拾われず、山脈の方に入っていたら取り返しのつかないことになっていたのかもしれない。
やっぱ俺は幸運だったわけだ。
「どんなのがいるんですか、魔物って」
「普通の生物と同じように、小型から大型まで様々さ。このラース領辺境あたりの魔物は……
一気に知らない名前が出てきた。
どれも分からないものばっかりナンデスケド。
ついでに場所も分からない。
ラース領ってなんじゃそりゃ。
というか今更感が凄いが、死んだ後に普通に生きている生物のことを聞くのは違和感がある。
さっき聞いた魔物という言葉で、この感覚が一気にせり上がってしまった。
一回死んでいるのに、まだ俺は死んでいないかのように錯覚してしまう。
違和感というか何と言うか……
「でも俺達のいる場所、辺境にはそんなのいないから大丈夫さ~」
「スー君が登校中に襲われたら大変ですもんね」
あんな小さい子が、生き死にの懸かってる場所で毎日登校してるなんてギャグもいいとこだ。
いや、でも実際人間の世界では命懸けの登校をする途上国があるにはあるのだが。
「そんなもんで魔物を狩る時は遠出をするわけだが、大型の魔物を倒せる悪魔ってのは中々いなくてなぁ。魔王から結構俺は重用されてるわけだ。知り合い、と言えるくらいにはやり取りさせてもらってるのさ」
ダゴラスさんの仕事の話と魔王が繋がってきたな……
「で、お前さんは扉のことを知ってそうな奴に話を聞かなきゃ手詰まりっぽいんだろ?」
「ですね……。扉のことを知っていそうな悪魔が魔王ぐらいしかいないなら、会って話さないと……」
そうなのだ。
魔王に会わなくてはならない。
「会えるんですか?」
「会えるよ。ただ、すぐには無理だ。ちゃんとした手続きを取らなきゃいけないんでね」
「それってどのくらいかかるんですか?」
「多分一週間はかかると思う。ラースの奴に会うには、どうしてもそのくらいはかかるんだなぁ。具体的にあいつが何してんのかはよく分からんけど」
俺は考える。
魔王と会うその日まで、どうしていればいいんだろうか?
泊まる場所がない。
いや、あるにはあるが、さすがに、なぁ……
割と真面目な死活問題を俺が考えている間にも、ダゴラスさんは話を続ける。
「魔王にアポを取るのは避けられない。立場が上の者には予定を合わせるのが暗黙の了解だからよ。それもお前さんの世界と同じだ」
人間もアポイントメントを取るのは普通のことだ。
たとえ目上の人じゃなくても普通にする。
社会生活を営んでいる者はみんなそうだろう。
「俺からマリアの方に手続きを取ってくれるようにお願いするから、お前さんはその間ここに泊まればいい。大丈夫そうか?」
……思ってもみない提案が来た。
いや、正直言うとウスウスは考えていたのだが、ちょっとお世話になりすぎている気がして勝手に遠慮がちになっていた。
にしたって俺がここを出ようにも行くあてがないんだよな、結局。
無駄な思考とはこのことを指すのである。
「……いいんですか?」
恐る恐る許可を得るように聞いてみる。
相手から提案しているのだからそりゃあいいんだろうけど、ここでこの提案を簡単に受け入れてしまうのも心情的になんか嫌なのである。
「歓迎するさ! これも何かの縁だろうしな! そのぐらい受け入れられなくて何が七十二柱よ!」
凄く男らしいことを言ってくれる。
どっかの男塾卒業生でしょうか?
「ただで泊まるのも悪いから……何か手伝います。それを宿泊代代わりってことで泊まりたいです」
「はっはっはっ! お前さんも律儀だなぁ。でもまあそれを狙ってたので気にするな!」
「……まじっすか」
「おう!」
悪びれた様子もなく、やはり男……漢らしい豪快さでそう答え……応えたのであった。
まあそこはいいや。
いやしかし願ってもない申し出である。
これで、ダゴラスさん達に少しでも貢献出来ればと思う。
一体何をさせられるのかはよく分かんないけど……
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