第10話 悪魔の生活2~魔王~
俺とダゴラスさんは木製のドアの前に立っていた。
聞くとここは物置部屋らしい。
マリアさんはというと、反対側で使い終わった食器を洗っている。
上機嫌で鼻歌タイムだ。
ダゴラスさんがはきたてほやほやズボンのポケットから鍵を取り出す。
人間の世界にあるような普通の鍵。
それを、ドアノブの鍵穴部分に差し込んだ。
「ここから先はちょっと危ないから注意しろよ」
ダゴラスさんが注意を促してくる。
「危ない?」
「色々な道具があるんだよ。刃物なんかが多いから気を付けてくれ」
言いながら開いたドアの先に進む。
そこはダゴラスさんの言った通り、そのまんま刃物だらけだった。
壁一面に立て掛けられた刃物、刃物、刃物。
刀のような物から西洋剣、ナイフ、大剣、斧、鉤爪の形をしたよく分からない物まで様々だ。
弓矢やボウガンなどの飛び道具まで揃ってる。
モンスターのハンターかよ……
「ここって物置部屋と言うよりは武器倉庫ですね」
「そうだな。でも、もしスーがこの部屋に入ってきたら危ないし物置部屋ってことにしてる」
「安全配慮っすね」
とは言え物置部屋にしては物騒だ。
殺傷目的で使用するものが多すぎる。
「ま、全部仕事用だ。お前さんは使うことはないだろうがな。でも仕事を手伝うなら、一応見ておいた方がいいかもなぁ」
そう、俺は仕事を手伝うのだ
事の経緯を振り返るように俺は思い出す。
ついさっきのダゴラスさん達とのやり取りを。
---
「一部の例外……知っている奴に聞けばいいだけの話さ」
「え、知ってる悪魔いるんですか!」
「普通の悪魔なら知らないだろうが、逆に普通じゃない悪魔なら知っているだろうよ」
「普通じゃない悪魔? 昨日言ってた強大な力を持った悪魔ですか?」
「同じ強い力は持ってるが、あの時話したのはまた別の悪魔達さ。世を乱す方じゃない。逆に統治してる方の悪魔……魔王に聞けばいいのさ」
……魔王。
これまた会話の中で聞いた名前だ。
悪魔のリーダー的存在だったか?
「この領地の魔王はな、地獄とお前さんの世界を繋げる力を持ってる特別な悪魔の一人なんだよ」
悪魔を数える時は一人なんだ、なんてどうでもいいことを考えながら、耳を傾ける。
「他の世界に通行路を作れるような悪魔だからな。他の世界について普通の悪魔より熟知してる。地獄にある扉ってのは知ってるかは分からんけど、知ってそうでお前さんでもすぐに会えそうなのはそいつぐらいしか思いつかないな。ちなみに俺の知り合いって言ってたのはそいつのことな」
地獄と人間の世界を繋ぐ力。
ダゴラスさんの口ぶりから察するに、普遍的なものではなく特別な力なんだろう。
ふとそこで思いつく。
……地獄と現世を繋ぐ?
それってわざわざ地獄に行かなくてもいいのでは?
その力で、俺は人間の世界に帰ればいいんじゃないのか?
期待が俺の胸を駆け始める。
これはもしかして、もしかすると?
「もしかして俺もその力で元の世界に行けるんですかね?」
「んん? お前さんは天獄に行きたいんじゃなくて、お前さんの世界に行きたいのか?」
「ええと、そうです。天獄に行こうと思ったのは、他にやるべきことが分からないからで……でも、人間の世界に行けるんならそっちの方が絶対にいいです」
そりゃそうだ。
帰れるなら俺は元の世界に帰りたい。
でも、記憶がないままで?
そうだ、俺は記憶がまっさらなのだ。
記憶がないのに、元の世界に帰るのか?
自分の故郷のことも思い出せないのに?
元の世界に行けたとして、俺はどこに帰るのか……
それでも帰ろう。
それでいい。
いいんだ。
「んー、でも多分お前さんが望んでいるような方法じゃないぞ?」
「へ?」
「現世に行く時、自分の体を地獄に置いていくんだよ」
「か、体?」
体って、この体か?
自分で自分の体を見る。
意味がよく分からない。
「置いていくんですか?」
「そうだ。魔王が人間の世界に行ってた時は体を置いて行ってたし」
「どうやって体だけ置いて別世界に行くって言うんですか」
「どうやってって言われても詳しいことは分からんけど、とにかく魂だけの状態で辺獄に行くんだとよ」
大雑把である。
しかし魂だけで行って何が出来るというのか。
体がない状態ですることって一体なんだ?
「魂だけで行って何をするんですか。何も出来なくないですか」
「それは知らん。人間の世界に行く時は、あいつはいつも一人だったしな」
じゃあ結局その魔王に会わないことには、何も分からないってことか。
「あ、そういえば、俺の仕事って教えたっけか?」
「え、そういえば聞いてないです」
悪魔の仕事。
何をしているのだろうか?
普通に気になる。
「言ってなかったか。そっかそっか」
「何をしてるんですか?」
「へっへっへっ、俺の仕事はな、狩りだ。俺は狩人なんだよ」
「狩人……」
狩人。
獲物を狩る者。
野から糧を得る者。
悪魔が狩る対象は何かは分からない。
けど、悪魔なら大概の獲物は狩れそうだな。
悪魔は俺の中で未だ強いイメージだ。
「ちなみにマリアは主婦だな」
「共働きじゃないんですね」
「専業の主婦だぜ」
「でも、私だってスーを産む前は仕事してたのよ」
「僕も学校行ってるよー!」
マリアさんとスー君の二人がダゴラスさんに反発するかのように声を上げた。
マリアさんも仕事をしていたのか。
何をしていたのだろうか?
こちらもそれなりに気になる。
「じゃあマリアさんはお仕事何をしてたんですか?」
「私はカウセリングみたいなことやってたわ」
「カウセリングって……随分ざっくり言ったなぁマリア」
「でも簡単に言うとそういうことだわ」
「否定はせんが……」
なるほど。
じゃあマリアさんは心の扱いに長けている悪魔なのか。
なるほどではある。
誰とでも気軽に会話出来そうな雰囲気だしな。
相手も心を許すことが多いのかもしれない。
「悪魔の世界にもカウセリングってあるんですね」
「悪魔にだって心はあるんだよ」
「僕には聞かないの? ねえ!」
納得していると、スー君が腕を引っ張ってくる。
この子の手は掴まれると痛い。
爪が食い込んで昨日も痛かったし。
「スー、結構時間経ってるけど、学校の時間は大丈夫なのか?」
朝食を食べ終わってからそれなりに時間は経っている。
結構長く話していたと思うが。
スー君はそう言われた途端、素早く壁にかかっていた時計を見た。
地獄にも時計はあるんだな。
しかも、現世と時間の概念は同じようだった。
一時から十二時までそっくりそのまま表記されている。
これなら俺にも分かるな。
「うわあああ!! 先生に怒られる!」
叫ぶやいなや、スー君は慌てたように廊下の方に走っていった。
多分自分の部屋に行ったんだろう。
「あら、もうこんな時間だったのね。スー! もう食べないのー?」
「もういらなーい!」
「皿に残ってる分は食べちゃいなさーい!」
「分かったー!」
距離が離れた大声のやり取りの後、スー君は再び広間に戻ってきた。
私服のまま、肩にはカバンを下げている。
スー君はサッサと皿の中の料理を口に掻き込むと、玄関の方へダッシュ。
「ごちそうさまー! 行ってきまーす!」
はやっ。
一瞬だったな……
遅刻の常連を思わせる素早い動きであった。
「さて、私もやることやっちゃいますか」
そう言うとマリアさんは、食べ終えたスー君の皿を持ってキッチンの方に向かっていく。
そういえば俺、ほとんど料理に口をつけてない。
せっかく作ってもらったのに失礼だな。
テーブルに残っているのは俺とダゴラスさんだけだった。
「なんか話が逸れたような……まあ食ってからにしようか」
賛成です、ダゴラスさん。
話にちょっと集中しすぎたな、こりゃあ。
「そうですね」
素直にダゴラスさんの提案を受け入れることにした。
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