第12話 悪魔の生活4~外へ~

 広間での会話を終えた俺とダゴラスさんは、一旦各々の部屋に戻って普段着に着替え、また広間に集合した。

 その時にさっそく今日近くの森で狩りをするので、一緒に来て欲しいぜと頼まれる。

 俺はそれを快く承諾。

 そして、これをもってようやく俺の回想は終了する。



---



 物置部屋という名の武器倉庫から、俺たちは玄関へ。

 ただし、物置部屋に入る前に来ていた格好ではない。

 背中には非常食や、狩りに使う道具の入ったリュックを背負い、腰にはナイフ付きのベルトが巻いてある。

 リュックの中身はパンパンで、人間世界の自衛隊が歩行訓練で背負う荷物よりも重いかも。

 これがダゴラスさんおすすめ初心者装備というわけである。


 一般人から狩り人へジョブチェンジか……

 恰好からして一般職丸出しである。

 一方ダゴラスさんは上級職っぽい。


 「よし、こんなもんで大丈夫だろう!」


 そんなことを言いながらダゴラスさんが物置部屋から出てくる。

 しかも、その背中にはリュックの代わりに大剣を斜めに差している。

 黒くて大きい鍔のない黒剣。

 いや、ただ大きいと表現するのは間違いだろう。

 超特大の大剣。

 そう表現するのがいいだろう。


 二メートルに迫らんばかりの身長を誇るダゴラスさんに負けず劣らずの長さと、これまた屈強で太く大きい筋肉を持つ、ダゴラスさんに負けず劣らずの横幅と厚さを有した超特大の大剣だった。

 刃の部分がなければただの鉄塊だろこれ。

 どっかの黒い剣士が装備しているドラゴン殺しかよ。


 そんな超特大の大剣をダゴラスさんは苦もなく背負っている。

 表情を見てみるが、実に清々しい。

 やる気ならぬ、殺る気に満ち満ちていた。

 生活形態が似ているとは言え、やはり悪魔は人間に比べて色々規格外ではあるようだ。

 

 あらかじめダゴラスさんに聞いたところによると、今回の獲物はフレスマウスという特大ネズミとスピラモンキーという原生種?の生物らしい。

 ノルマはそれぞれ十匹。

 別に何を狩っても基本はオーケーらしいが、駆除対象でもあるその獲物だとなお良いらしい。

 ちなみに原生種とは、魔物ではない地獄に住む普通?の生物だそうだ。

 「いきなり初心者に魔物を狩らせるような鬼畜野郎じゃないぞ俺は!」とはダゴラスさんの言である。

 いや知らんがな。


 「お前さん、体調なんかは大丈夫か?」

 

 俺は死んでるのに体調も何もあるのか?と思ったが、サリアの言葉を思い出す。

 魂は再現するんだったな、体の機能も。


 「はい、大丈夫です」

 「体調が優れない時はすぐに言えよ? そういう微妙な情報が狩りの時、結構大切なんだからな。しかも、昨日お前は倒れてたわけだし」

 

 確かに、肝心な時に体を動かせなかったら元もこうもない。

 もし俺が万全の状態じゃなかったら、手伝うどころか足を引っ張る事態になりかねない。

 狩りの道中に怪我をしても同様だ。

 迷惑かけないようにしないとな。


 「分かりました。何かあったら報告します」

 「よし、それじゃあ行こうか。森へ」


 そう言ってダゴラスさんは、ドアノブを握って玄関のドアを開ける。

 外は快晴。

 そこは海岸沿いで、陸地側には草原が広がる見晴らしの良い場所であった。


 気持ちが良くて、ふと顔を上に上げてみる。

 そうしたら不思議な光景が見えた。

 ……何だこれは?


 空を見ると、朝も大分いいところまで進んだというのに橙色に染まり、未だ朝焼けか黄昏時のように見える。

 装備の支度をして、家を出る時に最後に見た時刻は午前十時。

 ちょっとこれはおかしい。

 いい加減、空は青くていいはずじゃないのか?

 しかも、空から俺達を日光で照らしているのは太陽ではなく月だった。

 夜はあんなに魅惑的に赤く輝いていた月が、朝には太陽に近い色で眩しく光り輝いている。

 本当に不思議な光景だった。


 「すぐそこに砂浜があるだろ? そこにお前さん、倒れていたんだよ」

 

 俺が疑問に思っていると、ダゴラスさんが指をさしながら俺に話しかける。

 疑問を押しのけて、指した指の先を見てみると、赤い海と砂浜があった。

 家のすぐそばだ。

 俺はこんな近くに倒れていたのか……

 

 「聞いてなかったから聞くんだがな、なんであそこに倒れていたんだ?」

 

 うっ……それ聞いちゃいますか。

 そういえば、例のあれを話してはいなかったな。

 俺の中で黒歴史になりつつある失態を、ダゴラスさんに言うのはためらわれる。

 うむ、どうしましょうか?


 「うーん。俺もよく覚えていないんですよ」


 誤魔化すことにした。

 はっきり嘘を付いたわけじゃないからいいよな。

 

 「そうかぁ」

 

 その一言はやけに素っ気なかった。

 それだけ言って、ダゴラスさんは先に歩き出してしまった。

 赤い海とは反対の方角に向かって。


 見抜かれたかね……

 そう思いながらも、俺はダゴラスさんの行く道のずっと先に目を向けてみる。

 そんな遠くない場所に密集した木々がこれでもかと生い茂っているのが草原のだいぶ先で確認出来る。


 マルジナリスの森。

 あの森の名前だ。

 それなりに動植物が生息し、海には近いがそれなりの水源がある。

 命の危険に晒されるなんてことは殆どなく、ここに住む生物達は大半が草食系を占めているんだとか。

 草を食べ、水源の近くに住み着き、たまに木の実を食べながら静かに暮らす。

 安全な森だ。


 今回狩る獲物はそんな穏やかな生物ではないらしい。

 悪魔にとって、または地獄の生態系にとって、害を成す生物であるという。

 そんな生物は、魔物と区別して通称害獣と呼ばれる。

 自然環境に害を成すため、優先的に狩人に駆除という名目で狩られているようだ。

 では、害獣はどのようにして、どんな害を成すのか?


 今回の獲物の例を言うと、木を食べるのだ。

 厳密に言えば、木の本体は硬くて食えないので木の皮を食べて生きている。


 そうして皮を食べられた木は結果的に死に至る。

 その行為自体は、害獣が生きる為に取る仕方のない行為なのかもしれない。

 だが、そうして木々が食べられていくのは放置できない事案らしい。


 木の皮は栄養価が少ないために、摂食者はどんどん木を食べないとエネルギー効率が追い付かず燃費が悪くなってしまう。

 だから、飽きもせず次から次へと木を食べていく。

 それを放っておけばどうなるか?

 森は時間をかけて死んでいくだろう。


 だから狩られる。

 害獣の意思など関係がない。

 あくまで森の状態を維持することが最重要。

 まあ、だからと言って全ての害獣を殺すわけではない。

 それをしたらしたで、別の形で生態系が変わってしまう。

 それは森に負担をかけ、森の衰退の原因を作ってしまう可能性がある。

 生活の糧の一つである森を失うわけにはいかない。

 だから森を資源として管理し、生態系のバランスを整えられる悪魔が、普段の狩りの仕事と並行して駆除を行っている。


 その対象となる害獣や魔物を狩ると、街の制度で別途に報酬を貰える制度がもらえるという。

 今回はその対象となる害獣を狩り、尚且つ通常の狩りも並行して行うために、マルジナリスの森まで行くのだ。

 なんか途中から、俺が一人で全て分かり切ったことを説明するが如く頭の中で考えていたが、全てダゴラスさんの受け売りなのでそこのところご了承をば。


 「着いたぞ、森の入口だ」

 

 そうこう考えている内に着いてしまったようだ。

  よくよく見てみると、見上げんばかりの樹高を誇る大きな木々が、俺達の行く手を阻まんばかりに存在していた。

 上の方で木々の葉が重なっているせいだろうか?

 森の奥の方を見てみると、まだ朝だというのに薄暗かった。

 樹冠のキャノピー。


 まるで森の深部に入ったかのような物々しい印象がある。

 まだ入口なのにだ。

 これでそこそこの森か?

 地獄にはもっと大規模な森が存在するんだろうか?


 というかずいぶん早く着いたな。

 多分徒歩で三十分も経ってないぞ。


 「家と森の距離が結構近いですね」

 「楽でいいだろ?」

 「森に近いと色々危なくないですか? だって害獣とか出るんでしょう?」

 「俺に勝てる奴が森の中にいないからな。俺のテリトリーだと分かってて家を攻撃するような生き物はいないさ。連中だってそこまでバカじゃあない」


 ああ、なるほど。

 テリトリーね。

 野生の生物は、相手と自分のテリトリーを普段からめっちゃ意識してるんだっけか?

 まあ人間も形は違えど、自宅の敷地内とか言っちゃえばテリトリーだしな。

 人の認識するテリトリーに対し、動物がここがそうなんだなーと察知することは特に珍しいことではない。

 まあ舐められたり人の気配がなければ勝手にズカズカ入ってくるんだろうけども。


 「ここからは警戒しながら行けよ。油断して怪我しないようにな」


 そうだ。

 ここがいくら安全な狩り場だからといって、気を抜けば何が起こるか分からない。

 自然を舐めてはいけない。

 ましてや俺は初めてここに来るのだし、油断は禁物だろう。

 

 「分かりました」

 

 心持ちナイフをいつでもベルトから出せるようにしておこう。

 後は慣れない地形に足元をすくわれないよう注意しながら進めばいいだろう。


 俺を先導するかのようにダゴラスさんが先に森へ入る。

 だから俺も、ダゴラスさんに遅れないようにと早足で森の中へ入った。

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