第8話 悪魔の食卓にて
「まず、教えておかなくちゃならんことがあるな」
とダゴラスさんは前置きして。
「悪魔はみんな、心が読めるんだよ」
と言った。
ちょっとまてよ。
心が読めるって……俺の心も?
俺の顔が強ばる。
今までの会話だってそうだし、これからもそうだ。
心を読んで会話していたのか?
「……今も?」
「いや、普段はその力を悪魔は使ったりしないさ。だから安心しろよ」
ダゴラスさんが嘘をついている可能性を一瞬考えはしたが、そう考えること自体が無意味だと思ってやめた。
俺はダゴラスさん達を信じるって決めたし、それに何より会話の主導権は本来ならあっちが握っている。
そして、本当に心が読めるのだとしたならば。
下手に出て交渉は無駄。
嘘をついても無駄。
全てが無駄ということだ。
相手が何をするのか先に分かってしまうのに、この状況で俺は何が出来るのか。
何もないのだ。
だからこそ、今のダゴラスさん達の言葉には、自分達を信頼して欲しい、という言外の意味が含まれていたように思う。
だって、彼らはわざわざこんな説明をしなくてもいいのだから。
もし、ダゴラスさん達に何らかの悪意があったとして、心が読めることを俺に話すメリットがあるだろうか?
俺に手の内を見せてまでしたいこと。
多分、ない。
俺をどうにかしたいなら、気を失っている間にも出来ただろうし、騙したいなら心が読めることをわざわざ言う必要はない。
そのまま騙してしまえばいいのだ。
だからダゴラスさんは、そういうことを俺に言っているんだな、と思った。
いや、多分とか恐らくの領域は結局出ないんだけども。
「俺ら悪魔はな、みんなこの能力を持って生活してるんだよ。人間みたいにな。でも、みんな能力を持ってるってことはな、プライバシーも何もあったもんじゃないんだよ。家族以外の悪魔連中に能力を使われたら、私生活丸見えだからな」
考えてみればそうだった。
人間に使えるのなら、悪魔に使えるのも十分あり得る。
話の中で、ダゴラスさんは仕事という言葉を口にしていた。
仕事という概念は、社会の中でしか生まれない。
社会があるってことは、悪魔と悪魔が複数で協力して生きてるってことだ。
きっとそれこそ人間みたいに。
けど、そんな能力を持ったまま社会が成り立つものなのだろうか?
「どうやって生活してるんですか?」
「そのままさ。みんな、普段は能力を使わないで生活してる」
「でも、それじゃあ勝手に能力を使う悪魔も出てくるんじゃないんですか?」
「例外はあるにはあるが……滅多にないなぁ」
疑問がまだ晴れない。
人の世界じゃあ犯罪者はどこにだって必ずいる。
人間のような社会を作っているなら、悪いことをする悪魔もいるだろう。
「疑問だろ。そりゃそうだ、教えてやるよ。悪魔の社会にはルールがあるんだ」
「人間の世界で言う法律みたいなものですか?」
「法令みたいなもんだが、人間の世界とは違って、ややこしいことはない。たった一つだけのルールだからな」
「たった一つだけ?」
「そうだ。魔王っていう俺達悪魔をまとめる領主がいるんだけどな、そいつらが昔に作ったんだよ」
社会を構成するなら上に立つ者がいるってことは分かる。
悪魔の上の立場、魔王。
実に分かりやすい。
でも、ルールが一つだけって少なすぎないか?
「そのルールってのはなぁ、必要もないのに他の悪魔に対して心を読む能力を使ったら、魔王や直属の部下がその悪魔を処す。それだけのルールだ」
なんか、抜け穴がありそうなルールっぽいな。
「思ってることは分かるよ。それでもまだ隠れて違反する奴はいるだろって言いたいんだろ」
その通りだった。
能力を使ってないって言ってるくせに、人の心境を読むのうまいな、ダゴラスさん。
「違反できないんだよ、これが」
と言うとダゴラスさんが、ドリアンの臭いをかいだような渋い顔をした。
シュールストレミングほどではないな。
なんだろうか?
「んー、なんて言うか……あー、説明しにくいな。マリア、お前の方が説明上手いだろ? そういうのに関わってた仕事だったし。教えてやってくれよ」
説明しにくいからと、マリアさんにバトンタッチするらしい。
「しょうがないわねえ」
と言うと、マリアさんが俺に目を合わせる。
承諾したみたいだった。
「悪魔ってね、まあ人間の世界に比べたら劣りはするのだけれども、それでも一応社会の中で人間と同じように生活をしているの」
そこはダゴラスさんとの対話で何となく分かっている。
問題はその次だ。
「そして悪魔は心を読める。みんなね。一方的なものではないのよ。誰もが当たり前のように持っている能力だから。ということは、やられたらやり返されるかもしれない可能性が常につきまとうのよ」
「……隠し通していられる可能性の方が少ない?」
「悪魔は心を読まれたことを察知できるから。そして、私たちは心を読まれる可能性があることを、相互的に意識し合ってる」
「お互いが監視し合ってるってことですか?」
「ニュアンスは若干違うけど、でも簡単に言うとそういうことだわ」
確かに、全員が心を読む能力を持っているのであれば、成立しなくもない状況だ。
「嘘をごまかすことが難しい社会なのよ。心を読む能力の使用は、隠してもいずれは必ずバレてしまう。バレた時点で、その社会では生きていけなくなってしまう。つまり悪魔っていうのはね、社会で生きる限り嘘を吐くことの出来ない生き物なのよ」
理屈としては、理解した。
俺自身がその能力を持っているわけではないので、感覚的には理解など到底できないだろうが……
悪魔の社会がどうういった仕組みで動いているのかはまった別に話を聞かなくてはならないが、それでも悪魔という生き物がどういった存在なのか、根幹の一部を知れた気がする。
「でも、もし本当に嘘が吐けない社会なら、悪魔達はストレスを感じるんじゃないですか?」
問いに対して、マリアさんは即答する。
「そこが私達悪魔と人間の違いの一つね。嘘を吐けない厳しい世界だと見るか、嘘を吐く必要のない開放された世界だと思うか。それは価値観の違いよ」
「価値観の違い……」
「そうよ。私達の世界の常識と、あなたの世界の常識。育つ環境が違えば当然価値観も違ってくるわ」
つまりこの世界は、嘘を吐けないとかそういうことではなく、嘘を吐く必要がない常識の方が強い世界、ということなのだろう。
能動的に嘘を吐く必要がないのだ。
常識が、違う。
そういうものなんだ。
この世界は。
いまだに信じられないと、俺の一部がつぶやいている。
でも納得するしかない。
それが常識。
「まあ結局のところ、違反する悪魔は極稀に出てるんだけどね」
「へっ?」
あー、例外もあるって言ってたな確か。
「でも、その悪魔達処されるんですよね?」
恐らく魔王か何かによって裁かれるパターンだろう。
「そうね。でも、とても力の強い悪魔というのはいるものだわ。魔王に逆らえる程の力を持った悪魔や、それだけの力がなくても、他の方法を使って自分の願望を満たそうとする強大な我を持つ悪魔もいるのよ。そっちの世界にも、色々な意味で常識から外れた例外がいるでしょう?」
確かにそうだった。
いるよな、常識から外れた人って。
社会的強者だとかそういうことを言っているのではなく。
社会的地位には寄らない、例外存在。
それは悪魔でもやっぱり同じなのか。
常識の外の悪魔。
嘘吐きは社会で生きられないという悪魔の性質。
恐らく、その例外の悪魔達は、社会で暮らすことを望んではいない。
では、そいつらの生きる目的はどこへ……?
ダゴラスさんは、人間の世界に行ったことがある悪魔がいると会話の中で話していた。
ということは、先ほどの話も併せて考えると……
「その強大な悪魔って、現世で伝説になってる悪魔ですか?」
「ビンゴ!」
そう言ってダゴラスさんがサムズアップ。
「あなた、冴えてるわね。その通りよ」
マリアさんからもお褒めの言葉をいただいた。
まあ、悪い気はしないな。
「人間の世界に悪魔が行くと、隠れる場所が山ほどあるから手がつけられないのよ。最悪だったのは、ベルフェゴールが昔に力ずくで現世に行って病気をまいたことね。あれで何人死んだのか分からないくらい人が死んだとか」
七つの大罪だったか、その悪魔は。
金星の悪魔としても有名だ。
古代では神とされてきた悪魔なのだが、一神教の浸透と共に悪魔として卑小化し、今現在は悪魔の一柱として人々からは認識されている。
そんな感じで学識のある者からは古代神と同一視されている悪魔は、疫病をもたらして多くの人々の命を奪っていたりもする。
であれば、悪魔の能力って心を読む力以外にも色々ありそうだな。
「でもまあ安心してちょうだい。強大な悪魔も魔王とは無駄に争いたくないし、戦いなんて滅多に起こるようなものじゃないわ。人間の世界の方がよっぽどブッソウブッソウ」
太鼓判を押すようにマリアはそう言ったのち。
「さてと、これでいい?」
「ああ、やっぱりマリアは説明が上手だなぁ」
ダゴラスさんはスッキリな顔をしていた。
どうやら話の要点は話し終えたらしい。
見ると、スー君はいつの間にかぐっすり椅子にもたれかかって寝ていた。
ごめんな、話が長かっただろ?
いつの間にかだいぶ時間が経っていたらしい。
「もう夜も遅いな。話はまた、明日でもいいか? 準備して、もう寝よう。ベットはお前さんが寝ていたやつを使っていいからな」
「……泊めてもらえるんですか?」
「そりゃそうだろ。お前さん、行くあてなんてないだろうし」
その通りでした。
仮に断ったところで、その後どうしていいか分からない俺である。
情けねぇ。
ちょっとうなだれていると、ダゴラスさんは俺に言った。
「まあ、結論を言うと、俺達がこんな話をしたのは、とりあえず安心してもらいたいからだよ。俺達は敵じゃない。そこらへん分かってもらいたかったわけだ。信じる信じないは、まあ結局お前さん次第だが」
「……ありがとうございます」
素直な感謝だった。
何も考えずにこんな言葉が出てくる時点で、俺の心は決まっていた。
彼らを、信じようと。
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