第2話:不思議な勇者と忍び娘


「いやぁ~つい油断しちゃたよ! 救出してくれて本当にありがとう! 流石はだね!」


 救出屋――アーロン・リタンマンの目の前に立ち、蒼い鎧を着て人懐っこい笑顔でお礼を言っているのは、彼がついさっき救出してきた女性勇者一行だ。


――女性勇者エデン・女性騎士トリア・女性魔導士マリン・女性賢者マザーサ・女性盗賊キッド。


 先程、S級ダンジョン『死竜の宴』から救出して教会で生き返ったばかりだが、普通の者とは違ってすぐに全快。

 そのままの勢い。まるでゾンビの如くアーロンの下に来て、パーティ全員で頭を下げてくれていた。 


「勇者でも油断するんだな……」


 だが彼女等に対しての印象。アーロンからすれば勇者と言えど何とも言えな感情を抱いてしまう。

 なんせ、彼女等の死んでいた姿は普通ではなかったから。


「うん! 油断は良くないけど……やっぱり古くなった牛乳は飲んじゃダメだね! 反省しているよ……」


 この勇者は素晴らしい笑顔で、何かふざけた事を言っている。

 どうりで腹を抑え、尻を上に向けながら仰向けに倒れた状態で死んでいた筈だ。魔物達が一定の範囲を保っていたのも何か分かる。

 

(長年救出屋をしていたが、あんな死に方していたのはこの勇者達だけだな……)


 アーロンは彼女性達が死亡した理由が下らない様な気がし、それ以上は追求しなかった。――したくもなかった。 


「それと……これは僕達からのお礼! 受け取って!」


 勇者たちはそう言って膨らんだ袋を差し出してくるが、そのジャラジャラした音を聞いただけで中身は想像がついたアーロンは手で制止する。


「料金は既に国王から受け取っている……それは自分達の為に使え」


「それじゃ僕達の気が済まないんだよぉ……」


「私達は構わんから受け取ってくれないか?」


 女性騎士も加わって俺にお礼金を渡そうとするが、それだけは出来ない。


「すまないが既に料金を貰っている中、他の者達から更に金を貰うのはに反する。だから、それは受け取れん」


――棺を持つ者よ、過ぎたる対価を求める事なかれ。


 それが師匠から受け継いだ代々の救出屋の信念の一つ。

 命を賭ける以上、己の命・救出する者の命の価値をアーロン自身が決めて良い。

 だが一度決めた価値を覆し、欲に走る事はとして許されない


『金で命を引くなよ……アーロン?』


(分かっている師匠、例えそれを相手が納得しなくてもだろ?)


 久しぶりに救出屋の誇りを思い出した。だからこそ性格は馬鹿だが、救出屋としての顔は真剣そのものだった師匠を思い出せた。

 そして思い出した事でボォ~としていたアーロンが我に返えると、勇者達の様子も変わっていた。


「……なるほどね、誇りと言われたら僕達も無理には渡せないよ」


「危うく恩人へ仇を返す所だったな……」


 アーロンの言葉に納得した様子で勇者と騎士は袋をしまう。

 けれど今度は、そんな二人の間から賢者マザーサがアーロンの前に出て来る。


「ごめんなさいね~二人共、良い子なだけなの~」


 のほほんとした感じの賢者はそう言って頭を下げてくるが、その反動で賢者のが目の前で激しく揺れ動く。 

 ぶるんっと、それも凄まじい程に。嘗てアーロンがS級ダンジョンで対峙したゴッドプルルンスライムの如く。


(賢者なのになんとけしから――なんと胸の広い賢者だ)


 悲しき男の性。嘗てサキュバスと激闘を繰り広げていなかったら、自身は悩殺されていたかもしれない。

 アーロンは身体に力を入れて平常心を保つが、賢者は首を捻って何も話さない事を疑問に持ったらしく、上目で見て来る。

 彼女は天然だと思うが、魅了魔法を素で使っているんではないかと疑ってしまう程、雰囲気とフェロモンが半端ない。


「出た! 賢者の必勝悩殺!」


「これで落ちなかった男はいない……」


「良いなぁ~賢者も騎士も胸が大きくて……僕も、もうちょっとボンキュッボンになれば威厳がつくかなぁ?」


「大きいと戦いに不便なのだぞ勇者?」


 勇者達も賢者の後ろで好き勝手言っているが、どうやら賢者は天然常習犯なようだ。

 ならばアーロンも思考は冷静になれる。


(――俺は試されている)


 アーロンはそう思う事で煩悩と、胸から込み上げる制御が難しい衝動を抑え込むことに成功。

 サキュバスのダンジョン対策で耐性魔法などで煩悩を抑える事はできるが、男である以上はどうも制御が難しくなる時があるのは難点だが。


(そう言えば“師匠”も嘗て言っていたな)


『アーロン覚えておけ。お前はまだ若いがいずれ分かる……男にとって性欲とはなんだ』


『あなた……浮気の理由はそれで良いのね?』


 そう言って奥さんにボコボコにされた師匠の姿を思い出してしまうが、それを教訓にしてアーロンは理性をフル稼働させて平常心を保った。

 

「……そうか、別に俺は気にしていない」


「そうですか~よかった~」


 冷静な態度で言い切ると、賢者はそう言って下がるのを見てアーロンは内心で勝利を確信。

 腹を下して死んでいたとは思えない勇者一行に、内心を乱された事は恥ずかしいが、そう思っているうちに勇者が再び前に来て何かを差し出してきた。


「じゃあせめてこれをあげるよ! 私達は人数分あって余ってるからさ!」


「なんだこれは……宝石?」


 勇者の手にあったのは蒼い宝石だ。まるで涙の様に雫の形をしているが、それからは強い魔力も感じる。

 見た目もそうだが、これも立派な高価な物。それも豪邸が建つ程の。


「すまないが言った筈だ……俺は――」


「あぁ!? 誤解しないでお礼じゃないから!――なんていうか、?」


(――誓い?)


 勇者の言葉の意味は分かるが、一体なにを言いたいのかアーロンは分からず、彼女の様子を見守るしかなかった。


「この宝石はね……『ライフの涙』っていう宝石で、女神ライフ様の加護があるの。だからそれを持っていると魔物から守ってくれたり、ちょっとした怪我も所持しているだけで癒してくれるんだよ」


「ますます受け取れないぞ? 明らかに上位のレアアイテムだ」


「だ・か・ら! 話は最後まで聞いてよ! むぅ~!」


 最後まで言わせなかったからと、アーロン目の前で頬を膨らませてむくれてしまう勇者。

 勇者もむくれるんだな。そんな呑気に思っていたが勇者の機嫌を損ねても得はなく、アーロンも黙って聞く事を選んだ。


「悪かった……話を続けてくれ」


「もう!……これはあげるんじゃなく、君に預けるの! またいつか、僕たちが出会う為の誓いと一緒にね!」


「なんだ……そんな事なら家に来れば茶くらい出すぞ?」


「そう言う事じゃないの! 僕たちも危険と生きているからさ……待ってくれている人がどこかにいるだけでも、それはとても心強いんだ」


(……成程な)


 アーロンは勇者の言葉に納得した様に頷いた。

 勇者達は特別だが、それ以前に一人の人。心が寂しくなり、そして不安も覚える事もある。

 そして今回死んでしまった事で気持ちが強くなったのだろう。

 自分達の事を知り、出迎えてくれる心のあり処が欲しいんだなとアーロンは思い、勇者の差し出すライフの涙を受け取った。


「良いだろう……これは俺が預かっておく。また会う時までな」


「!……う、うん! お願いするよ! きっと君の役にも立つと思うからさ」


「勇者……そろそろ――」


 アーロンが勇者と話していると、魔導士が時計を見ながら耳打ちをする。それを聞いた勇者は寂しそうな表情を浮かべていた。


「そうか……ごめんね。もう行かないと」


「……気を付けていけ。もう全滅するなよ?」


 願わくば、腹を抑えながら絶命している勇者達は見たくない。

 魔物すらも申し訳なさそうに距離を取っていたし、ハッキリ言って助ける側としても複雑な心境だ。


「あはは! 確かにそんな再会は嫌だもんね!――うん、次は堂々と生きて会いに来るよ」


 そう言って勇者一行は俺に一礼しながら背を向けて歩き出し、魔導士が移動魔法を唱えようとした時だった。

 勇者が不意に振り返る。


「あっそうだ! に伝言頼まれたんだけど、女神様は君をいつも見守ってるって!」


「?……それはどういう――」


「じゃあ次は砂漠辺りに行こう!!」


 勇者に問いかけようとしたアーロンだったが、勇者達は移動魔法の光に包まれ、そのまま天高く飛んで行った。

 どうやら次の再会まではお預けらしく、アーロンは自分の手に握られている『ライフの涙』を見ながら、初めての勇者の友人達との再会を心待ちにする。


「……俺も行くか」


 見送ったアーロンはダンジョンのアフターケアへと向かう為、転移魔法で先程のダンジョンへと転移するのだった。


♦♦♦♦


 ダンジョンで『このダンジョン、勇者死亡歴あり』の看板を建てたりし、アフターケアをしてアーロンが街に戻って来た頃には日が沈み始めていた。

 

――夕食はどこかで食べるか……。


 すれ違う人々と挨拶を交わしながら、帰宅の路を歩く。

 勇者が行くだけの事はあるダンジョンで、アーロン自身も20回も行っていない場所は流石に堪える。

 仕事には手を抜けないが、せめて夕食は手を抜こうと思い、鎧を脱いで着替える為に急いでいた時だった。


「アーロンさん!」


「……テレサか?」


 見覚えのある銀髪のサイドテール――ギルドの受付嬢テレサが息を乱しながらアーロンの下に駆け寄ってくる。

 もう夕方なのに珍しいと思いながら、アーロンは急な仕事の可能性を考えて頭を切り替えた。


「急ぎか?」


「は、はい! で、でもちょっと……複雑な事態になりまして……!」


「複数のダンジョン同時か?」


 長年しているとそう言う事態も起こりえる、別々のダンジョンで同時に全滅する場合が。

 その場合にはアーロンも普段以上に急がねばならず、すぐにギルドに向かおうとするが、テレサは首を振って否定する。


「ち、違うんです……『典礼ギルド』の人達が来てしまってるんです!」


 その者達の名を聞いたアーロンは納得した。

 確かに少し面倒な事になるかもしれないと、胸の奥で覚悟をしてテレサと共にギルドへと急ぐのだった。


♦♦♦♦


 『典礼ギルド』

 それはアーロン達――救出屋と同じく、ダンジョンに潜って死者や怪我人を教会まで連れ帰る者達を指す。  

 価格も救出屋よりも格安である事から頼む者も増えているが、アーロンから見れば連中の仕事は雑過ぎる。


――良くて後遺症、最悪は手足が無くなって蘇る事があるとも聞いている。


 割に合わないとすぐに手を抜き、命を重んじず利益を前提としているので、信念がある救出屋とは相容れない関係。

 一言でも言えばアーロンの場合は費用を下げるが、他の救出屋はそうもいかず、余裕が無い者達からは距離を置かれる原因になっている。


――だが彼等を責める事はできない、その救出屋達も命を賭けているからな。


 それが典礼ギルドの台頭を許す事になっているのが、アーロンの内心を複雑にする。


「棺を持つ者よ、過ぎたる対価を求める事なかれ……か」


 それを守っている救出屋が、それ破る者達を増長させているなら本末転倒だ。

 アーロンは内心、自分達の在り方を考えながらテレサを抱えて走っていると、扉が開きっぱなしのギルドから揉める様な声が耳に届いた。


「だぁかぁらぁ!! 俺等はその救出者の身内から依頼されてんだよ! だからとっとと情報を開示しろってんだよ!」


「出来ぬわ! マスターとして貴様等の様な利益しか考えぬ者達へ、私の家族の命を任せられぬ!」


 アーロンとテレサが入口に来て見ると、ギルドメンバーと8人の男女のパーティがマスターと言い争いをしていた。

 対峙するメンバーの中には冒険者ランク【金】以上の者をおり、アーロンは緊迫している事を悟って急いでギルドへ入った。

 

「マスター」


「!……お、おぉアーロン! 来てくれたのか!」


「良かった! アーロンさんが来てくれたぞ!」


 アーロンの姿を見たマスターやギルドの者達は安心し、対峙していた金以上の者達の纏う雰囲気も若干だが柔らかくなる。

 けれど、振り返って彼を見る典礼ギルドの者達の目は、敵意に満ち溢れていた。


「あぁ? そうか……テメェが棺の英雄様か。大層なもん背負ってんな?」


「悪いけどさ、あんたは関係ないから、あたいらの邪魔はしないでくんない?」


「無関係ではない……俺はこのギルドからも仕事を依頼されている。筋が通らない話ならば、俺も黙りはしない」


「……!」


 アーロンが関与しない自身でもあったのか、男女達はその言葉を聞き、アーロンも万が一に備えて背中のクロスライフに触れた事で顔色が変わる。

 しかし、そんな彼等の間から一人の男が出て来ると、空気が一変したのをアーロンは感じ取った。  


「これ、英雄に失礼ですよ?――大変失礼いたしました……職業柄、やや荒っぽい者も多いのでね?」


 現れたのは鎧等で武装した者達とは場違いで、貴族の様な服を纏った男。

 インテリ眼鏡を掛け、あからさまに自らの手を汚さない人種の登場に、アーロンは兜の奥で表情が険しくなる。


「……お前は?」


「これは失礼を……典礼ギルド『慈悲の終言』の副ギルド長――ザクマと申します」


――『慈悲の終言』……聞いたことのある名だ。


 聞き覚えのある名にアーロンは記憶を呼び覚ます。

 救出屋よりは安く依頼を受けるが、あれやこれやと追加で安い金額を何度も請求し、結果的には救出屋と同じ値段か、それ以上の額を持っていく集団。


――少し前、連中に救出されて生き返った者を見たが酷いものだったな。


 雑な処置、雑な対応。

 表面だけを見繕い、良い顔で死んだ者達の為とか言いながらも利益だけを考える罰当たりな連中。 


「何故ギルド員の身内が、お前達に依頼を出した?」


「えぇ気になりますよね? 近々ですが、我々はこの地域に支部を作る予定でしてねぇ。周囲の街や村で説明と共に料金表を渡したら皆さん、凄く喜んでくれたんですよ」


「――だからなんだ?」


「分かりませんか? つまりは料金・人員、それらの全てが『棺持ち』の貴方達よりも優れている我々の方が需要があるんですよ」


――需要……か、連中らしい言い方だ。


 その言葉を聞いてアーロンは理解する、連中が全てを金で見ている事に。

 助けを求めている事を需要と呼ぶ、その時点で救出屋と彼等は分かり合えないと再度認識できた。 

 すると兜でアーロンの顔は見えていないが、ザクマはアーロンが言葉を発しない事を困惑とでも受け取ったらしく、笑みを浮かべて見てくる。


「ハッキリ言いますと、貴方は一つの身体で救出にも限界がある。それに引き換え我々は人手も多く、同時に幾つもの対応も可能です。――ギルドメンバーや冒険者は依頼を受ける前にギルドへ、事前に一定の救出費用を支払っている筈ですが、なのに間に合わない……それは通らないでしょう? 安い金でもないのに」


「……否定はしない」


――俺も、実際に間に合わなかった事が何度もある。


『こんな身体になるなら、どうして死なせてくれなかったんだ!!』


 加護が弱まり、腕を魔物に食われ、義手で代用して蘇生させた者から泣きながら責められた事もあった。

 行った行かない、生き返った生き返らない。そんな事は関係ない。


――。それが救出屋が絶対に受け入れなければならない罪だ。


「分かってくれたようで嬉しいですよ……まぁ英雄って言われても、所詮は救出屋は集団行動が出来ない世界不適応者。――もう貴方達の時代じゃないんですよ?」


「なっ! 貴様等なんだその言い方は!」


「他の連中はどうだか知らんが! アーロンは立派な救出屋だ!」


「侮辱は私たちが許さない!」


「おやおや人望も稼いでいるんですね……その商売のコツ、見習いたいものだ」


 マスター達が擁護してくれているが、ザクマは敢えてアーロンを挑発してマスター達の非を引っ張り出そうとしている。

 アーロン自身は気にしていないが、ギルドの者達は仲間の侮辱を許さない優しい者が多い。


「……良いんだマスター、皆も落ち着いてくれ」


「だがアーロン……!」


 マスター達は納得していない様だが、この連中に時間を取られている間にも救出する者達が心配だ。

 アーロンは何とかマスター達を制止させ、すぐに行動しようと詳細を問いかけた。


「……どのダンジョンだ?」


「『気流の迷城』――こりゃあ楽勝だな!」


 受付から答えが返ってきたが、それを答えたのは受付嬢やマスター達ではなかった。

 聞き覚えのない声にアーロンやマスター達が一斉に向くと、受付にいたのは『慈悲の終言』の男。

 その男はこれ見よがしに書類をヒラヒラさせ、ふざけた様子で読み上げていた。


「メンバーは5人……こりゃ楽勝だな!」


「貴様! 何を勝手にしているか!」


「おっと!」


 書類を取り返そうとしたマスターは男に飛び掛かるが、男は軽く避けて押し返し、マスターは床に勢いよく腰を打ってしまう。


「ぐぬっ!?」


「マスター!?」


「貴様よくも!!」


 ギルド員がマスターに駆け寄り、他の者達が剣を抜こうとし、アーロンが止めようとした時だった。


「た、大変ですぅ~!? 他のダンジョンに行った方々の『命の水晶』の光が消えてしまってますぅ~!?」


「なっ、なんだと……!?」


 奥の部屋から出て来た別の受付嬢の言葉に周囲はざわつき始め、マスターも他の者から肩を借りて立ち上がる中、アーロンが受付嬢へ場所を問いかけた。


「……どこのダンジョンだ?」


「それが二つありまして! A級ダンジョン『月下の轟谷』と、同じくA級ダンジョン『凍土の魔天河』です! 人数は各3名です!」


「ば、馬鹿な……どうなっているんだ!? 最近、多過ぎている……!」


 マスターは驚きのあまり言葉がそれ以上は出ないが、アーロンも同感だ。

 幾ら難易度が高いとはいえ、前の時とは違ってランクに合ったダンジョンの筈。


――一体、何が起こっているんだ?


 アーロンはそう思ったが頭を切り替え、すぐに救出に行こうとした時だ。

 ギルド内に笑い声が響き渡る。


「ハーハッハッハッ! これは傑作だ! どうやら貴方達は私達に構っている場合では無いようですね? 名前だけは聞き覚えがありますが、確か『気流の迷城』はB級ダンジョンだった筈、何なら我々の仕事をお譲りしましょうか?――A級ダンジョン二つの攻略をした後にでもね?」


 無理だ、今朝は勇者救出でS級ダンジョンに行って消耗している中、A級ダンジョン二つに向かえば、B級の方は絶対に間に合わない。

 逆もまた同じ、目の前の者達にA級は無理であり、アーロンが行くしかない。


――だがそれはどちらかを諦めると言う事だ。


 体力・時間、そのどれを考えてもだ。

 見捨てなければならないのか、己の限界を理由に。


――いや、そんな理由は必要がない。その為に十字架を背負っているんだ俺は……。


「分かった、その依頼を受け――」


「分かった! B級の方は任せる……金も追加で払ってやる!」


 アーロンが受けようとした時、それを遮ったのはマスターだった。

 そしてマスターの言葉にザクマは嫌な笑みを浮かべ、手を叩きながら頷く。


「交渉は成立……では書類も受け取って行きますよ」


「最初から素直になればいいものをよ!」


「ダッサ!――ペッ」


 ぶつくさ言いながら『慈悲の終言』の者達は出て行った。その最中、アーロンの鎧にツバを吐いて行ったが、そんな些細な事はどうでも良い。

 自身もすぐにダンジョンに向かおうとすると、ザクマがアーロンの横を通り過ぎ間際に呟いた。


「まぁ貴方と仕事したいとは思っているんですが……を持たない我々を、貴方は認めないのでしょうね?」


「……そうだな」


――十字架。


 自分が師匠から譲り受けた仕込み盾『クロスライフ』の様に、十字架が刻まれた武器の事を指す。

 これがアーロン達救出屋の証。自らも十字架を常に背負っているという戒め。


『日頃から背負ってねぇ奴は、いざって時にも背負う事は出来ねんだよ』


 師匠の言葉を思い浮かべる内にザクマ達は出て行き、アーロンの目の前には申し訳なさそうな顔のマスター達がいた。

 そんな顔をする理由はないと、アーロンは気付けば逆に頭を下げていた。


「……すまない、俺の力不足だ」


「っ!?――お前が謝る事じゃないぞアーロン!」


 マスターが逆にやめてくれと、止めて来た。

 逆に気を使わせたと思ったアーロンは顔を上げ、詳細を聞こうとした時だ。

 

「良いしょ! 良いしょ! 良し! 綺麗になりましたよ!」


(鎧を誰かが拭いてくれている?)


「……君は?」


 それに気付いて顔を横に向けると、背伸びしてツバが付いた自身の鎧をハンカチで拭いている少女がいた。

 黒髪のポニーテールで、動きやすそうな生地の少ない黒装束。

 少なくともギルドでは見た事のない少女にアーロンは名を聞いてみると、その子は背筋を伸ばして挨拶する。


「初めまして! 私はサツキとお申します! つい先日に『慈悲の終言』に雇われたくノ一です!」


(くノ一、確か一部の地域に住んでいる特殊なレンジャーだったな)


 無邪気な笑顔を向ける少女――サツキにアーロンは昔、似た様な人達も助けた事があるのを思い出した。

 閉鎖的ではないが、情報を色々と規制している特殊な者達――忍。

 まさか『慈悲の終言』に参加していたとは、アーロンには不思議でしかない。 

 

「……『慈悲の終言』か。だが君は行かなくて良いのか?」


「行かなきゃダメですけど、私はアーロンさんに会いたかったんです!――昔、父様をアーロンさんに助けてもらった事があるので、そのお礼をずっと言いたかったんです!」


(どうやら俺は少なからず、彼女と繋がりがあったらしい)


 人懐っこい笑みと柔らかな雰囲気。

 そんなサツキの様子に当初は警戒していたギルドの者達も雰囲気が柔らかくなっていく。


「ところで……何故君は『慈悲の終言』に参加しているんだい? くノ一……つまりは忍だが、彼等は優秀だと言う話だが?」


 サツキにそう聞いたのはマスターだった。

 テレサ達、受付嬢から腰に薬を塗ってもらいながら聞くと、その言葉にサツキは少し複雑な表情を浮かべた。


「実は……私、アーロンさんに憧れて救出屋になろうと決めたんです! でも周囲には救出屋がいないかったので、だったら似た経験でもと思って雇ってもらったのが……」


「あの連中と言う事か……」


 基本的に救出屋は弟子入りし、師匠から色々と学ばせてもらうのが普通の流れ。

 周囲にいなかった彼女は、取り敢えず『慈悲の終言』に入ってしまったらしいが、顔には後悔していると描かれていた。


「なんか……違いますあそこは。救出屋さんは、自分の命を省みずに手を差し伸べてくれたのに、あそこは利益ばっかりで変に思っているメンバーも多いです」


「典型的な上の者達ばかりが得をしている組織か……」


 アーロンは絵に描いた様な連中に思わず笑いそうになるが、それを呑み込むとサツキはアーロンとマスター達に一礼する。


「本当はアーロンさんに色々と話しがあったんですが、まずは一度受けた任務を果たしてからです!――という訳で行ってきます!」


「――待て」


 どこか心配にさせるサツキを見て、アーロンは思わず呼び止めた。

 何故かは分からないが、彼女に言葉を掛けたくなってしまった。

 サツキも呼び止められたことで足を止め、首を傾げながらアーロンを見ていると、アーロンは口を開いた。


「――己の命を優先せよ。汝が死ねば、誰が魂を連れ戻す?」


「それって……」


「救出屋の言葉だ……助ける為に己の命を守れと言う事だ。――決して油断はするな、異変を感じればランクに関係なく警戒しろ」


「!……はい! 胸に刻みました!」


 そう言ってサツキは元気よく飛び出していき、あの明るさにマスター達も、まるで仲間を見送る様な目で見守っていた。


「――さて、俺も行くか」


 サツキに出会えたことで少しを思い出せた気がし、アーロンもリラックスできた。

 疲れを忘れたアーロンもまた、救出屋としての使命の為に二つのダンジョンへと向かうのだった。


♦♦♦♦


 あれから数時間。月が完全に昇った頃にアーロンは街に戻って来た。


「良かった! 良かった!!」


「もう! 心配させて!!」


 アーロンは無事にダンジョンから6名を救出し、彼等は教会で全員生き返ったばかり。

 今は目の前で家族と泣きながら抱擁をしており、時折だが家族と一緒に俺へ頭を下げて来るのに応えていたが、アーロンは不意にサツキの事を思い出した。


(『気流の迷城』ならば、もうとっくに帰っている筈だな)


 既に月が昇っていて完全に深夜だ。

 サツキ達も帰っているだろうと、アーロンは近くにいる神父様に結果を聞く事にした。


「神父様……『慈悲の終言』の者達はどうでしたか?」


 他はともかく、見た感じサツキの実力は高く見えたアーロンに、そこまでの心配はない。

 故に処置に関しての意味で聞いたのだが、返ってきた言葉は思ってもみないものだった。


「いえ……それが彼等はのです」


「……どういう事でしょうか?」


 本来ならばあり得ない状況。距離も、難易度も、全ての条件が今の状況と矛盾している。

 それを理解している事もあり神父様も、珍しく不安な表情を浮かべていた。


「分かりませぬ……私もアーロン殿が先に戻って驚いているのです。何か胸騒ぎがいたしますな」


 神父様の言葉を聞き、アーロンは胸に嫌な予感を抱くが、流石にもう体力と魔力の限界だった。 

 取り敢えず明日の朝まで様子を見る事を選び、アーロンは帰宅するとベッドの上に横になって意識を落として行った。


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