第1話:勇者でも賢者でも何でもない男


 この世界には魔物がいる。ダンジョンもある。魔王もいるらしい。

 この世界には戦士や魔法使いもいる。ギルドもある。勇者もいるらしい。

 その他にも鍛冶屋、アイテム屋、普通の市民、兵士や国王だっている。


――だが俺は――アーロン・リタンマンはどれでもない。


 だが無職でもなく、ちゃんと職には就いている。

 依頼してくる者も農民から都会の町人を始め、ギルドや貴族、挙句には国王からもあるぐらいに繁盛している。


「……鍛冶屋に武器防具の受け取り、アイテム屋でも買い物しなければ」


 だから準備は大切だ。

 儲かっているが、つまりは命賭けの仕事なのには変わりない。

 生き残る為に俺は街に出て、まずは鍛冶屋へ向かう。


「お~い! アーロン! 頼まれていた武器と防具の整備終わってるぞ!」


 鍛冶屋の店主と話し、預けていた武器と防具を受け取る。

 これは俺の仕事道具で命を預ける相棒だ。


――だが俺は兵士でも傭兵でも、そして冒険者でもない。


「今日は他に何かあるのか? 色々と入荷しているぞ?」


 ここの店主とは付き合いが長く、こうやって優先的に品を流してくれるから助かっている。


「すまんな店主、いつも助かってる」


「なぁに! 助かってるのはお互い様だ!――お前がいるから皆は助かってるし、俺の息子も生きてるんだからよ」


 店主は俺の仕事に好意的だ。

 それに昔、俺は店主の息子さんも助けた事での信頼関係もあって、店主が準備している道具は全て質が良い。


「じゃあ……かぎ爪ロープを3、ミスリルのバックラーを1、あと鉄製の矢を40本にナイフも20本頼む」


「おう毎度! どうする? お前の店に届けておくか?」


「いや、ここで受け取る」


 俺はそう言って手を翳し、俺が持つ固有魔法を唱えた。


「空間魔法――『異次元庫』」


 俺の目の前に時空の穴が開いた。

 これが俺の固有魔法の一つ、空間魔法。

 俺が魔法で作った特殊な空間への穴で、その中に俺は買った物を次々に入れていく。


「良いなお前の魔法は……買い物カゴ要らずだもんな」


「こう見えて扱いは難しい。――だが、この魔法のお陰で俺は今の仕事を続けられる……」


 そう言って買った物入れ終えると空間を閉じ、店主に代金の詰まった袋を手渡した。

 

「これが代金」


「ありがたいなお前は……お前だけさ、いつもツケ無しで払ってくれんのは」


 店主はそう言って、俺からの代金が詰まった袋を嬉しそうに受け取る。

 ただ常連の冒険者も基本は水物でもあり、赤字になる事もあって一杯一杯だから仕方ない。


「じゃあ俺は行く。アイテム屋に教会も寄らければならない」


「そうか、次ゆっくり出来る時は言えよ? 茶や菓子ぐらい出すからよ」


 そう言って店主と別れた俺は次にアイテム屋ショップに向かった。


「あらぁ! アーロンさんいらっしゃい!」


 歓迎のムードで出迎えてくれたのは、赤いポニーテールが特徴のアイテム屋の女性店主マキだ。


「あぁマキ、早速だがアイテムを見せてくれ」


「ふぅ、相変わらずの仕事人間ね? 少し世間話とかお茶とか誘ってくれないの?」


 マキは愚痴の様に言ってくるが、俺が忙しいのも理解してアイテムをすぐに見せてくれる。

 ポーション、エーテル、毒消しに魔物除けのお香。

 どれも幾つあっても足りないぐらいで、毎度大量に買わなければならない。


――だが俺は別に商人ではない。


「いつものと……ロープにフライパン。そうだ簡易爆弾もない、あと新しいテントも欲しい」


――色々と買っているが、俺は別に料理人でもないしトレジャーハンターでもない。


「ハイハイ、すぐに準備するから出した奴から入れちゃいなさい」


 マキは俺を理解しているのでスムーズに買い物が出来る。

 彼女が出す品をお言葉に甘えて次々と異次元庫に放り込み、最後に代金を支払った。


「まいどあり。本当は少し話ぐらい付き合って欲しいけど、今日は忙しいのよね?――でも、次はせめてお茶ぐらい付き合ってよね?」


「あぁ、そうさせてもらう」


 手を振るマキと別れた俺は次に教会へ――


「!――しまった……がもうないのか」


 不覚だ、看板を全部使ったのを忘れていた。

 緊急の仕事が入る可能性がある中、俺は急がないといけないのにやってしまった。


「すぐに木工ギルドに行かなければ……!」


 俺は目的地を変更し木工ギルドへと向かう為、街の中を走った。

 

「どうしたアーロン急ぎか?」


 到着すると受付の木工ギルドの若い青年――モックが俺の様子を察してくれた。


「……あぁ、すまんがいつのも看板を頼む」


「わ、分かった! すぐ準備するよ!」


 俺の仕事を知っている人は対応が早くてありがたい。

 

――だが俺は整備屋でも大工でもない。


「準備できたぞアーロン!」


 若い衆や熟練の職人の人達も手伝って、大量の矢印の板が付いた看板を持って来てくれた。

 申し訳ない思う反面、やはりありがたい。

 俺の異次元庫へ一緒に入れてもらい、ついでに梯子も買う。


――だがそれでも俺は大工じゃない。そして修理屋でもない。


「代金はこれだ。そしてすまんがもう行く――」


「お、おう! 頑張れよ!」


「また来いよ坊主!」


 木工ギルドの人達の暖かい言葉を背に、俺は急いで教会へと向かった。


「おやおやアーロン殿、随分とお疲れの様ですが……」


「大丈夫ですか……?」


 俺は走って教会に来た。

 だが息を乱してはいない、額に汗を流しているだけだが神父様達にはそう見えたらしい。

 高齢の熟練の神父様と、若いが正しい心を持っているシスターに出迎えてもらった俺は、さっそく要件を伝える。


「すまないが、聖水を瓶で30個、ロザリオを10……あと棺を20頼む」


――こんな物も買っているが、俺は別に聖職者でもなければ葬儀屋でもない。


「分かりました……すぐに他の者達に用意させましょう」


 神父様は頷くと若い人達に頼み、これも他の人達に手伝ってもらって異次元庫に入れていく。

 よしよし、これで準備は完了だ。何が起こっても対応できる。

 そう思っていたが、そんな俺に神父様が近付いて来る。


「アーロン殿、今日の予定はどうなのですか?」


 そうだ忘れてはいけない。

 俺の仕事に神父様の協力が不可欠だ、情報の共有はしなければ。


「いえ、今日まだ予定はありません。ですが、いつ依頼が来ても――」


 俺が神父様に状況を伝えていた時だった。

 教会の扉が勢いよく開き、入って来たのは整った服を着た小柄な女性だった。


「ア、アーロンさんはいらっしゃいますか!?」


 慌てた様子で入って来たのはギルドの受付嬢――テレサだった。

 彼女は俺を探している様で、どうやら仕事が来たかもしれん。

 実際、彼女は俺の姿を見てホッとした様子だ。


「アーロンさん! よ、良かった……ここにいらしたんですね!」

 

「落ち着け、一体なにがあった?」


「依頼です! しかも緊急の!」 


 どうやら勘はさえている様だ。見れば分かるが、験担ぎとしてそう思いたい。

 だが仕事が起こった以上、俺は神父様に視線を向けた。


「……神父様」


「えぇ、分かっております……私共も準備をしておきましょう」


 伊達に長い間この街で神父を務めていない。神父様は冷静に周囲のシスターや牧師に指示を出し始めた。

 これで、こっちの方は大丈夫そうだ。なら俺も急がなければ。


「場所はギルドか?」


「はい! すぐにご案内します!」


 教会とギルドは近い。確かにパパっと走った方が良いだろう。

 俺はテレサを担ぎ、共にギルドへと急いだ。


「わぁぁ~!! せめてお姫様だっこでぇぇぇ~!!?」


 米俵を担ぐように持ったのは駄目だった様だ。恥ずかしそうにテレサは抗議してくる。

 だが忙しい事もあって俺は無視し、全力でギルドへと走っていく。 

 その間、ずっとテレサは叫び続けたが。


♦♦♦♦


 ギルドに着いた俺は奥の会議室へと通され、そこにはギルドマスターを始め、所属する各冒険者が集まっていた。

 そしてギルドマスター達は俺が入って来ると、待っていた様に安心した表情で出迎えてくれた。


「おぉ! アーロン待っていたぞ!」


 整った服とチョビ髭が特徴なギルドマスター――通称マスターはすぐに俺に駆け寄って来ると、俺も事態を聞いた。


「それで事態はどうなってる?」


「……まずはこれを見てくれ」


 そう言ってマスターはをテーブルに並べる。

 俺も水晶を見てみると、水晶の光は完全に消えていた。

 何てことだ、既に消えていてしかも4つ。つまり――


……一体どこのダンジョンだ?」


「それは……『神獣の巣』なんだ」


 俺はそれを聞いて内心で驚く。

 そこはギルドが推定している難易度の中で、上級である【A級ダンジョン】に指定されている場所。

 そこの魔物達は強靭な強さを持っており、並みの冒険者ではゴミ同然に殺されてしまう。


「その4人のランクは?」


「……銀一人と、銅が三人だ」


 ありえない、俺は内心で呆れを通り越して怒りを抱いた。

 ランクを簡単に表すならば、銀は中級、銅は下級を意味している。

 だがA級ダンジョンならば上級の金。そして最上級の白金クラスが一人は必要だ。


「何があった? なんで彼等がA級ダンジョンに?」


「恐らくだが……」


 そう言ってマスターや周囲の冒険者達の視線は、鎧を着た一人の青年冒険者へ向けられた。

 俺もその冒険者を見るが、そいつは見覚えのある冒険者でギルド内でも悪い意味で有名な男。


「またお前か……ショウ?」


 この青年冒険者――ショウは金目の物があるが危険なダンジョンへ、適当な冒険者を行かせて確認させる行為を続けている奴だ。

 それで何度も降格させられた筈だが、一切懲りた様子はないらしい。

 

「へっ? い、いや俺は知らねぇよ~?」


 そう言って口笛を吹いて誤魔化すショウを見て、周囲はイラついた様にピリピリし出すが、今は馬鹿に構っている場合ではない。


「すぐに準備をして行ってくる」


「あ、あぁ! 頼む!」


 マスターはギルドの仲間を家族の様に思っている。

 だから今も藁にも縋る様な顔で俺を見ており、俺自身も期待に応えようと異次元庫から鍛冶屋で受け取った装備を取り出し、急いで装備する。


――そして忘れてはならないのが、だ。


 異次元庫から俺は相棒とも呼べる得物を取り出す。

 それは一言で現すなら正面に十字架と女神が刻まれた『棺』だが、これは棺にしては若干小さい。

 けれど棺にしてはの話であり、これは棺のデザインした盾――しかも仕込み盾だ。


 十字架と女神を刻みし棺盾――『クロスライフ』 


 これが“師匠”から譲り受けた俺の相棒であり、仕事としての俺の証。

 身の丈程ある盾にしては厚いクロスライフを背負い、俺は会議室を出る。

 するとギルド内の冒険者達が俺の姿に驚き、思わず声をあげていた。


「おぉ……! ス、スゲェ!」


「あれ全部オリハルコン製かよ……!」


「そして背中の棺が……あの人の通り名の――」


 周囲から尊敬や憧れの視線を感じる。

 確かに全身が今までの戦利品で見つけたオリハルコンで、これのお陰で仕事が大分楽になった。

 背中のクロスライフの知名度も上がり、今ではも付けられている。


――だが俺は別に歴戦の冒険者でも、ましてや勇者でもない。


「それじゃ……行ってくる」


 皆にそう言って俺は、俺自身が持つを唱えた。


「発動――! 転移先は『神獣の巣』へ!」


 それを唱えると俺の目の前の時空が裂け、白い靄の入口が現れた。

 これが俺が産まれ持った固有スキルであり、かなり重宝できる自慢の魔法だ。


――けれど、だからといって俺は偉大なる魔法使いという訳でもない。


 俺はその入口へと入って行き、俺が消えると次元の裂け目も消える。

 そして俺が次に立っていた場所は街のギルドではなく、虹色に輝く洞窟に入口――


「神獣の巣か」


 俺は久し振りに来たダンジョンを見上げながらも、足を止めずに洞窟の中へと向かった。



♦♦♦♦



 虹色の洞窟に一歩入ると、そこも虹色の鉱石に満ちた別世界だ。

 現実とも思えない光景と強靭な魔物、その要素が合わさって『神獣の巣』と呼ばれている。

 俺自身はそこまで頻繁に来ないが、このダンジョンを訪れる者は上級者では多い。


「ここの鉱石は高く売れる……やはり奥に進んだか」


 洞窟にあちこちにある鉱石だが、所々に無理矢理に削った様な跡が目立つ。  

 どうやら訪れた四人が削ろうとした様だが、この鉱石は入口に近い程に削りずらくなり、奥に進む程に削りやすくなっている特殊な鉱石だ。


「だがそれが怖い。この洞窟の魔物はからな」


 行きはよいよい、帰りは恐い。

 それに気付いてしまい、そのまま奥に行ってしまった様だ。


「……急ぐか」


 俺は出来るだけ急いで洞窟の奥へと進んで行く。

 洞窟内の構造は何度か来て知っており、何よりこの洞窟は一本道だから迷うことはない。

 しかし道中、視界に映るキラキラと輝く価値の高い鉱石。

 それが奥に進むに連れて恐ろしくも見える。洞窟そのものが罠で、餌を招いている様だ。


「一体どこまで行ったんだ……」


 洞窟内の中盤まで差し掛かっても4人の姿がない。

 この辺りからは魔物も出て来る筈だが、出てこない事と関係があるのかもしれない。

 

「まさか最奥まで行ったのか……?」


 俺は嫌な予感を抱きながら進んで行くと、俺の目の前に大きな崖の様な壁が立ちはだかった。

 壁には古くなった梯子が設置されていて、周囲にも真新しい削られた鉱石がある。


「ここを登ったか……!」


 まずい、いよいよ可能性が低くなる。

 各ダンジョンには魔力の波があり、俺の転移魔法も中から外なら可能だが、外から中には転移出来ないのが痛い。


――頼むから


 俺は急いで奥に向かおうと梯子を上り始めた。

 しかし装備の重量もあって、古い梯子がギシギシと不安な音を立てている。

 頼むから今だけは耐えてくれと、俺は内心で祈りながら上っていき、ようやく頂上に着いた時だ。


「ぐおぉっ!?」


 梯子が折れてしまい、落ちそうなった俺は間一髪で崖の上を掴んだ。

 そして一気に力を入れてよじ登ると、梯子があった場所を見下ろしてみる。


「やってしまったが買い替え時でもあった……新しい梯子を買って正解だったな」


 下に散らばる残骸を見て俺は自身を納得させると、またすぐに奥へと急ぎ走り始めた。


「ここは松明も要らないから、どんどん奥に行ったのか……」


 明るいのは上級者にならば助かるが、不相応の者には罠でしかない。

 結構奥にまで来たが、ここまで来ても見つからないなら最奥に行ったと俺は確信する。

 けれど同時に、ここまで来たのなら体力が消費していた筈とも判断。

 

 俺は日頃から万が一に備えて鍛えているから、鎧を着て走っても早々疲れはしない。


――だからといって、別に何かの教官な訳でもない。


「だからダンジョンの出入りをもっと厳しくしろと言っていたんだ……」


 走りながら俺は愚痴ってしまう。

 今回の件だってそうだが、誰かが気付けば防げた筈だろうと思えてならない。 

 俺はそんな事を思いながら進んで行くと、不意にツンとした異臭に気付いた。


「血の匂い……それに魔物の声も聞こえるな」


 俺はクロスライフを下ろし、それを左手で持って構えながら静かに奥に進んで行くと、巨大な広場に出たと同時に見つけた。

 広場の中央に倒れている若い男女の冒険者を。

 そして周囲を取り囲んでいる魔物達を。 


「さて行くか……」


 こっからが俺の仕事の始まりとも言え、俺は気合を入れて魔物に突っ込んだ。


「こっちだ――こっちを見ろ!」


『!』


 周りの鉱石の様にキラキラと輝く獣型の魔物の群れが、一斉に俺の方を向いてくる。

 そして一匹が吼えると、一斉に掛かって来るのを俺もクロスライフで迎え撃ち、最初の1匹をクロスライフを鈍器して正面から殴り飛ばす。


『ギャオォ!?』


 顔が潰れながら吹っ飛ぶ1匹は後方の魔物に激突し、そのまま泡を吹いて動きを止めた。

 だが完全に周囲の連中を怒らせたらしく、他はまだまだ向かってくる。

 

「そうだ、こっちに来い!」


 少しでも4人に損傷を与えない様に戦う必要がある。

 だから俺はクロスライフで次々に叩き潰し、盾として爪を受け、接近を許せばオリハルコンの剣で斬り伏せる内に魔物達の数は確実に減っている。


「しかし流石に硬いか……」


 ここの魔物は洞窟の鉱石を餌にする偏食だから身体も固い。

 だがそれでもクロスライフーーそして俺の空間魔法ならば倒せる。


「一気に決める……」


 俺は腕に持ったクロスライフを回転させ、その先端を魔物達に向ける。

 クロスライフの先端には穴が空いており、俺が持ち手のトリガーを引いた瞬間、杭の様に太い金属製の矢が次々と発射。


「……空間を創れば硬さは関係ない」


 クロスライフの仕込み武器――射撃装備。

 この中には大量の矢が内蔵されており、遠距離戦も可能だ。

 しかも空間魔法を発射と同時に唱えていて、当たった魔物の身体に空間を作り、まるで蜂の巣の様な穴を空けて貫通している。


――これで終わりだ……。 

 

 そして俺は最後の1匹も撃ち抜くと、クロスライフの端の開いて異次元庫の開く。

 そこから金属製の矢をジャラジャラと取り出して装填し、ようやくクロスライフを降ろす事が出来る。


――さて次だ。


 俺はとっとと仕事に取り掛かろうと、倒れた4人の下へと向かう。

 戦士と武道家の男女と、魔術師とハンターの男女。


「この4人で間違いないなさそうだ」


 4人の首にあるタグ、それがギルドの一員でもある事を示していた。

 けれど4人は目を覚ます素振りがない。

 爪で切れたり、鉱石に叩き付けられたのか、血の海に沈んでいる者もいる。

 俺は一応、4人の脈を計ってみるがやはり4人共死んでいた。


「……だが良かった。だな」


 ハッキリ言えば、死んでいた事はギルドにいた時から分かっていた事だ。

 タグに『命の水晶』が埋め込まれていて、破片の持ち主が死ぬと輝きを消える仕組みになっている。

 だが俺が急いでいた理由は遺体の損傷を防ぐ為だ。 


「……早速始めるか」


 俺は気合を入れ直して仕事に取り掛かった。

 まずは異次元庫からポーションを取り出し、それをちょっとずつ傷部分に掛けて再生させる。

 その後に管を使って肺に入らない様に体内に入れ、次は教会から貰った聖水を4人に降り注いでいく。


「これで肉体が腐敗する事はない」


 教会の聖水には女神の加護が宿っている。

 だから降り注げば遺体の腐敗を防いだり、ちょっとした魔物除けにもなるから仕事には欠かせない。

 しかし俺の仕事はこれで終わりじゃない。


「次は棺だ……」


 異次元庫から教会で購入した棺を4つ取り出し、俺は蓋を開けて4人をそれぞれ収めていった。

 その途中、血液を失っている者にはブラッドポーションを血管に刺して輸血し、適量で整えて最後に棺の蓋を閉める。


――手慣れているが、だが俺は医者ではない。


「よし、まずはこれで良い……」


 4つ並んだ棺を見て肩の力を抜きそうになるが、次にこれを運ばねばならない。だから気を抜くのはまだ先だ。

 だが棺の下には車輪が付いているので運ぶのには楽だ。

 俺は棺を鎖で繋いでいき、先頭のを少し長めに伸ばし、それを手に持てば準備を終わらせた。

 

――後は転移魔法で帰って教会に行けば完了だ。


 帰りは転移魔法で教会の前に出れるので、洞窟を逆走する必要が無いのが助かる。

 そう思いながら俺は転移魔法を唱えようとした時だ。 


『ギャオォォォォンッ!!』


 大気を揺るがす程の咆哮が響き渡った。


――来たか。


 どのダンジョンにも言える事だが、ダンジョン内の魔力の影響を受けて変異する個体が必ずいる。

 このダンジョンもその例外ではない。  

 振り向かずとも分かる威圧感。だが振り返えなければ俺が死ぬ。


「来たか、大型変異種……」


 振り返った俺の視界全体に映る大型の魔物――レジェンドファング。

 そいつは、さっき倒した魔物の輝きと大きさを数倍にした姿で、怒りの形相で俺を見下ろして吼えていた。


――言葉通り、この広場が奴の巣だったか。


「……仕事の邪魔をするな」


 この4人にも待っている者達がいる。

 だから俺が送り届けなければならないのだ、それを邪魔するならA級ダンジョンの大型でも容赦はしない。

 何より、大型種は特殊な魔力波を流す。だから転移魔法が乱れ、近くにいる限り洞窟の外に転移ができない。


――邪魔者の排除。それもだ。


 俺は仕事を遂行する為に構え、レジェンドファングと対峙する。


――だが別に俺は魔物狩りではない。


 ただ仕事の都合上、出会ったら避けては通れないだけだ。

 それは相手も理解しているのだろう。低く唸りながら腰を低くし、身構えている。


『ギャオォォォォン!』


 そして向こうが飛び掛かってきた瞬間、俺は異次元庫から一つの瓶を取り出す。

 中身はを放つ濁った液体だが、俺はそれをレジェンドファングに瓶ごと投げた。

 

『ギャオォォン!?』


 それは見事に奴の顔に命中し、割れた瓶から漏れた液体を被ると苦しむ様に暴れ始める。

 当然だろう、それを浴びた奴の顔は溶ける様に気化し、煙を出しながら今も尚、溶かしているのだから。


――ここの鉱石には、もう一つ特徴がある。


 それはを掛けると、特殊な反応をして溶けるという事。

 そしてその液体こそ、俺が今投げた瓶の中身だ。


「……尿、補充しなければ」


 これが一番良く効く。

 鉱石を餌にしている奴も例外ではなく長年の試したりしたが、意外な発見は必ずある。


――だが別に俺は学者ではない。


 知識があれば効率よく、そして安全に仕事が出来るから学び、試しているだけだ。


『グルルルル……!』


 しかし懲りないものだ。

 顔が火傷した様に歪んでいるが、それでも俺への敵意を緩めていない様だ。

 顔を俺へ向け、未だに唸り声をあげて隙を伺っている。


「……逃げずに仕事の邪魔をするお前が悪い」


 俺の仕事は別に、絶対に魔物を倒さなければならない訳じゃない。  

 このレジェンドファングが、そのまま逃げても追う事はしないが、襲ってくるなら話は別だ。


「来い……!」


 クロスライフの持ち手を左腕で掴んだ俺は、奴を迎え撃つように腰を低くして構える。

 それを見て向こうも正面から挑むらしく、そのまま俺目掛けて突撃して来て、俺はタイミングを見計らってクロスライフをレジェンドファングの鼻に叩き込む。


『ギャッ!?』


 叩き込んだ瞬間、奴の脆くなった顔が砕けて大きく怯んだ。

 その隙を狙い、俺は発射口に時空魔法を込めて奴の顔へ次々に撃ち込む。


『――!』


 空間魔法により皮膚で防ぐ事も、巨体で威力を落とす事も出来ずに穴が増えていくレジェンドファングだが、生命力の高さは本物だ。 

 穴から出血しながらも俺を殺そうと突っ込んで来ると、俺は飛び上がってクロスライフの渾身の一撃を奴の顔に叩き込んだ。


『!』

 

 その瞬間、周囲の張りつめた空気が消え、同時にレジェンドファングも絶命し、その巨大な身体が崩れ落ちる。

 だが俺はレジェンドファングの死により、周囲の魔力が安定した事を肌で感じ取れていた。


「……よし、行くか」


 クロスライフを背負った俺は棺に結んだ鎖を掴むと、今度こそ転移魔法を発動して棺を引っ張りながら入口へと入る。


――目的地は街の教会だ。


♦♦♦♦


 転移魔法から出て来た俺は教会の中に現れた。

 すると俺が棺を引きながら現れた事で、周囲は息を呑んだような緊張感に包まれ始める。


「帰ってきたぞ……!」


「だが棺が4つとは……」


「む、娘はどうなんだ!? どうなるんだ!?」


 ギルドや街の者、おしてこの4人の両親も駆け付けた様だ。

 最初は教会の真ん中を進む姿に困惑した様子だが、周囲は教会や神父達の静める様な気によって落ち着きを取り戻し、やがて俺の耳には自分の足音と鎖の音しか聞こえなくなる。

 

 また一歩、また一歩と進む俺はやがて、教壇の前に立つ正装に身を包んだ神父様の前で足を止めた。

 そして4つの棺の蓋を開くと、その中身を見て周囲からは悲しみの声が漏れる。


――確かにまだ若いしな。 


 この4人はまだ若い。少年少女とも呼べるほどに。

 だからこそ、今からが重要になる。


「神父様……後はお願い致します」


「えぇ……お任せください」


 もう何度もやり取りして来た俺からの言葉に、神父様は優しい表情で頷くと、俺もその場から下がって様子を見守る。


「……では始めましょう」


 神父様の声が教会に響いた直後、シスターの引くパイプオルガンが盛大な音を鳴らす。


「この世を見守りし大いなる女神よ……今ここに、運命を捻じ曲げられし4人の若者。――コロル・ホットサンド、ミレイ・アルトール、レッグ・マッドス、リアラ・カルトスの魂をここに呼び戻し下さい……」


 パイプオルガンが演奏される中、神父様がそう唱えると棺の中の4人の肉体が輝き始め、やがて全身を包み込んだ。

 そして神父様の言葉、シスターの演奏が終わると同時に光は収まり、そして――


「あれ……?」


「ん? ちょっと、ここって教会?」


「僕達は洞窟にいたんじゃ?」


「……うぅ~なんか長く眠ってた気がするよ~」


 棺の中にいた死んでいた4人が

 それを見て一斉に4人に駆け寄る家族とギルドの者達。


――これがこの世界のルール。


 この世界は女神『ライフ』によって見守られており、病気や寿命じゃない不遇な死をした者は教会で蘇らせることが出来る。

 無論、遺体が破損していれば色々と面倒だが、それでも対処は出来る。


――そして、これがだ。そう俺は――


「ご苦労様! 今日も活躍ねアーロン?」


 感傷に浸っていた俺の背後から声を掛けて来たのは、アイテム屋のマキだった。

 そんな彼女からの労いの言葉を受けた俺は、静かに頷いて返す。


「それが俺の仕事だ……それにもう一仕事ある」


 そう、まだ仕事は終わっていない。

 この仕事はアフターケアも肝心であり、俺は4人の無事を確認して神父様とシスターの一礼してから皆に背を向けて歩き始めた。


「気を付けていってらっしゃい」


「……あぁ」


 マキの言葉に応え、教会から出ようとする俺だが、その時に周囲からの話し声が聞こえた。

 どうやら若い冒険者が俺の事が気になっている様だ。


「凄いですね……あの人は何者なんですか?」


「ギルドどころか、世界でも伝説の人さ……この世の全てのダンジョンを知り尽くしたダンジョンマスターで、全ての魔物も討ち倒してきた最強の英雄だ」


「聞いたことないか、こんな詩を?――棺を担いで彼は来る、棺を引く為にやって来る、女神に愛されし棺引き、棺を背負いし英雄は――って感じのやつ」


「……フッ、英雄に詩か」


 俺はその話を聞いて思わず笑いそうになる。

 別に全てのダンジョンを行ったのは否定しない、あらゆる魔物を倒してきたのも否定はしない。

 必要だから行っていた内に、常人離れした強さを持ったのも否定しない。


――だが俺はダンジョンマスターでも、ましてや英雄でもない。


 ただダンジョンに忘れられようとしている魂を連れ戻しに行っているだけだ。


「さて……もう一仕事だ」


 俺は転移魔法を唱え、再び転移する。

 場所は勿論、行ったばかりの『神獣の巣』だ。


♦♦♦♦


 教会に送り届けたからといって俺の仕事は終わりじゃない。

 俺は洞窟の入口に脇に立ち、そこに木工ギルドで購入した看板を打ち立て、そして文字を記入した。


『金以下、絶対に立ち入り禁止。―アーロン・リタンマン―』


 そう書いた看板を設置した俺は次に洞窟内へと入って行き、入口近くにも看板を設置する。


『ここの鉱石は奥に進むごとに回収しやすくなるが、奥には強靭な魔物が生息。金以下は絶対の絶対に立ち入り禁止』 


「後は『溶け込み樹の蔓』を巻けば……よし大丈夫だ」


 周囲に溶け込む性質を持つ木の蔓を看板に巻けば、ダンジョンの魔物も異物とは気付かず、早々看板は破壊されなくなる。


――これが俺の仕事のアフターケア。


 ダンジョンに注意書きをしなければ、また同じ様に来る連中が現れる。

 その時の為に備え、俺はダンジョンのアフターケアをする。

 無論、壊してしまった梯子も忘れずに再設置しなければ。

 完全に固定してから上から下まで蔓を巻き付けて作業を終えた頃、俺は不意に懐中時計を取り出すと、間もなく日が暮れる時間だ。


「今日はここまで。お疲れ……」


 俺はダンジョンに労いの言葉を掛けると、転移魔法で帰還する。

――だがこの時に俺は、その後に洞窟に入って来た者の存在に気付かなかった。



♦♦♦♦


 翌日、再びダンジョンに訪れ、アフターケアの続きをしていた俺を出迎えてくれたのは無残に殺された男の死体だった。

 かなり損傷は激しいが、どことなく見覚えがある姿。そしてタグに男の名前が記されていた。


「……ショウか」


 昨日の4人を騙した張本人、ショウだった。

 どうやら何を勘違いしたのか、一人でここに入って魔物達に殺されたらしい。

 だが放って置く事もできず、俺はショウの遺体を整えて棺に入れ、もう一度教会へ向かった。


♦♦♦♦


「……駄目なようです」


 俺の連絡を受けて駆け付けたマスターとギルドの者達の前で、神父様は無念そうに首を振った。

 そうショウは生き返れなかった。


――これもまた世界のルール。


 女神さまは良く見ている様で、悪しき者は生き返る事が出来ない。

 だからショウは自業自得の死を迎えるが、悲しそうにしてくれたのはマスターだけなのが全てを物語っていた。



♦♦♦♦


――全てを助けられる訳ではない。


 それでも俺はダンジョンに潜り、彼等を連れ戻してくる。

 長年行っていると、外見だけで悪党かも見分けがつく様になり、生き返る者と生き返れない者も分かる様になっていた。


――だが俺は鑑定士ではない。


 ダンジョンで力尽き、そんな者達を連れ戻して教会まで連れ帰り、最後はダンジョンのアフターケアをする。

 それが全てのダンジョンを知り尽くし、色んな魔物と戦って来たことで常人よりも強い以外、ただの人間である俺の仕事だ。


――そして今日も俺の下へ依頼が舞い込んでくる。


「大変ですアーロンさん!? 国王陛下がいらっしゃっております!?」


「おおぉアーロンよ!? 勇者が! 勇者達の命の水晶の光が消えてしまったのだ!!」


 どうやら勇者は本当にいたらしい。

 だが勇者も人間らしく、油断してしまったのだろうが勇者が行って命を落とした以上、並みのダンジョンではない。


――けれど相手も場所も関係ない。


 何処へだろうが向かい、連れて帰る。それが俺の仕事だ。

 騎士でも兵士でも英雄でもない。

 魔術師でも聖職者でも大工でもない。

 

――そんな俺の仕事は『救出屋』

 

「頼むぞアーロン! 棺の英雄よ!?」


――棺の英雄。自身で否定しても、そう俺を呼ぶ者が増えた。


 けれど肩書きも二つ名も俺には関係ない。

 だから俺は今日も棺盾クロスライフを背負い、依頼人へ問いかける。


「――どこのダンジョンだ?」

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