第50話 木村は売り場にいます

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「今回のこのイベントはなにがなんでも絶対に、絶対に成功させたいんです。でもこのイベントを成功させるには、多くのお客様が会場に足を運んでいただかないことににはどうにもならないんです。」

 いつになく熱くオサムが声を張り上げていた。

「そりゃ、私だってそう思いますけど、確か人気があったメンバーがグループから卒業してしまって、握手会とかも人があまり集まらなかったそうじゃないですか。私もネットのニュースでみましたよ。」

 西川が難しい顔をしながら言っていた。

「なんか悲惨だったみたいじゃないですか、メンバーも体調不良者いっぱい出ちゃって、握手会自体が即中止になっちゃたみたいですよね。」

 榊も西川に合わせる感じで言っていると、その言葉を聞いてオサムは少し震えながら力強く言い切った。

「確かに握手会の件はそうだったかもしれませんけど、それはメンバーの卒業で、そのメンバーを推していた向日葵16のファンが離れてしまったからですよ。今回このイベントをきっかけにグループも新しくスタートを切ろうとしているんですから、新しいファンを呼べばいいんですよ。」

 それでも西川はオサムの言ったことを理解できずに首をかしげていた。

「新しいファンって言ってもねえ、そう簡単に新しくファンになってくれる人なんていないんじゃないですか? でももしその新しいファンを呼ぶとすればどうやって? 何かいい考えとかあるんですか?」

 またも後ろ向きな発言をして聞いてきていたが、オサムはひるむむことなく力強く言い放った。

「私たちで集めればいいんですよ!」

「私達でですか? ど、どうやって?」

 西川は驚きながらさらに怪訝そうな顔をして聞いていた。

「だってこの店には1日に何百人、何千人・・・、何千人はちょっとオーバーですが、とにかく多くのお客様が来店して下さってるんですから、店頭で・売り場で・レジでこれを配って向日葵16を知っていただいて、興味を持っていただいて、ぜひ当日会場に足を運んでいただけるよう、やれることは全部やりたいんです。」

 オサムは手に持った紙を西川の顔の前に突き付けていた。

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「と言うことなんです。あれからパートさんたちも全員協力してくれて、レジでお客様にチラシ配ってくれたり、手作りで応援グッズの工作してくれたりしてくれたんですよ。まあ、私も店頭のチラシ配り参加させてもらいましたけどね。ははは。」

 西川は自分も参加したことのアピールもしっかり盛り込んで笑いながら話すと、それを聞いて大森は、目を赤くしながら西川の手を力強く握ってきた。

「本当にありがとうございました。感謝しかありません。」

 

「あっ、でも今の感謝の言葉は木村に言ってください。彼のあの熱い言葉がなければ、誰も動こうとしなかったと思いますよ。みんな彼の言葉で協力しようと思ったんですよ。」

 西川は何か自慢気と言うか部下を誇らしく感じながら話すと、大森はキョロキョロとまわりを見て尋ねた。

「木村さんはどこにいるんですか?」

「木村は売り場にいます。売り場で通常業務をしています。」

 お店の方を振り返って西川は答えていた。



「凄いですよ、志桜里さん、志桜里さん!」

 慌てながら真理と玲が大きな声を出してみんなの元へ戻って来た。

「今度は何? どうしたの? いったい何がすごいの?」

 志桜里は呆れたような顔をして聞いていると、真理は志桜里の手を掴み無理矢理強く引っ張て行った。

「いいから、いいから見てくださいよ。」

「ほら、みんなも来て、みんなも見て!」

 真理が他のメンバーにも向かって大きな声を掛けていた。すると声を掛けられたメンバー達も、真理の声に反応して様々な感情で少し不安そうな顔や興味津々な顔を浮かべて声を上げていた。

「どうしたの?」

「何があったの?」

「何々?」

 

「いいから、いいから、みんなも見て!」

 真理はそんなことお構いなく続けてさらに大きな声を出していた。

 志桜里も、ルミも、その他のメンバー全員が、各々が会場の見える場所から恐る恐る顔を出すと、そこには大森が目にしたものと同じ景色が会場いっぱいに広がっていた。

「これは・・・。」

「えっ・・・。」

「マジ・・・?」

 メンバー全員が目の前に広がったその光景を見て、驚きの言葉以外の言葉を発せずに動けなくなっていた。

「みんな!」

 志桜里は後ずさりしていきなり大きな声で驚き固まっていたメンバーに声を掛けた。すると会場を覗き込んでいたメンバーは全員顔を引っ込めて志桜里の方を振り向くと、志桜里自身も驚きで体を震わせてしまっていたが、それを隠すようにリーダーらしく落ち着いた素振りをして、メンバー全員に、そして自分自身に言い聞かせるように言葉を掛けていた。

「みんな、何回も言ってるけど、今日の絶対ライブは絶対にいいものにしなくちゃ。絶対に!」

 そして横にいたルミの方に顔を向け、色々な意味を込めて聞いていた。

「ルミ! この状況わかってるね。」

「わかってます。ここに来ていただいた皆さん、このイベントのために力を尽くしていただいた皆さんのために、絶対にいいライブにします。」

 ルミも体を震わせながらも自分を奮い立たせるように力強く答えていた。

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