第32話 二度目のお誘い

「今日のライブ最高でした。みんなお疲れ様。」

 少し赤い目をした大森がお決まりの挨拶をして、志桜里の締めの言葉で終わりかと思いきや、何か張り詰めた感じの控室の空気を和ませようと、少しおどけた感じで沙由と美里愛を迎えた。

「今日は沙由と美里愛に最後の挨拶をしてもらおうかな。さあ、おふたりこっちに来て何かひと言、いや、ひと言じゃなくてもいいよ、最後だからいっぱいしゃべってもいいよ。」

 実際メンバーの中にはまだ泣きじゃくってしまっている者もいて、控室はいつものライブ後とは全く違った雰囲気になっていた。沙由と美里愛はふたり揃って前に出てくると、沙由から挨拶をし始め、それをメンバーの一番後ろで何か複雑な気持ちになってルミは聞いていたのだが、すぐ後ろに誰かの気配を感じ、振り返ると志桜里がルミのすぐ横に並んできてふたりの話を聞いていた。


「本当にありがとうございました。」

「ありがとう。」

 沙由と美里愛は深々と頭を下げ、最後の挨拶を終えようとすると、大森から大きな花束を受け取っていた。

「大森さん、本当に今までありがとうございました。」

 ふたりは大粒の涙を流しながら言うと大森も再び目を赤くしていたが、それを悟られないように、言葉を出さずに右手だけ挙げてこたえた後、しばらくふたりに背を向けるようにしていた。その様子をルミの横で見ていた志桜里は、わざと大げさに大きな声で告知していた。

「それでは、今日はこの会場でふたりのお疲れ会兼ライブの打ち上げで、簡単なケータリング用意してもらってますから、着替え終わった人から行っちゃってください。」

「はい。」

 メンバーたちは大きな返事をして着替える為移動を開始すると、同じようにルミも着替えをしようと自分の荷物の場所へ向かおうとした。

「ルミ、打ち上げの後少し時間ある?」

 志桜里が急にルミの腕をつかんで聞いてきた。

(えっ! 何だろう? 何かあるのかな? もしかしてこれってこの前のふたつ目の話なのかな?)

「あまり時間は取らせないから。ちょっと付き合ってくれない?」

 ルミは追いつめられるように言われ、少し不安な気持ちになっていたが、断れる理由も思いつかず、大きくうなずいて返事をしていた。

「はい。大丈夫です。」

 



「お疲れ様でした。」

「お疲れ様。」

 声を掛け合ってメンバー達は次々とライブ会場を後にしていった。

 沙由と美里愛はふたりで大森に最後の挨拶をしていた。そこには志桜里もいっしょにいて、4人はしばらく立ち話をしていたが、大森が先にその場を離れて行くと、残った3人は何やら楽しそうに会話をした後、最後は少し真剣な顔で話していた。

「じゃあ、志桜里。」

「うん、沙由、美里愛、また・・・。」

 3人は挨拶を交わすと志桜里だけがひとり、沙由、美里愛とは別の方向へ向かって歩いて行った。



 ルミは会場を出るとさっき志桜里に言われた通りに近くの駐車場に来ていた。

(何の話があるんだろう?)

「プッ、プッ」

 ルミは不安を抱きながらしばらくそこにいると、1台の車のクラクションが鳴りルミから少し離れた場所に停車し車の窓が開き志桜里が顔を出してきた。

「ルミ、お待たせ。こっち、こっち。」

 志桜里が手招きしていたのが見え、ルミは駆け足で車に向かい、開いたドアから乗り込んでいくと、車の中には志桜里がひとり後部座席に座っていて、運転席に声を掛けていた。

「大森さんすいません運転手代わりに使っちゃって。」

 ルミは大森の存在に気づいて少し驚いていた。

(そうだった、昔からのメンバーさんはよく大森さんの運転で、色々な地方に行ってそこでライブとかしてたんだっけ、それで今でも私達にはわからない、固い絆みたいなものがあるんだな。)

「何言ってんだよ。いつものことだろ。あらたまってそんなこと言うなよ。」

 大森は笑って言った後、ルミの方を見て声を掛けていた。

「ルミ、お疲れ様。今日のパフォーマンスよかったぞ。」

 


「大森さんありがとうございました。」

 志桜里車を降りて大森に向かってお礼を言っていた。

「おう、じゃあまた。ルミもな。」

 ルミも大森に向かって会釈すると大森は手を上げて、すぐに車を出して行ってしまった。

「ルミ、こっちだよ。」

 志桜里は目の前のマンションの玄関に入り、オートロックを解除しようとしていた。

「ここって?」

 ルミは少し戸惑ったように聞くと、志桜里は目の前のドアを開け、ルミの背後に回り背中を押しながらエレベーターの前まで行き、横に並ぶとエレベーターのボタンを押して答えた。

「私の家だよ。」

 志桜里はエレベーターの到着を待ちながら、ルミの顔を見て笑顔で言っていた。

「ここなら誰も来ないからね。」

 その言葉を聞いてルミは不安気な顔をしながら何か怯えるような眼をして志桜里を見ていた。しばらくするとエレベーターが到着して扉が開き、ふたりは無言で乗り込んでいたが、ルミの顔色はエレベーター内の照明のせいでもあるが、何か青白く見えていた。

「ルミ、顔色悪いよ。もしかして緊張してる?」

 志桜里は心配そうにルミに尋ねると、ルミは声を出せずに黙ってうなずいていた。

 「嫌だな、そんなに緊張しないでいいよ。別にこの前みたいに、ダメ出しの様なことは言わないから安心して。」

 志桜里は大げさに笑顔を作って言うと、ようやく行き先階のボタンを押していた。

「そんなこと考えてません。ただ何か志桜里さんの雰囲気がいつもと違うような気がして、それで少し緊張しちゃってるみたいで・・・。」

 ルミは何かを探る様に答えていたが、志桜里は笑顔を崩さずにルミの顔を見ていた。

「ピンポーン!」

 すぐにふたりを乗せたエレベーターは目的の階に到着していた。

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