第31話 ふたつの星
ライブが終わってからも沢田の興奮はおさまっていなかったというか、むしろライブ中より興奮しているようにも見えていた。
「今日のルミちゃんいつにも増して最高でしたね。特にソロのダンスパフォーマンスすごかったですよね。でもあれには驚きましたよね、いきなりでしたもんね!」
沢田は興奮しきった状態でオサムに話していたのだが、対照的にオサムは何故か無反応でいた。
「ちょっと木村さん。聞いてますか? なんかボーッとしてて大丈夫ですか? また何か変ですよ。」
沢田がさらに言うと、ようやくオサムはそう答えていた。
「うん、聞いてるよ。大丈夫だよ。そうだね最高だったね。」
何か力の無い感情も無い言葉で返事をしていたのだが、それはオサムの心の奥にずっと何かが引っかかていたからであろう・・・、いつものライブ後の興奮とは違う何かが・・・。
(なぜだろう? 何なんだろう?)
オサムはそんなことを思いながらも、隣で興奮した沢田の話をその後も黙ったまま静かに聞いていた。
「木村くん! 木村くん! 大変な事になてしまった、俺はどうすればいいんだ!」
しばらくして大きな声を出しながら、オサムのファン仲間のリーダーである岡本がものすごい勢いでオサムの近くにやって来た。
「沙由ちゃんがいなくなっちゃうなんて、俺はもう何も考えられない。俺はどうすればいいだ!」
岡本は泣きだしそうな顔をしながらさらに大きな声で叫んだ。
「美里愛ちゃんがいなくなっちゃうなんて・・・。岡本さーん!」
今度は副リーダーの根本がオサムと岡本に近づいてきて、そのまま泣きつく様にふたりに向かって両手を広げて飛び込んできた。
「おう、根本くん! 君の気持ちは痛いほどわかるぞ。俺だって・・・。」
岡本は力強く根本を抱き留め、ふたりはしばらくお互いを慰め合った後、男同士見つめ合うようにし声を揃えるように言っていた。
「俺たちの星が・・・。」
その様子をオサムのそばで見ていた沢田は、先ほどまでの興奮した話し方とは対照的に冷めた感じで何か他人事(当然他人事なのだが・・・。)のように言っていた。
「そうですよね驚きましたよね。沙由ちゃんと美里愛ちゃんが同時に卒業なんて、これはすごいサプライズでしたよね。ファン歴の浅い俺でも本当にびっくりしちゃいましたね。」
(確かに驚いたよなー。あのふたりが揃って卒業なんて・・・。うん? これか? このことなのか? いや、何かが少し違う。この心に引っかかっている何かは・・・。)
オサムは沢田の言葉に反応することなく無言でいると、沢田はオサムが反応しないことを気にしながらも、続けてオサムに聞いていた。
「でも今後どうなっちゃうんですかね? あのふたりがいなくなると、グループ自体が、ちょっとやばくないですか? 絶対そうですよね。」
その言葉を聞いてもオサムは無言のままでいた。
(グループ自体がやばくなる・・・。ルミちゃんが心配だな。そうだ、そう言えばステージ上でルミちゃん泣いてたよな? 確か沙由ちゃんと美里愛ちゃんが卒業発表する前から・・・。この不安は何なんだろう。)
それが何であるのかオサムはわからずにいた。
(あの時、俺に会いに来てくれた時、絶対ルミちゃんは俺に何かを言いたかったんだと思う。でも俺はそんなルミちゃんに対して何の相談にも乗れず、ルミちゃんに何もしてあげられなかった。)
オサムはこの前のルミがお店に来た時のことを思い出しながら後悔の念に駆られていた。
「木村さん、今度の握手会も行きますよね。」
お気楽な声で再びオサムに沢田が声を掛けてきたものだから、思わずオサムは睨みつけるような眼をして沢田を見てしまった。
「な、なんですか? どうしたんですか? 今日の木村さんちょっとおかしいですよ。まー、いつも変ですけど・・・、もうなんかしらけちゃいますよ!」
沢田はふくれっ面をしてオサムに言い顔を背けていた。
「ごめん、ごめん。今日はなんだかいろんなことがあったから疲れちゃって。それと昨日仕事で遅くなっちゃたもんで、寝不足なもんで・・・、本当にごめんね沢田さん。」
オサムは噓を言って誤魔化した。
「よし、反省会行くぞ!」
先ほどまで悲しみに暮れていた岡本が、立ち直ったのか、開き直ったのかわからないが大きな声を出しそれに続いた。
「行きましょう!」
「よし行くぞ!」
まわりのファン仲間も岡本のその声を聞いて、近くにいた者同士声を掛け合って岡本の周りに集まってきていた。
「よし! 木村くん行こうか!」
「すみません、今日はこれで帰ります。明日も仕事が早いもので。」
岡本はオサムに声を掛けうながしていたが、オサムはそう言って駅へ向かってひとりで歩いて行ってしまった。残された岡本は一瞬驚いた顔をしていたが、その辺は理解があるようで、決して無理強いすることはしなかった。
「じゃあ、木村くんまたな! よし! 行こう!」
岡本は大きな声で言った後、オサムが向かった方向とは逆の方向へ進んで行ったのであった。
「せっかくルミちゃん話で盛り上がろうと思ったのに。なんだよ。」
残された沢田は、不満を吐き出すように言うと、反省会へ向かいながら盛り上がっている、岡本達のグループの輪に向かって足を進めて行った。
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