第30話 最後のライブ

 ライブ会場には当然のごとくオサムがいた。その横にはこの前の握手合いで知り合ったルミ推しなりたてで同士?の沢田の姿もあり、その沢田は座席から腰を上げピョンピョン飛び跳ねるようにしてライブの開演を今か今かと待ちきれない感じでいた。

「今日のライブも楽しみですね。正式にルミちゃん推しになって初めてのライブなんで、なんかいつも以上にドキドキしてきましたよ。」

 沢田はさらに落ち着かない様子で、大いに興奮しているように見えていた。

(初めてのライブ? この前は・・・? なんだよいい加減なこと言って・・・。)

 その様子を見ていたオサムは沢田の言葉に少し引っかかってはいたが、冷静に沢田に向かって言っていた。

「そんなに興奮しないで、席に着いてくださいよ。周りの人から変な目で見られてますよ。恥ずかしいですよ。」

 実際は顔には出していなかったようだがオサム自身も色々な意味で興奮度がMAXになっていたようで、でもそんなことは知らない沢田は、オサムに向かってさらに興奮して言っていた。

「何言ってるんですか木村さん。木村さん何かっこつけてるんですか。周りのことなんてそんなのどうでもいいから、あーどうしよう、もう始まっちゃいますよ!」

「バーン!」

 沢田の興奮が最高潮に達するのとほぼ同時に、爆音が響き渡り、会場は暗転しライブが開始された。



 ルミもライブが始まる前に悩んでいたことなど忘れて、今できる最高のパフォーマンスを端っこではあるが全力で披露していた。

「ルミちゃん最高!」

 沢田が大きな声で叫んでいるが、会場はそれ以上の大歓声で沢田の声は埋もれてしまっていた。それもそのはずで今ステージ中央には2トップの沙由と美里愛が、ふたり揃ってのパフォーマンスを披露していて、声援のほとんどはそのふたりに向けられたものであった。

「ダメだ。ルミちゃんに全然声が届かない。」

 沢田が悔しがっていると、2トップのふたりが左右に分かれ中央から志桜里が登場してきた。今度は志桜里への大歓声が会場から飛ぶ中、ところどころで何かザワザワと、何かを不思議がるような声が聞こえてきていた。ステージの志桜里をよく見るとその横にはルミの姿があったが、なんだか無理やり志桜里に連れてこられた感が態度に出ていて、少し、いや、かなり戸惑っているようにも見えていた。

 志桜里にうながされ踏ん切りがついたのか、そこからルミのダイナミックなダンスパフォーマンスが始まり会場も大いに盛り上がっっていった。最初は、ところどころからしか聞こえていなかったルミへの声援がも、今は会場全体からのものへと変化していた。

「おー。ルミちゃんだ。今センターにいるのルミちゃんですよね? 木村さん見えてますか? 俺、なんか信じられないけど、最高ですね! ルミちゃーん!」

 沢田は驚きながら大興奮して大きな声援をルミに送っていたが、オサムは今見えているその光景が何故か信じられずにいて、お決まりのごとく動けないで固まってしまっていたのであったのだが心の中で思っていた。

(ルミちゃんが、あのルミちゃんが・・・。これは嬉しいことのはずなんだけれど、でもなんだかルミちゃんが急に遠くに行っちゃったみたいだ・・・。)

 オサムはそんな気持ちでルミのパフォーマンスを見守っていると、やがて中央からルミはいつものポジションに戻って行き、再び沙由と美里愛が中央に戻り、客席はいつもの聞きなれた沙由と美里愛への歓声へと戻って行った。その後は大きなサプライズも無く、ライブはセットリスト通りに進んで行っていたが、いつものライブと違っていたのは、沙由と美里愛がいつもより前面に出てきていないことで、他のメンバーのパフォーマンスがいつも以上に印象に残っていたことであった。いよいよラストの曲を迎えた時、沙由がステージの中央まで進んで行った。

「ちょっといいですか!」

「ちょっと待った!」

 すぐに今度は美里愛がそう言いながら、沙由と同じくステージの中央へ向かって行った。そしてふたりが合流すると、志桜里がその後ろについて、ふたりの背中をポンポンと軽くたたいていたが、志桜里の目には涙があふれていた。志桜里はそれを会場のファンに見られない様に後ろを振り向くと、後ろで並んでいた他のメンバーもそのステージ中央の異変に気付いてザワザワし始めて動揺した感じになっていると、その光景を見て会場のファンもステージ上の異変を感じていてた。

「どうしたんですかね? 沙由ちゃんと美里愛ちゃんは? それに志桜里ちゃんなんか変ですよね、どう見ても完全に泣いちゃってますよね。」

 沢田がオサムに言っていたが、オサムも何が起こっているのかわからずただステージを見つめていた。すると大半のメンバーも客席同様に何が起こっているのかわからずに不安な顔をしていいる中、ルミが志桜里と同じく後ろを向いて肩を揺らしているのに気が付いた。

(あれ?ルミちゃんどうしたんだろう? もしかして泣いてる?)

 オサムは心配しながらルミのことを見守っていると、沙由と美里愛が声を揃えて会場に向かって言った。

「私達・・・。」

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