第29話 不安なライブ前

「志桜里、ちょっといいかな。」

 沙由が志桜里に声を掛けていた。すると沙由の少し奥には美里愛の姿もあって、志桜里はそのふたりの姿を見て、ふたりが自分に何の話があるのかをすぐに理解したようだ。

「うん、いいよ。でもここじゃなんだから、場所変えようか。」

 わざと笑顔を作ってふたりに向かって答えていたが、沙由とその奥にいた美里愛の顔には笑顔はなかった。


 ここはライブ当日のメンバー控室で、リハーサルを終えたメンバーのほぼ全員が一同に集まっていて、本番前の時間をあるメンバーはヘッドフォンを耳にして曲の最終チェックをしたり、またあるメンバーは黙々と壁にある大きな鏡に向かい振り付けの確認をしたりして、それぞれのスタイルでその時間を過ごしていた。もちろんその中にはルミの姿も当然あったのだが、いつもなら黙々とダンスの確認をしているルミは今日に限ってはなにもせず椅子におとなしく座って何かを考えていたのであった。

 しばらくすると志桜里がひとりで控室を出て行き、その後またしばらくして沙由が志桜里に続く様に控室を出て行くと、すぐにそのあとを追うように美里愛も控室を後にしていたが、その他のメンバーはその3人の行動を特に気に留める様子もなく、ライブに向けた最終チェックを黙々と続けていた。しかし、椅子に座っていたルミはこの異変に気付いていた。志桜里からあの事を聞かされていた為、3人の行動に敏感になっていたからであろう。

(やばい、3人で出ていちゃった。何話してるんだろう。いや絶対にあの話に決まってる。でも私なんかが考えたって何も出来ないし、私に出来ることは何か無いのかな?)

 ルミはそう思い、何か心にもやもやを残したままようやくライブの準備をし始めていた。


 控室をバラバラに出て行っていた3人は会場にある空いていた会議室で合流していた。

「ここなら誰も来ないから。それにマネージャーさんにも誰も来させないでって念を押しといたから大丈夫だよ。で、どうした?」

 志桜里はふたりが何の話があるのかは、おおよそ察してはいたのであったが、あえてそう言うと、3人はテーブルをはさんで椅子に腰を下ろした。

「志桜里、ごめんね。この前は一方的に勝手なこと言っちゃって。それに沙由も同じことを志桜里にしていたなんて知らなくて・・・。」

 すぐに美里愛が今にも泣きそうな顔をして、志桜里の顔をしっかり見て切り出した。

「本当にごめんなさい。私も自分のことしか考えてなくて・・・。」

 沙由も続いていたが、志桜里は怒るでも泣くでもなくただ優しい顔をしてふたりを見ていた。

「何言ってるの。ふたりとも自分で決めたんでしょ。おめでとうだよ。私のことなんか気にしないでいいんだよ。」

 口ではそう言いながらも、つらい気持ちに変わりはなかった。

「ありがとう。」

 ふたり揃って感謝の言葉をあらためて志桜里に向けると、今まで我慢していた志桜里の目にも涙が浮かび、やがて大粒の涙が流れ落ちた。それを見て沙由も美里愛も我慢の限界が来ていたようで、志桜里の胸に飛び込んで行った。

「ごめんね。」

「ごめんなさい。」

 志桜里は小さい体でふたりをしっかり受け止めていた。

「いいんだよ。気にしないで・・・。」

 3人はしばらくの間、抱き合いながら感情をぶつけ合っていたが、やがて志桜里が顔を上げてふたりの肩を強く握り、涙を流しながらもしっかりした声で言った。

「よし、沙由、美里愛、聞いて!」

 ふたりも大量の涙で化粧も崩れてしまった顔を上げ、志桜里の方に目を向けてた。

「今日のライブは、今までやったどのライブより最高のライブにしよう。ふたりともわかった? そこでしっかり自分の口からファンの皆さんに報告するんだよ。いいね!」

 志桜里はリーダーらしく力強い声でふたりに言葉を掛けると、目を真っ赤にしながら沙由も美里愛も大きくうなずいていた。


「みんな集合して!」

 志桜里の声がメンバーのいる控室に響き渡った。するとメンバー全員が素早く円になって志桜里を中心に集合した。

「さあみんな! 今日のライブ、気合入れていきましょう!」

 志桜里がいつものように、全員の顔を見回してから大きな声を出すと、その後すぐに落ち着きを取り戻し化粧をし直していてはいたが、幾分目をはらした感じの沙由と美里愛が志桜里の両脇に並ぶと沙由がメンバーに声を掛けた。

「みんな今日のライブは私たちに遠慮なんかしないで、ドンドン前に出て行ってね。そして会場にいるファンの皆さんの印象に残る、最高のパフォーマンスを披露してください。」

「そう沙由の言う通り、遠慮はいらないからね。みんなわかった?」

 美里愛が続いた。

 これを聞いていたメンバー全員、いつもは何も言わずに志桜里から離れた場所にいる沙由と美里愛だが、今日に限っては志桜里の両脇で志桜里の声掛けの後にはっぱをかけるような声掛けをしていて為、周りのメンバー達はそんなこと今までに記憶がなく、なんだか少し違和感を覚えていたようだったのだが、大きな声で全員が返事をしていた。

「はい!」

 でもルミだけは、その違和感の正体がなんであるかに気付いてた。

(きっと、これが沙由さん、美里愛さんの最後のライブになるんだ。だからふたりとも私達に言葉を残したんだ。)

 ルミは志桜里の方に目を向けると、志桜里もルミの視線にに気付き、大きくうなずいていた。

(志桜里さんこれからどうすればいいんですか? 向日葵16は・・・、私たちどうなっちゃうんですか?)

 ルミは大きな不安を抱えたままライブは開演時間をむかえていた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る