第28話 そんなこと考えちゃ・・・

 オサムは店に戻りトイレの手洗い場で、ハンカチで拭いただけではぬぐいきれないジュースの残りを水道の水で流していた。そして、どこからか持ってきた大きなタオルで濡れた顔と頭を拭いていた。

(毎回毎回ルミちゃんには驚かされるよな。でも今日のルミちゃんこの前と何か違ったな? 俺に何か言いたそうな感じだったけど、何だったんだろう?)

 オサムは再び顔を水で何度も何度も洗いながら考えていたが、洗面台に置いていたルミのハンカチを見て、顔を赤らめていた。

「ルミちゃんのハンカチ・・・。ダメだ、ダメだ。変なこと考えちゃ・・・。 」

 オサムは再び冷たい水で顔を洗っていた。

 オサムはトイレを出て更衣室の自分のロッカーに予備で置いてあったシャツに着替えると、半渇きの髪のまま首からタオルを掛けて事務所に入って行った。

 すると事務所の奥の机でパソコンに向かい仕事をしていた西川がそのオサムの姿に気づいた。

「ちょっと、ちょっと! いったいどうしたんですか木村さん、髪の毛濡れてますし、そのタオルは? なんかお風呂上りみたいですね。顔も少し赤いし。」

 そのオサムの異様な姿を見て西川が驚いていると、オサムは濡れた髪の毛を触りながら何か照れくさそうに言っていた。

「さっきジュース浴びちゃって・・・。それで・・・。」

 当然あったこと全てを話せるわけも無いので、とりあえずジュースを浴びたという事実だけをを西川に答えて、本当に風呂上がりのように火照ほてって赤くなっていた顔を両手で押さえるようにしていた。西川は唖然とした顔でしばらくオサムのことを見ていたが、急に思い出したかのように尋ねてきた。

「そう言えば先ほどのお客様もう帰られたんですか?」

「はい。もう帰りました。」

 オサムは自分の席に座ってからぶっきらぼうに答えると、西川は自分の席から腰を上げ、オサムの方に近づきすぐそばまできて、唐突にオサムの耳元に小声で聞いてきた。

「木村さん、変なこと聞くけど、さっきのお客様とはどういう関係なんですか? もしかしてお付き合いしてるんですか?」

「違いますよ。店長何言ってるんですか、変なこと言わないで下さい。ル・・・、あ、あのお客様とは全然そういうんじゃないですから。付き合ってるわけないじゃないですか、そもそも何の関係もありませんし、この前言ってたようにちょっと助けたような感じになっただけです。だからそういうの本当にやめてください。」

 オサムは顔を再び真っ赤にし明らかに声を大きくして大分嘘を交えて言っていたが、その顔が異常に赤くなっていたからなのか、西川はオサムが相当怒ってしまったと勘違いしたようだ。

「ごめんなさい、ごめんなさい。」

 両手を前にしてオサムに対して抑えるようなジェスチャーをして詫びていた。それでもすぐに、西川はオサムにとってとんでもないことを言ってきた。

「そうですか・・・。でも彼女は多分木村さんのことが好きなんじゃないですかね。私はそう思うんですけど・・・。」

 オサムは勢いよく立ち上がって今度は本当に怒って西川の方を少し睨みつけるような目で見ていた。

「あっ、余計なことでしたね、ごめんなさい。忘れてください。」

 西川はそう言うと逃げるようにそそくさと事務所から出て行ってしまった。

「もう店長、なんてこと言うんだ。そんなことあるわけないじゃないか。彼女はアイドルの神宮ルミなんだぞ、なんでわからないんだ。いくら幼馴染だって言っても今は彼女はアイドルなんだ。神宮ルミなんだ!」

 オサムは何か自分にも言い聞かせているように大きな独り言を言うと、額から汗なのか、乾ききっていない髪の毛からたれた水なのかわからないものを拭こうと、思わずポケットに手を突っ込んでルミのハンカチを手に取っていたが、そのハンカチをジッと見つめていた。

(そんなこと言われたら俺、本当に俺勘違いしちゃいそうだよ・・・。ダメだ、ダメだ、そんなこと考えちゃ・・・。絶対にダメなんだ!)

 オサムは自分を落ち着かせようとその場で大きく深呼吸して、ルミのハンカチをポケットに戻すと、首にかけてあったタオルで顔を拭い、再び自分の椅子に腰を下ろしていた。

 今日は色々な事がありすぎてオサムは頭の中を整理しきれない状態で、そのまま机のパソコンの画面に目をやっていたのだが、当然すぐに仕事に戻れるはずも無く、オサムはただ何も映っていないパソコンの画面を眺めていたのだった。 



 ルミはスーパーあずまやを出て駅に向かって歩いていたが、何故かその足取りは前回とは違い重い感じに見えていた。

(あぁ、何かすっきりしないなー。私、何しにオサムさんのところに行ったんだろう? 私、何がしたかったんだろう?)

 ルミは自分の行動に疑問を持ってしまっていたようだ。

「でも本当はちょっと話聞いてもらいたかったんだけどなー。ダメダメ! そんなこと言えるわけないか、それにあの話をオサムさんにしても迷惑だよなー。」

 ルミはブツブツつぶやきながら駅へ向かう足を早めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る