第27話 ルミはルミ

「ルミちゃんどうぞ。」

 オサムは自動販売機で買ったジュースを木製のベンチに座っているルミに手渡し、少し距離をとってベンチの端に腰かけた。ふたりは西川に言われたように話をする為誰もいない商品納入所に来ていた。

「ちょっと離れすぎですよ。逆になんか怪しいですよ。」

 ルミはオサムを見て笑いながら言った。

「そうですか? でもこれぐらいの距離が僕には丁度いいんですよ。これ以上ルミちゃんに近づくと、またいつもの様にうまく話せなくなっちゃうから。」

 オサムは手に持っていたか缶ジュースをひと口飲んでだ。

「もう、いい加減私に慣れてくださいよ。そんな風にされると、なんかこっち迄恥ずかしくなっちゃいますよ。子供のころは”ルミ、ルミ”って言ってくれて、いつも一緒に遊んでくれてたじゃないですか。そうそう覚えてますか? よく裏山で鬼ごっことかしましたよね。私いつもオサムさんに必死でついて行こうとしてたんですよ。オサムさん足速かったからついて行くのに必死でしたよ。懐かしいですね・・・。」

 ルミは少し照れながら言っているとそのルミの顔を見て、オサムの顔は誰が見ても分かるくらいに、みるみる赤く紅潮していってしまった。

(覚えてますよ・・・、でもそんな子供のころの話されても・・・。ルミちゃんがあのルミなんて今さら言われても急に変われないよ。今の俺にとってルミちゃんはアイドルのルミちゃんなんだから・・・。)

「ちょっとオサムさん、何赤くなってるんですか。なんか私も本当に恥ずかしくなっちゃいましたよ。」

 ルミも顔を赤らめて、オサムに背を向けるように後ろを向いて座り直してしまった。

「ごめんなさい、ごめんなさい。また怒らせちゃったかのな?」

 慌てたオサムは恐る恐るルミに聞いた。

「きれいな空ですね。」

 急に雲ひとつない青空を見つめながらルミはポツリとつぶやくと、オサムはそのルミの言葉の意味が分からずにおもわず短い声を発してしまっていた。

「えっ?」

 ルミは気にせずに続けた。

「本当に雲ひとつ無い、いいお天気ですよ。」

 なにかのんびりとした感じで空を見上げていた。

(あぁ、何てきれいな空なの、でも私の心の中は今どんよりとした曇が広がってきている。その雲がヒカリを遮ってしまおうとしている。私のヒカリは・・・。)

 ルミは心の中でつぶやき、少し寂しそうな表情を浮かべてオサムの方を振り返えった。

「えーっ、何で? どうしたんですか、そんな顔しないでください。何かあったんですか? もしかして俺がいつまでたってもルミちゃんの事を子供の頃のルミちゃんって思わないから・・・? それとも・・・。」

 オサムは思い当たることが多すぎて困惑しながらも情けない今にも泣きそうな顔をしてしまった。

「ううん、何でもないんです。本当に何でもないんです。でもオサムさんまだそんなこと思ってたんですか。ルミはルミです。あの頃のルミも今のルミも同じ私です。」

 ルミは無理に笑顔を作って答えていたが、オサムはもルミが何かを考えているように思え、再び恐る恐ると泣きそうな顔のまま聞いていた。

「本当に? でもルミちゃんがそう言うなら、それで・・・。そうですよねルミちゃんはルミちゃんですよね・・・。」

 何か歯切れの悪い感じで言葉を口にしていた。

 少しの間ふたりに沈黙の時間が過ぎて行ったが、今度はオサムがその沈黙を嫌った。

「そういえば、ルミちゃん今日はどうしたの? 僕に何か用だったのかな?」

 オサムは勇気を出して聞くと、ルミはいつもの笑顔に戻って答えた。

「いいえ、特に用っていうほどのことはないんですけど、今日はお仕事が早く終わったんで、ただ何となく”オサムさんに会いたいなー”って思っただけです。」

 オサムにとっては天にも昇るような言葉がルミの口から出てきたものだから、オサムはまたまた顔を赤らめて、言葉も出せずクラクラしてしまった。

「オサムさん、オサムさん。ちょっとすぐそういう風に変にならないでください。」

 ルミが少し距離を詰めて、軽くオサムの肩をたたきながらそう言ったものだから、オサムは座っていたベンチから勢いよく飛び上がり、手に持っていたジュースの缶を宙高く放り出してしまった。するとものの見事に落ちてきたジュースの感はオサムの頭に当たり、オサムはジュースを頭から浴びてしまった。これを見てはルミも驚き、軽やかにパッとベンチから立ち上がった。

「大丈夫ですか?」

 ルミはバッグから慌ててハンカチを取り出し、オサムの服についているジュースを拭き取ろうと手を伸ばした。

(えっ・・・!)

「大丈夫です。大丈夫です。自分で拭きますから!」

 オサムは大きな声でルミを制すると、自分のポケットに手を突っ込んで何か拭くものを探すも、ポケットには何も入っておらず、結局ハンカチやハンドタオル的なものは見つけられずに絶望的な顔をしていると、

「ほら、これ使ってください。早く拭かないとシミになっちゃいますよ。」

 ルミは手に持ったハンカチをオサムの方に差し出してきた。

「いやあ、そんなルミちゃんのハンカチなんて、もったいなくて使えませんよ。」

 オサムは首を左右に大げさに振ってと言うと、ルミはすぐに今度は少し強い感じで言った。

「そんなこと言わないで下さい。はい!」

 オサムは恐縮しながらも、ゆっくり手を伸ばしてルミのハンカチを受け取り、服についたジュースの痕を拭き取ろうとして、額からジュースまみれの汗を大量に流していた。

「まったくもう、オサムさんが変な感じにすぐなっちゃうからいけないんですよ。でも本当に大丈夫ですか?」

 ルミはそう言いながらも、少し笑顔になっていたが、オサムは必死にびしょぬれの髪の毛をふきながら思っていた。

(無理でしょ。その顔されたら。まともに見れないよー。話せないよー。驚いちゃうでしょ! )

「あり・・・ありがとうございます。でもそろそろ仕事に戻らないと。」

 オサムは腕時計に目をやりながらもぞもぞ言った。

「ごめんなさい。そうですよね。お仕事中でしたよね。急に押し掛けちゃってごめんなさい。」

 ルミはそう言い、店内へ向かってひとりで足早に進んで行こうとしていた。

「あっ、店の入り口まで送りますよ。」

 ルミに向かってオサムは言ったが、ルミはそれを制するように手を前に出した。

「大丈夫です。ひとりで行けますから。お仕事頑張ってくださいね。それと今度のライブも必ず観に来てくださいね。私頑張りますから! 待ってまーす。」

 ルミは笑顔で去って行ってしまうと、オサムはそのルミの姿をいつまでも目で追っていたが、残されたオサムの手にはルミのハンカチがあった。

「あっ、これ!」

 オサムが気付いたときにはもうルミの姿は見えなくなっていた。




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