第36話 あの子はこの子

「そうですか、では私が決めちゃってもいいですかね。」

「・・・。」

「いいと思います。多分このまま時間かけても、いい案出てこないと思いますし、この中から話し合いで決めると言ってもなかなか決まらないと思うので、時間の無駄だと思います。」

 榊が他人事のように言うと、これを聞いて西川は手元の資料を確認していた。

(なんだよそれ。じゃあお前が発言しろよ。榊さんの案はどれだっけ・・・。えっ! 榊さん提出してないじゃないか・・・。)

 西川は唖然とした表情を見せ榊の方を見ると、全く悪びれた様子も無い顔で榊が西川の方を見ていた。西川の顔は諦めの表情に変わると、その視線の先に榊の横に座っていた、ただ手に資料をもっているだけのオサムの姿が目に入ってきた。

(そう言えば木村さんは・・・。)

 再び西川は資料に目を戻していた。

(おいおい、木村さんもか。まったくうちの正社員は何やってるんだ・・・。)

 西川は落胆の表情を見せた後すぐにオサムと榊の方に再び視線を送っていたが、ふたりは全くその視線には気付いていない様でだった。

(もうしょうがない・・・。)

「まぁ、皆さん一生懸命考えてくれてるとは思うんですけど、このままでは榊さんが言うように時間ばかり食ってしまってらちが明かないと思いますので、私が決めようかと思いますが、でも何かあるなら遠慮しないで言って下さい。」

 西川は少し嫌味な感じの言い回しをして様子をうかがっていたが、それでも誰も反応しないのを見届けて意外な言葉を発した。

「それでは、木村さんの案でいこうと思います。向日葵16をに来てもらうというイベントにしたいと思います。」

 一瞬会議室は静まり返っていた。

「えっ、向日葵16ですか?」

 榊がその西川の意外な言葉で驚きの表情を浮かべて尋ねると、西川はとぼけた感じで笑って答えた。

「えっ、ダメですか?」

「いいえ、ダメじゃないです。いいと思いますけど・・・、でもうちのイベントに来てくれますかね?」

「いいじゃないですか。これはあくまでもイベントの企画案ですから、来てくれるか来てくれないかは、私たちが決めることじゃないですよね。皆さんもそう思いませんか? そうですよね木村さん。」

 オサムは西川の口から向日葵16という言葉が出ただけでも驚いていたのに、西川がいきなりふってきたものだからさらに驚いてしまい、はっきりしない感じで口ごもりながら返事をしていた。

「えっ、はい、そうですけど・・・。」

(そんな来てくれるわけないよ。絶対にスーパーのイベントなんかに来ないよ。それに今はルミちゃんに何か会いずらいし・・・。)

 内心では自分の都合も考えてそう思っていた。

「どうですか皆さん。私はこの企画でで行こうと思うのですが。どうでしょうか?」西川はすかさずオサムをフォローするように言うと、出席していた全員はなんとなくうなずいて賛同している感じを見せていていた。西川はそれを確認すると、早口で強引に締めて会議を終了させようとした。

「はいそれでは今回のイベントは向日葵16で決定します。ではこれで会議は終わりにします。企画詰めないといけないので、木村さんだけ残ってもらえますか。はい、では皆さん売り場に戻って夕方のピークに備えてください。お疲れ様でした。」

 


 会議が終わってそのまま会議室に西川とオサムだけが残っていた。

「木村さん、本当のところどう思いますか、このイベント?」

 ポツリと西川がオサムに聞いていたが、オサムは黙っていた。

「そうですか、あまり乗り気ではないって感じですか? じゃあ少し話題を変えてみましょう・・・。あの子は誰なんですか?」

 いきなり西川が聞いてきた。オサムは一瞬何を聞かれたのかわからずに戸惑っていると、西川はスマホの画面をスライドさせながらオサムに見せて聞いてきた。

「あの子って、この子ですよね。」

 その西川のスマホには、ある記事と数枚の写真があるのが見えた。その記事はこの前の沙由と美里愛のグループからの卒業発表を報じた記事で、数枚あった写真のうちの1枚に”神宮ルミ”の顔がアップで映っていてた。そしてそこにはこう書かれていた。

 ”新しい向日葵16のセンターか?” ”向日葵16の新星・神宮ルミ”

 当然この記事はオサムも見て知っていたのだが、まさか西川が見ていたなんて思ってもいなかったようで、しかも西川がルミの顔を覚えていたなんてオサムにとって全く予想外の事であったよであったようだ。でもこの前の食堂でのルミの画像に対する西川の反応を考えれば、こうなることは仕方がなかったと思われるのだが、何故かそのことをオサムは忘れていたようだった。

「別にこの子に頼んで、イベントの開催を無理やりお願いするとか思ってるわけじゃないんですよ。ただ言ってくれればいいのにと思っただけですよ。そうすれば今回の会議も、もっとスムース進行したと思うんで。あぁ、でもそんなこと言ったらみんな驚いちゃって、余計会議が進行しなかったかもしれませんね。特に榊さんとか。」

 少し冗談も交えて西川が言うと、オサムはその顔を見て西川の言葉に深い意味はなく、単純にそう思っていただけのように感じ少し安心したようだ。

「すみませんでした。でも別に隠していたわけじゃないんですけど。なんか言うタイミングを逸してしまって、店長にも言えなくなっちゃたって感じですかね。」

 オサムはボソボソ小さい声で言っていた。

 オサムは何故かこの前のライブが終わった後と同じ気持ちで、さっき西川が見せてきた記事を複雑な気持ちで見ていたのだが、それはどちらもルミが遠い存在になって行くのを感じてしまうような内容のものだったからのようだ。でもこういったことはルミにとっては大きなチャンスと思え、ファンとしては当然頑張ってほしいという気持ちがないわけでもなく、というより本来は喜んで応援しなくてはいけない事なのだが、オサムはやはり何か複雑でモヤモヤした気持ちでいたのであった。

「では企画詰めて、すぐに送っちゃいましょう。でも作るからには、向日葵16に来てもらえるような企画にしないといけませんね。」

 西川がそう言うと、オサムは色々なことを吹っ切るように、から元気を出して答えていた。

「そうですね。そうですよね・・・。どうせならいい企画にしましょう。」

 

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