第18話 恋人同士?

「木村さんは毎回握手会で私のところに来てくれてますよね。それだけでも顔を覚えるには充分なんですけど、いつも部の一番最初にきてくれるし、毎回ブース内の態度がすごく印象に残ってて・・・。私のところに来てくれる人なんて、そんなにいないですから自然に顔覚えちゃいました。でもこの人、”絶対前に会ったことあるな”ってずっと思ってたんですよ。それでこの前あんなことがあって社員証の名前見てびっくりしちゃいましたよ。私お兄ちゃんのことはずっと気になってたから・・・。」

 ルミは少しはにかみながら言っていた。

「はいこれ、この前返しそびれちゃったんで。」

 ルミの手にはオサムの社員証がありそれをオサムに手渡してきた。

「あ、あ、ありがとうございます。」

 オサムはルミの言ったこと全てに驚きそれしか言えずに、それでもなんとかゆっくり手を伸ばして、社員証を受け取とると大事そうにバッグにしまい込んだ。

「良かったです、ちゃんと返せて。」

 ルミはそれを見届けて、一気に話したからなのか緊張していた為なのかのどが渇いていたようで、目の前に置かれていたジュースを手に取り、おいしそうにストローで一気に飲んでいると、オサムはその口元にみとれて自然と顔がにやけてしまっていた。

「やっと笑ってくれましたね。」

 ルミはそのオサムの顔を見て勘違いし、より一層の笑顔を浮かべていた。


 ルミから色々な事を言われて頭の中がぐちゃぐちゃになっていたオサムも、少し時間が経つと落ち着き緊張が少しずつほぐれてきたようで、ルミの顔を見て話をするといった普通のことががようやく出来るようになっていた。

(ルミちゃんとふたりでファミレスにいられるなんてなんて、俺は何て幸せなヤツなんだ。でもルミちゃんがあのルミだって今さら言われても・・・。)

 等とかようやく考える余裕も出てきていたようだ。 

(えっ ふたりでいる。もしかして、これってやばいんじゃないか? 誰かに見られたら大騒ぎになっちゃうんじゃない? 気付いてそうなヤツは・・・。)

 急にオサムは店内をキョロキョロと数回見まわした後、海に向かって慌てた声で言ってきた。

「ルミちゃん、まずいよ! 俺なんかとこんなところにいるの、誰かに見られたら大変だよ。すぐに帰りましょう。」

「大丈夫ですよ。私のことなんかどうせ誰も気付かないですよ。ここに来る時だって、会場近くの駅前に向日葵のファンの方結構いたんですよ。でも、そこを通っても誰も私に気付かなかったし、普通に電車にも乗ってきましたけど、誰からも声とか掛けられなかったですよ。それに木村さんだって私のこと思い出さなかったし・・・。私おかわりしてきますね。」

 ルミは冷静にオサムを落ち着かせようと言っていたのだが、ルミの顔には少し寂し気な表情が浮かんでいて、その表情をオサムに見られない様に、ドリンクのお代わりをするため席を立って行ってしまった。

 

(それは違うでしょ。でも嘘だろ? 本当に? 本当に誰も気づいてないの?)

 オサムはルミの寂しげな表情には気付いてたようで、ルミのことが色々な意味で心配になってしまっていたが、とりあえず警戒心を緩めずにというより今まで以上に警戒心を強めて、より大きな動きで再びキョロキョロと店内を見回していると、そこにルミが戻ってきて、そのオサムの行動に驚いていた。

「ちょっと何してるんですか? そんな風にしてたら余計目立っちゃいますよ。普通にしてください。普通に!」

 さすがに少し慌てるように言うと、席に着くなりテーブルに伏すように身を低くして、オサムにも手で”かがんで!”とジェスチャーすると、オサムもそれに気づいて身をかがめていた。その後ルミはオサムに向かって手招きをし、自分もオサムに向かって身を乗り出していった。

(ちかっ! 近すぎる・・・。)

 オサムの顔は一気に赤くなっていった。

「大丈夫だから、普通にしてください。」

 ルミは小声で言うと、オサムはクラクラしながらなんとか姿勢を元に戻すと深呼吸をして落ち着きを取り戻そうとしていた。

「普通にしていればどこにでもいる、ただの恋人同士にしか見えませんから。」

(こ、こ、こ、恋人同士・・・。)

 その言葉にいち度は普通の顔色に戻りかけていたオサムの顔は、人の顔ってこんなに赤くなるのかというぐらいに一気に真っ赤になっていったのだが、ルミは他の客席に目をやっていた為、オサムの顔色は見えていなかった。でも急にルミは何かもじもじした感じになってオサムに顔を向けると、オサムの顔色に気付いて驚き口に両手を当ててしまった。

「えっ、大丈夫ですか? どうしたんですか、顔が赤、いや尋常じゃない位真っ赤ですよ。」

「大丈夫、大丈夫! なんか急に熱くなっちゃって!」

 オサムは大げさに暑がって誤魔化した。

「木村さん、お願いがあるんですけどいいですか?」

 再びルミはもじもじしだして、聞いてきたので、オサムは顔を赤くしたまま冷静を装おうとしていたのだが、どうも今ルミが言ったことがよく耳に入ってきていなかったようだがとりあえず返事をした。

「はい。」

 するとルミはオサムの方に再び身を乗り出してきた。

「木村さんって呼ぶのちょっとかたすぎる気がして、でもさすがにお兄ちゃんとは呼べないからいから・・・、オサムさんって呼んでもいいですか?」

(オサム? オサム? 今ルミちゃんオサムって言った?)

「ダメです。ダメです。絶対にダメです! そんな風に俺の事を呼んじゃ絶対にダメ、勘違いしちゃうじゃないですか。」

 オサムはかなり焦った感じで珍しく少し語気を強めて言っていた。

「そんなのずるいです。だって木村さんだって私のこと”ルミちゃん”って呼んでくれてるじゃないですか。だから私だっていいでしょ。」

 ルミも負けずに何か強引な理由をつけて反論してきたが、ルミはアイドルでオサムは一般人のただのファンなのだから、そう呼ぶのは当たり前な気がするのであるが・・・。

「もしダメって言うなら、木村さんも私のこと”神宮”って呼んでくださいね。握手会とか来てくれても”神宮”って呼んでくださいね。」

 ルミはさらにかなり無茶苦茶なことを言ってきていた。


(そんな”神宮”なんて呼べないよ。そんな呼び方変だよな? 神宮って野球場じゃあるまいし。)

「”神宮”って呼ぶのは勘弁してください。誰もそんな風に呼んでないし、他のメンバーだってそうでしょ。今まで通りルミちゃんって呼ばせてください。」

 何故だかオサムがお願いするはめになってしまっていた。

「いいですよ。じゃあ私のお願いも聞いて下さいね。」

 形勢逆転となり、ルミは笑顔で押し切っていた。

「はい。」

 オサムはもう受け入れるしかないと思い、堪忍してひと言だけ言いうなだれていた。

「やったー! ありがとうございます。”オ・サ・ム・さ・ん”。」

 ルミはオサムさんという言葉にかなりアクセントをつけて言うとニコニコ笑っていた。

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