第19話 沙由と美里愛

 オサムとルミがファミリーレストランで楽しそうに?会っていた日から、数日がたっていた。そんなある日のレッスン終わりの控え室で、リーダーの志桜里がルミに声を掛けていた。

「ルミ、今日でいいんだよね? 都合悪くなったりしてない?」

(今日は予定も空けておいたし、憧れの志桜里さんからのお誘い・・・、でもちょっと緊張しちゃうな・・・。)

「は、はい、もちろん大丈夫です。」

 ルミはすこし声を上ずらせながらもはっきりと答えていた。実はこの前の誘いをオサムと会うために断ってしまっていたルミは、オサムと別れてからからずっと志桜里に申し訳ないことをしてしまったなと思っていて、先日すぐにルミの方から志桜里に声を掛けていた。

「わかった、じゃあ、私はもう少しスタッフさんと打ち合わせがあるんで、それまでどこかで時間つぶしててもらってもいいかな。そんなに時間はかからないと思うんで。」

 志桜里は忙しそうにルミに向かって言うと、ルミは笑顔で答えていた。

「わかりました。私ももう少しここで色々整理してから、どこかで時間つぶしてます。終わったら連絡いただけますか?」

「OK、じゃあ後でね。」

 志桜里も笑顔を見せると、すぐに待たせていた数人のスタッフと合流して打ち合わせに向かって行った。志桜里が出て行ってからも、まだ控室にはほとんどのメンバーが残っていた。何故かというと、まだ藤井沙由ふじいさゆ幕張美里愛まくはりみりあが控室にいて、結構長い時間ふたりだけで話していたからであった。

「了解、沙由。」

「美里愛、じゃあよろしくね。」

 ふたりの会話がようやく終わると、先に沙由が控室を出て行き、その後を数人のお供が後を追うように追いかけて行った。そのあと間もなく美里愛もお供を連れて出て行ってしまい、あっという間に控室にはルミひとりが残されていた。

「あぁ、沙由さんも美里愛さんもかっこいいなー。私もいつかはあんな風になれるのかな。でも頑張ればきっと私だって、ふたりみたいになれ・・・。」

 控室に誰もいなかったので、ルミはついいつもより大きな声でそう言いかけると、ノックも無く突然、控室の扉が開いて大森が入ってきた。 

「あれ、誰もいないんだ。なんだ、みんなもう帰っちゃたんだ。」

 大森は控え室の中を見回しながら言っていた。

(大森さんノックぐらいしてくださいよ。着替えとかしてたらどうするんですか。あと私はいますけど・・・。)

 ルミは少し頬を膨らませて大森を見ていた。

「おお、ルミお疲れ。」

 大森はそう言いながらルミに近づいてきて、再び控室内を見回して何かを確認してうなずくと、ルミの顔を見ながら何か笑っているように見えた。

(あれ? さっきの聞かれちゃったかな・・・? なんか恥ずかしい・・・。)

 ルミは幾分顔を赤らめていると、

「ルミ気を付けて帰れよ。じゃあまた。」

 大森は、それだけ言って出て行きかけたのだが、急に振り返って、ルミに向かって親指を立ててみせた。

「いいねー。そういう気持ちは大事だな! ルミこれからのグループを頼んだぞ!」そう言うと今度は本当に出て行ってしまった。

「えー! 絶対聞かれた。恥ずかしい・・・。」

 ルミは顔を赤らめていたが、この時のルミはただ大森に聞かれたという恥ずかしさばかりを感じていて、大森の言った言葉の意味が何なのかを理解していなかった。



「沙由!こっちだよ。こっち、遅いよ! もう何やってたの!」

 美里愛が大きな声で叫んでいた。

「ごめん、ごめん。あの娘たちと別れるのに手間取っちゃって、本当にごめん。」

「もう沙由は優しすぎるんだよ。」

 沙由が美里愛の元へ急いで駆け寄ると、美里愛は両手を腰にしてほっぺたを膨らませていた。

「そんなこと言ったって、あんまりじゃけんにはできないでしょ。みんな可愛い後輩なんだから。美里愛はどうやって言ってきたの?」

 沙由は首をかしげながら尋ねるた。

「そんなの簡単だよ。『今日は用があるんでこれで解散。』ってそれだけだよ。」

 美里愛は勝ち誇ったような言い方で答えていると、それを聞いた沙由は少し唖然とした顔をして美里愛のことを見ていた。

「はい、はい、あなたがうらやましいですよ。いい性格してますねえ!」

 ふたりは顔を近づけて道の真ん中で笑い合っていた。


 藤井沙由と幕張美里愛はグループ結成時からのオリジナルメンバーで、まったく無名の時代から桜志桜里とともに苦楽を共にしてきた仲であった。3人は同い年ということもあって実はとても仲が良かったのであったが、グループの中ではリーダーと2トップといった立場の為、特に沙由と美里愛はライバル同士だとか、仲が悪いとかまわりからは思われていたのだが、それはあくまでもまわりの人間が勝手にイメージしているふたりの関係であった。ただ、ふたりもグループ内のバランスと緊張感を程よく保つ為に、多少はそうであるかのように演じている部分もあったようだった。

「沙由、今日はうちに来る。」

「いいよ。じゃあコンビニで何か買っていこうか。」

「OK。」

 仕事を離れるとふたりは、こんな感じで楽しそうに会話をしていたのだが、グループ内では何かと近寄りがたい大先輩のように思われていたようで、だが実際は23歳のどこにでもいるとは言えないが、中身は普通の女の子なのであった。

「沙由、今日ちょっと真面目な話があるんだ。聞いてくれるかな?」

 美里愛がコンビニでカゴにお菓子を入れながら言うと、沙由は驚いた感じで答えてた。

「えっ、私もだよ。」

 ふたりとも一瞬表情を引き締め向かうように見つめ合っていた。

「わかったじゃあ、明日はオフだから今日は久しぶりにじっくり話そうか。」

「OK。」

 ふたりともただの23歳の女の子に戻り商品でいっぱいになったカゴを持って楽しそうにレジに向かって進んで行っていた。

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