第14話 ポケットの中

 しばらくふたりはそんな会話を続けていたのだが、急に沢田が聞いてきた。


「明日仕事早いんですよね?」

「そうなんだよ。でもまだ大丈夫だよ。」

 オサムは腕時計を確認して答えた。


「そうなんですか。じゃあふたりだけで少しだけ反省会しませんか?」

 沢田からお誘いが掛かった。

 オサムは今なんだかとても気分が良く、それは知り合ってから沢田が何度も自分のことを持ち上げてくれていたことや、つい先ほどの沢田のルミのダンスに対する発言も、何故か自分が褒められているかのような感じがしていて、いや、自分が褒められている以上に嬉しく感じて、よくわからないが気分はかなり高揚し、何か自慢気な表情にもなっていた。


「よし、ふたりだけの反省会行きますか?」

「いいですね。行きましょう。まだまだ、木村さんに聞きたいこと、いっぱいありますから、行きましょう。」

 オサムが気分よく大きな声で言うと、沢田も大きな声で答えた。ふたりは良い気分のまま近くの居酒屋へ向かおうと歩きはじめ、前を歩いていたオサムは何故か、かっこつけるかのようにはいていたジーンズのポケットに両手を突っ込んでいた。


「うん?」

 ポケットの中で何かが手に当たった。

(なんだこれ?)

 オサムはポケットの中でそれを掴んだ時、何かを思い出したかのように大きな声を突然出していた。


「あっ!」

 慌ててポケットからその何かをを取り出してみると、それは細かく織り込まれている紙のようで、オサムは震える手でそれ広げた。そこには何かが書かれていて、オサムはその文字を読んで全身が熱くなっていった。


「それなんですか?」

 その光景を見ていた沢田が、オサムの背後から声を掛けていたが、オサムはその紙をジッと見たまま動かないでいた。


「木村さん、どうしたんですか?」

 返事をしてこないオサムの姿を見て、沢田は怪訝けげんな顔をして聞いた。


「ごめん。ちょっと俺この後用事があったんだ。忘れてた。だから今日は・・・。また今度、ごめんなさい。」

 オサムは沢田に向かって頭を下げて言うと、沢田の元からものすごい勢いで走って行ってしまった。


「えー、ちょっと! 反省会はどうなっちゃったんですか?!」

 走って行くオサムの背中に向かって沢田は大きな声を掛けていが、オサムは振り返ることも無くそのまま走り去ってしまった。


「もう、なんなんだよ? 自分から明日早いとか言ってたのに、急にこの後用事があるなんて!」

 沢田はオサムが走り去って行った方向を見て少し腹を立てていた様だったが、すぐにあきらめて、自分の腕時計に目をやった。


「まぁ、いいか。この時間ならまだグッズ売ってるよな。会場に戻ってルミちゃんグッズでも大量に買いしめてから帰るか。」

 ライブの終わった会場の方に沢田は向かって戻っていった。



 オサムは必至で走っていた。

(ルミちゃんが・・・、そんなこと・・・、でも・・・、)

 色々な思いを頭の中によぎらせながらオサムはどこかへ向かって必死に走っていた。


   ・

   ・

   ・


 ライブが終わった控室に全メンバーが戻ってきていた。


「お疲れ様。みんな今日のパフォーマンス最高によかったよ。特に言うことないね。本当にお疲れ様。」

 大森が言い、志桜里に向かってにいつものアイコンタクトを送った。


「お疲れ様。今日のライブ私もすごく良かったと思います。次回も今日以上のライブにしていきましょう。それではこれで解散です。お疲れ様でした。」

 志桜里が今日の長い1日を締めくくると、沙由と美里愛はお互い顔を見合わせていた。


「お疲れ様。」

「お疲れ様。」

 ふたりとも控室を出て行こうとすると、そのあとをぞろぞろとお供のメンバーが追いかけて行き、あっという間に控室にはルミと志桜里のふたりだけが残されていた。


「ルミ、今日もライブの時のダンスすごくよかったよ。」

 志桜里が声を掛けてきてくれたので、ルミはすごくうれしくなり、ライブ後ということもあって少し疲れた表情をしていたのだが、その顔はみるみる笑顔になっていった。


「ありがとうございます。」

 ルミは元気いっぱいに答えていると、続けて志桜里が笑顔で聞いてきた。


「今日これから時間ある?」

 ルミは一瞬驚いた表情をしていたが、それはめったに声を掛けてもらえないリーダーの志桜里からの誘いだったからで、でもその後何故か困った表情になってしまっていた。

(せっかく志桜里さんに誘っていただいたのに・・・、でも今日は・・・。)

 ルミは少し考えてから答えた。


「志桜里さん、ごめんなさい今日はどうしても行かないといけないところがあって、せっかく誘っていただいたのに申し訳ございません。」

 深々とルミは志桜里に頭を下げると、志桜里も特に嫌な表情も見せずにい優しく言っていた。


「それなら仕方ないよ。私が急に誘ったんだから。じゃあ、今日じゃなくていいから、ルミの都合のいい日今度教えて、私もスケジュール確認しとくから。今度あらためて誘うんでその時はよろしくね。少し話したいことがあるんだ。」

「はい。わかりました。次は絶対に行きます。今日は本当に申し訳ありませんが、これで失礼します。」

 ルミは再び志桜里に頭を下げると急いで控室を出て行った。


「ふー。」

 ルミが出て行ったのを確認すると志桜里は、大きなため息をついてから控室の椅子に座り何かを考えていた。しばらくひとりで座ったままでいたが、その後大きくうなずき、スマホを取り出してどこかにメッセージを送って控室を出て行くと、残務で残っていたスタッフにねぎらいの声を掛けてまわり、ひとりで会場を後にして待たせていた車に乗り込んでいった。

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