第15話 急げ!
ルミは志桜里と別れてライブの終わった会場を後にすると必死に走っていた。
息を切らしながらどこかへ向かって走り続けて、結構な距離を走りぬくと、最寄り駅近くまでやってきて来ていた。
(急がないと、ライブ終わってからもう結構時間たっちゃてる。急がないと!)
ルミが駅に向かって足早にさらに進んで行くと、そこにはいかにも握手会終わりと思える向日葵16のグッズを大量に身にまとった人々が、いくつかのグループにわかれて、あちらこちらで楽しそうに話し込んでいた為、今の時間駅前は結構な人でにぎわっていた。ルミはその駅前の光景を目にして、ライブ会場から急いで出てきてしまったので、自分が何の変装もしていないことに気付いて一度足を止めた。
(ちょっとさすがにまずいかな、失敗したサングラス位持ってくればよかった。)
仕方なくルミは顔を隠す様にうつむき加減になりながら、さらに早足にその人込みを抜け改札に向かって行くと突然、ひとりの若い男がルミに向かって声を掛けてきた。
「ねえ、君も握手会帰り? 今日はひとりで来たの? いっしょにお話ししましょっ!」
(あぁ、またか。どうしてこういうことになっちゃうんだろう。でも私のことに気づいてはいない・・・。)
ルミは再び先日のあの事件のことを思い出してしまい、うつむいたまま表情をこわばらせながら、その場を足早に立ち去ろうとしていると、すぐにその男の仲間達もルミに近づいてきていた。
実際向日葵16の握手会の参加者には女性の姿も多くみられていて、ルミ位の女の子のファンも少なくはなかったので、この時間この場所にいた為に向日葵16ファンの女子と間違われてしまったのだろう。
ルミはおびえながらも、その声を無視して駅の改札に向かって一目散に進んで行くと、ルミの背中に向けてその男は荒げた声を浴びせた。
「なんだよおまえ。シカトしやがって! おい!」
その男はルミを追いかけようとしてきたが、仲間のひとりが声を荒げた男に向かって叫ぶように言った。
「やめとけよ、そんなヤツ相手にするなよ。せっかくライブ見て気分いいんだから。ほっとけ、ほっとけ!」
「そうだな、そうだよな。美里愛ちゃん可愛かったしなー! こんな愛想の無いヤツなんて、どうでもいいか。」
その男はそう言うと、振り返って仲間の元に合流していった。
ルミは男たちが言った言葉などは耳に入っていないほど必死になって改札へ向かって行った。
「沙由ちゃんキレイだったなー!」
「志桜里、最高だった。」
「結構、〇〇ちゃんもよかったぜ。」
「□□ちゃんだって、可愛かったよ!」
「今日から俺△△△推しになったぜ!」
その人混みの中で多くのファンの声が耳に入ってきていたが、ルミの名前は聞こえてこなかった。
(私の事なんか誰も見てないんだ。どうせ私のことなんて誰も知らないんだ・・・。今も何の変装もしないで素顔でこの場所にいても誰にも全然気づかれることなんてないんだから・・・。)
ルミは自虐的にそう思っている今その時も、まわりの群衆はまったくルミに気づいてる様子はなかったのだが、それは少し考えればわかるように当たり前のことだと思われるのだが、その群衆の誰もが今ここに向日葵16のメンバーがいるとは思ってもいないし、ルミを推す声が聞こえてこなかったのも、たまたま駅前のこの場所でルミに会話が聞こえる範囲にルミ推しのファンがいなかっただけの事(ルミも実際は数人の声を耳にしただけなのに・・・。)だと普通は考えられるのだが、今のルミにはそう考える心の余裕がなかったようだ。
そんなことを思いながらもルミは今はとにかく駅に向け、急いでまっすぐに足を進めて行き、駅に到着すると改札を抜けホームの階段の下まで来ていた。
「♬♪・♬♪・♬♪・♬♪・♬♪」
ルミの耳に電車の発車メロディーがホームに流れいるのが聞こえてきて、急いで階段を駆けあがり、何とか間に合って電車に飛び乗った。
ルミは走ったことと、これから起こるであろうことを想像して緊張感が高まっていて、心臓の鼓動が高まり、その音が周りの人にも聞こえるんじゃないかと思うほど大きくなっている気がしてしまい、車内では人目につかないようあまり移動しないで乗り込んだドアの前に立ったままでいた。
車内は普通に座れるくらいにすいていた為、そのルミの姿は何か余計に目立っているように見えていた。
車窓からルミはすでに日が暮れて、街頭やビルのネオンの明かりで照らされている街の様子を眺めていた。
(きれいだな。ライブのステージから見える景色みたいだ!)
ルミは町の明かりをライブステージから見る客席の光景のように感じていた。
(早く着かないかな・・・。もう来てくれてるかな・・・。)
ルミは数個目の駅で下車すると、乗っていた電車から降りた乗客は数人しかいなかったので、ホームにはまばらなくらいの人しかおらず、そこを小走りでルミは走り抜け、改札を出て少し離れたところにある公園の入り口付近で足を止めた。
「はぁ、はぁ、良かった。まだ来てない。」
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