第13話 ライブ開始

 オサムと沢田がライブ会場に到着すると、すでに結構な人が場所取りで座っていた。

「木村さん遅いから、いい場所はもう取られちゃってますよ!」

 沢田がライブ会場の客席を見回しながら言っていると、オサムは息を切らしながら少し遅れて会場に到着した。

「ごめん、ごめん。沢田さん足速いね。」

 オサムは口では謝っていたが内心そうは思っていなかった。

(何言ってるんだよ! お前がいっぱい質問してくるから、ここに来るのが遅くなっちゃたんだろ。)

 ふたりは仕方なく人の少ないステージを斜めに見る、はっきり言ってあまりよく見えない客席の端へ移動しようとしていた。

「木村くん! おーい木村くん!」

 オサムたちの後方からオサムの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。オサムはその方向に目をやると、ステージ中央の最前列で両手を大きく振るり岡本の姿が目に入ってきて、岡本はオサムに向かって大きなジェスチャーで手招きをしていた。

「木村くん! ここまだ空いてるから、こっちに来なよ。」

 岡本は大きな声で再びオサムに向かって大きな声を掛けると、オサムと岡本の間の人込みが左右に分かれて道を作ってくれていた。オサムは戸惑いその場を動かないでいると再び岡本の大きな声が聞こえた。

「早く、早く! 始まっちゃうよ!」

 オサムは恐縮しながら頭を何度も下げながらその出来た道を進んで、岡本の元に到着していた。

「木村くん、遅かったじゃないか。」

 岡本はそう言うと、オサムといっしょにいた沢田に気付いた。

「こちらは?」

「えーと・・・友達です。友達の沢田さんです。」

 オサムは少し考えてから、何故か”友達”とだけ言い岡本に紹介すると、沢田もすぐに頭を下げて、岡本に向かって自己紹介をしていた。

「初めまして、沢田秀と言います。ルミちゃん推しです。よろしくお願いします。」

 

「ルミちゃん推し? 珍しいね。そうか、そうか・・・。はっきりしてて気持ちいいね! 沢田さん、気に入った!。ははは!」

 岡本は少し考えた後、大きな声を出し豪快に笑うと、何故か岡本は初対面の沢田を気に入ったようだった。

「俺は岡本太と言います。この辺りにいるファン仲間のリーダーをやってます。」

「えっ、リーダーさんですか。恐縮です。今後もよろしくお願いします。」

 沢田は少し驚いた後、あらたまった感じで再び挨拶をしていた。

(沢田さんすごいな。ルミちゃん推しって言い切れるなんて、俺なんか岡本さんにもまだちゃんと言ってないもんなー。なんか言いづらくて・・・。)

 オサムは岡本が沙由推しなのを知っていて、何故か自分のことを気に入ってくれてる岡本に対して、なかなか自分がルミ推しであること言えていなかったので、今回の沢田の態度に感心しているというか、うらやましく思いながらふたりを見ていた。


「よし、挨拶はこれぐらいで、もうライブ始まるから準備しよう。」

 岡本はそう言うと、周りに向かって色々な指示を出し始めた。周りにいた者も岡本の声で手際よく床に置いてあったバッグを開け準備を開始していた。

 オサムも同じように自分のバッグから鉢巻やうちわ等を取り出してライブ観戦の準備を始めていると、沢田がオサムの耳元で話していた。

「木村さんて凄いんですね、リーダー直々じきじきに呼ばれて、こんないい席に来られるんですもんね。いやー、尊敬しちゃいますよ。」

 その沢田の言葉を聞いてオサムもまんざらではない表情を浮かべていると、いつものライブ開始と同様に会場が暗転した。

「バーン!」

 大きな爆音が会場全体に響き渡りライブが開始された。



 ライブが終わってオサムは、火照ほてった体と気持ちをクールダウンさせながら、先ほど同志?となった沢田といっしょに、会場付近でルミのことを中心にたわいもない会話を楽しそうにしていたのだが、いつもならオサムはリーダーの岡本達と反省会という名の飲み会に参加するところなのだが、今回は明日オサムが早朝からの出勤と言うこともあって、岡本にその理由を伝えて反省会の参加を辞退していたのであった。

「ルミちゃんのダンス、”キレッ、キレッ”でしたね。」

 沢田はぎこちなく踊りながら少し興奮気味にオサムに話していた。

(そうなんだよ、その通りなんだよ。ルミちゃんのダンスはいつもキレキレなんだよ! ダンススキルはメンバーの中でもナンバー1なんだよ。)

 オサムは満足そうな顔をしてうなずいていた。

 実際ルミは子供のころからダンスを習っていて、名の知れたスポンサーの冠がついた小学生大会で優勝するほどの、ダンススキルを身につけていたのであったが、それは知る人ぞ知るといったところで、いや、ほんの一部のファンのみが知っているレベルであって、どうしても毎回センター付近で歌って踊っている沙由や美里愛といった、名の知れたメンバーの華のあるパフォーマンスにほとんどのファンが目を奪われ、ルミのダンススキルなどは埋もれてしまっていたのであった。


「岡本さんって見るからにリーダーって感じでしたよね。」

 急に沢田が岡本のことを言ってきた。

「沢田さん、岡本さん達といっしょに反省会に参加すればよかったのに。」

「だって木村さんが行かないんじゃ、俺ひとりで行ってもねえ・・・。でも次は参加したいと思います。岡本さんとももう少し話したいですから、次回は木村さんも行くでしょ。」

「うーん。次の日の仕事が早いと、なかなか参加できないんだよねえ。反省会って結構長いからさ。でも出来る限り参加はしようとは思ってるけどね。」

 すると沢田は思い出したように、沢田が真面目な顔で聞いてきた。

「そうそう、さっき聞き忘れたんですけど、木村さんはなんでルミちゃん推しなんですか? 沙由ちゃんとか美里愛ちゃんとかの人気メンバー推しは考えなかったんですか?」

 オサムはそんなことしばらく考えたことも無かったので、あらためてなんでルミ推しになったのか聞かれてみるとすぐに答えが出てこないでいた。

(そう言えば何きっかけだったけ・・・?)

「えー、思い出せないんですか? マジですか?」

 沢田はそのオサムの姿を見て驚いていたのだが、その時オサムは本当に思い出せないでいた。

 オサムが向日葵16を知ったのはテレビの歌番組で、その時気になったのは志桜里だったにだが、志桜里を見る為にテレビや動画で向日葵16ばかりを追いかけているうちに、たまに画面に映ってくる小柄な少女の存在が気になり始めていてた。何故気になったのかはよくはわからなかったのだが、何かその少女を見ていると心が温かくなるような気持ちになれ、検索してみて初めてその子が神宮ルミだということを知ったのだった。そして、たまにしか映らないルミをその後もテレビや動画で見つけると、なんだか宝くじにでも当たったかのような喜びが湧いてきて、それからルミに夢中になって今に至っていたのであった。

 そういう話をすればよかったと思うのだが、その時のオサムは本当に思い出せないでいた。ライブの興奮がまだおさまっていないことと、最近のルミとの間であった色々な事が相まってオサムの記憶になんかしらの影響を与えていたからなのであろうか・・・。


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