第12話 推し仲間
「あっ、ごめんなさい、急に声を掛けてしまって、驚かせちゃいましたね。」
驚きすぎてしまい何か怯えた感じにも見えたオサムの姿を見てその男は、そう言って詫びてきた後オサムに近づいてきた。
「僕は
沢田が急に自己紹介してくると、オサムは何かその凛とした姿に圧倒されてしまった。
(な、なんだ、こいつか。びっくりさせやがって・・・、それにしてもこいつ軽々しくルミちゃんとか言うなよ!)
何故か急にオサムは沢田に対して対抗心を燃やした。
「僕は木村オサムと言います。」
目一杯胸を張って答えると、沢田はさらにオサムに近づいて来て、丁寧に頭を下げてきた。
「木村さんですか、これから色々とよろしくお願いしますね。」
(何をよろしくなんだ? 何のことだ?)
オサムは沢田の言ったことが理解できずに不思議そうな顔をしていると、沢田は再び頭を下げて言ってきた。
「今日から僕もルミちゃん推しになりました。さっきルミちゃんに会って決めました。メンバー全員まわりましたけどルミちゃんが一番可愛いと僕は思ったんで決めました。だから先輩よろしくお願いします。」
(こいつ最初は嫌なヤツだと思ったけど、ルミちゃんが一番可愛いなんて、わかってるじゃないか。その言葉に免じて、最初の無礼は許すことにしよう。)
オサムは先輩と呼ばれたこともあって、頭を下げていた沢田を上から見下すように見ていたが、実際に言葉ではそうは言えず何かもやもやした気持ちになって口ごもってしまっていた。
「えっ そうですか・・・。」
(ルミちゃんを推してくれる人が増えるのはうれしいけど・・・。)
これはオタクなファンの心理で、僕だけの〇〇ちゃんという妄想をどこかに抱いているものも多く(そんなこと絶対にあれえないことなのではあるが・・・。)オサムもそのひとりで、沢田の言った言葉が今になって心に引っかかってしまい何か複雑な表情になっていたようだ。
オサムがそんな複雑な気持ちになっているなんて知らない沢田は、普通に声を掛けてきていた。
「先輩、ライブまで時間ありますから。いっしょに昼ご飯食べに行きましょうよ。」
オサムはまだ何だか気持ちが整理されていない様で返事をしないでいた。
「あぁ、急にそんなこと言ったら迷惑でしたよね。大丈夫です。ひとりで食べにいきますから。」
沢田はオサムの態度から察してオサムのもとを去ろうとしていたが、オサムはそういう言い方で言われると相手に何か申し訳なく思ってしまう性格のようで、後ろを向いてた沢田の背中に向かって声を掛けた。
「全然迷惑なんかじゃないですよ。行きましょう。」
「ありがとうございます。」
その言葉を聞いて沢田はすぐに振り返り、喜びの表情を浮かべ答えていた。
オサムはいつも握手会の時の昼食はもっぱらひとりでとっていたが、それはオサムがルミのところにしか行かない為、反省会(飲み会)仲間たちと会場で出くわすことがなかったからであって、オサム自身は反省会にも参加していたことからもわかるように、ファン同士の交流は決して嫌いではなかったのだ。そして今回は沢田から”先輩”などと呼ばれて、オサムはかなり気分をよくしていたようだ。
「木村さん、向日葵16の握手会いつから参加してるんですか? ルミちゃん推しになって長いんですか? ルミちゃん以外に推してる子いますか?」
沢田はオサムに
「そんな、いっぱい言われても・・・。」
「ごめんなさい。なんか嬉しくて、いっぱい聞いちゃいました。」
沢田はハンバーガーをかじりながら詫びていた。
「いいんです。向日葵16に興味持ってくれる人が増えるのは嬉しいんで。」
オサムも同じくハンバーガーを食べながら素直に答えると、沢田は目を輝かせながら、質問をひとつずつし始めた。
「じゃあ、ひとつずつ聞きますんで、まずはせっかくなんで、ルミちゃん関連から聞いちゃいますね。」
オサムはそのひとつひとつに丁寧に答えていると、しばらくそのやり取りがしばらく続いた。
「そろそろ行きましょうか。ライブ、良い場所取らないと。」
沢田が腕時計を見て時間を確認すると紙容器のジュースの残りをストローでいっきに飲み干し、椅子から立ち上がり今にも駆けだしそうにしていた。
「ちょっと、〇×□〇×□〇×□・・・。」
慌てたオサムはハンバーガーを口いっぱいに含み何かを言っていた。
「木村さん急いで、急いで!」
沢田はさらにオサムをあおって足をじたばたさせて急かしてきたので、オサムは、残りのハンバーガーをさらに口に押し込んで席を立っていた。そして走って会場に戻って行く沢田の後を、オサムはジュースを片手に持ったまま追いかけていた。
握手会の終わった控室にルミも戻ってきていた。
(よしっ。ミッション完了! 後はライブ頑張って、それから・・・。)
ルミは満足げな表情をして、何かを思い浮かべて昼食会場へ向かっていった。
(「お兄ちゃん待ってよ!」
「もうルミは足遅いな。早く早く。」
「もう待って・・・。お兄ちゃん・・・。」)
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