第11話 侵入者

 先ほども述べたが、もちろんルミの握手会に参加するファンは、当たり前の事だがオサムひとりでは無いのであったが、毎回開始前から並んでいるのはオサム位であったので、いつもは混雑しないというより誰も並んでいない状態のルミのレーンには、他のメンバーとの握手の後にやってくるというファンが多かったのだが、今回オサムの視線の先にはひとつの人影があった。


(なんだよあいつ! なんでここにいるんだ。)

 もちろんそこには誰が並んでいてもかまわないはずなのだが、そんな理不尽なことをオサムは思い先に並んでいたその男の後ろに渋々無言で並んだ。

 誰かが来た気配を感じてその男は、ゆっくりと振り返りオサムのことを不思議そうな顔をして見ていたが、そのあとすぐに声を掛けてきた。


「あぁ、なるほど・・・、こんにちは、ルミちゃん推しの方ですか?」

(ルミちゃんのレーンにいるんだから、そんな事聞かなくてもわかるだろうに・・・。こいつ何聞いてきてんだよ!)

 オサムは少し?腹を立てていたのだが、実際はそのレーンに並んでいるからと言って、そのレーンのメンバー推しとは限らず、それは1日でひとりでも多くのメンバーの握手会に参加したいと考えてるファンも結構いるようなので、今並んでるレーンのメンバーが必ずしも一番の推しであるとは限らないということのようで、そのメンバーに少し興味がある程度の場合もあるようだった。


「そうですけど・・・。」

 オサムはとりあえず、面倒くさそうに答えた。

「やっぱりそうでしたか。帽子やバックに着いた缶バッチを見ればひと目でわかりますよね。ははは。」

 その男はオサムに向かってそう言った後笑っていた。


(なんだよこいつ、俺の事ジロジロ見て笑うなんて・・・、感じ悪いヤツだな。)

 オサムはさらに腹を立てその男をにらむように見ていたのだが、男が言っていたことが気になり始め、なんだかだんだん恥ずかしくなってしまい恐る恐るといった感じで自分のバッグを見た。

 オサムのバッグは他のファンが見ても、ちょっとひくほどのルミのみの缶バッチでいっぱいに埋め尽くされていて、普段は何とも思わないのだが笑われたこととによって自分のバッグを改めて見てオサムは恥ずかしくなってしまったようだ。

 さらにかぶっていた帽子を脱いで押し込むようにそのバッグにしまうと、今度はそのバッグを必死に自分の体の後ろに隠すようにしながら、前にいる男を再びにらみつけるような眼で見ていた。


「ごめんなさい。別に悪い意味で言ったんじゃないんです。気にさわったのなら本当にごめんなさい。」

 その男はオサムの視線と自分に対する態度を見てオサムが気分を害していると思い素直に謝った。


「実は僕はまだ推しを誰にするか決めかねていて、色々なメンバーを回っているんです。それで、ルミちゃんが最後のひとりなんですが、いまだに迷ってるんです。でも今日決めようと思っているんです。」

(? ルミちゃんが最後。なんでルミちゃんが最後のひとりなんだよ。やっぱり失礼なヤツだ。)

 オサムはお門違いなことに腹を立ていると、カーテンが開く音がして、3部の握手会が開始された。


「どうぞ。」

 ルミのブースの係員の声にうながされて、オサムの前にいた男はルミの待つブース内に消えていった。


「こんにちは、初めましてです。」

 するとすぐに、オサムとは正反対な明るく元気な声が聞こえてきたが、その後の会話は聞こえてこなかった。

 と言うよりオサムは聞いていなかったのであった。


「次の方どうぞ。」

 しばらくすると前の男の持ち時間15秒が経過し、係員の声がオサムに向けられたが、オサムは自分の順番だとわかってはいたのものの、何かいつもと色々な段取りが違ってしまっていて、いつも以上にパニックに陥ってしまい、脳が体にうまく司令を伝えられず、その場から動くことが出来ないでいた。

「次の方、どうしました?」

 再び係員からうながされると、オサムはなんとか前に進もうとしていたが、まだ脳からの伝達が完全にうまくいっていない様で、テレビで昔に見たコントの様に、左右の手と足を同時にだしながら、何とかルミの元に進んで行った。


「えっ?」

 それを見たルミは手を口に当て驚いていたようだが、すぐに最高の笑顔をみせ大きな声で挨拶をしてきた。


「こんにちは!」

 それでもオサムはいつもに増して緊張してしまい、そのルミの声にも激しく動揺して、ルミの前にただ突っ立っているだけでそれ以上のことは出来ずにいたのだが、そんなオサムに対してルミは優しく手を差し出しながら、再び満面の笑みを浮かべて声を掛けてきていた。


「握手、握手しましょ。」

「あっ。」

 オサムも何とか声を発すると、ルミのその言葉で握手会に来ているということを思い出したようで、ルミの手に恐る恐ると自らの手を伸ばすと、ルミがいつに無く強い力で”ギュッ”っとオサムの手を握ってきた。 

 さらにルミは下からオサムの顔を覗き込む様に微笑みかけてきた。

 オサムは予想もしなかったルミの行動に顔を真っ赤にしながら、チャレンジ精神のことなどもう頭の中からどこかに消え失せてしまっていて、いつもの決め台詞?を言ってすぐにこの場から逃げようとした。


「こ。こんにちは・・・。」

 するとルミが握手していたその手にいち段と力が込めて、さらに強くオサムの手を握ってきた為、オサムは今までに無い位の衝撃を受けてしまい、決め台詞?も言えずにブースの外へ逃げる為にルミから手を離そうとしたが、ルミは離されないようにさらに手に強い力を込めてきていた。


「お仕事頑張ってください。」

 ルミはそう言うと、強く握られていた状態から右手だけを離し、またすぐにその手を戻しオサムの右手の手のひらに何かを押し付けてきていた。

 オサムはもう何も考えられず、されるがままにただそれを掴み握りしめると、やっと強く握られていたルミの手が緩み、オサムはそのままルミのいたブースからいつも以上の速さで逃げるように出て行ってしまった。

(やばい。やばい。心臓が痛い。なんかルミちゃんいつもと雰囲気違ったな。)

 オサムはいつも以上に顔を紅潮させながらルミのレーンの出口に進んで行くと、背後から急に声を掛けられた。 


「どうでしたか? ルミちゃん、可愛かったですよね。」

 急に声をかけられオサムはものすごく驚いてしまい、慌てて手に持っていた何かをポケットに”グシャ”っと押し込んでいた。そして、おどおどしながら声のした方向に目をやると、オサムの前でルミと握手をしていたあの男が立っていた。

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