第8話 この子は誰?
その会話を近くで休憩していたアルバイトのあの”前田園子”《まえだそのこ》が聞いていた。そして自分の席を立って西川に近付いてきた。
「店長、そ・ん・なに、可愛い子だったんですか?」
園子は悪戯っぽく言いながら西川の隣の席に座り、西川の顔を覗き込むようにしてきた。
園子の登場にあきらかに西川が動揺しているのがオサムにもわかったが、それが何故かまではわからないでいた。
「そうだ、前田さんの顔見て思い出しましたよ。」
西川はお昼にオサムに言われたことを思い出したようだ。
「前田さん変なことみんなに言わないで下さいよ。」
「何のことですか?」
園子はとぼけているのか、本当に西川が言っていることがわからないのか、その表情からはうかがえない感じでいた。
「あの事ですよ。あれ。」
西川は小声で園子に言うと、園子はわざと少し大きな声を出した。
「えっ、わからないですよ。ちゃんと言ってくださいよ!」
「ちょっと声大きいですよ・・・。えー、女子高校生がどうのこうのってやつですよ。」
西川は声を抑えるようにという仕草を園子にしながら、誰にも聞かれない様に、小さな声で恥ずかしそうに言っていた。
「なーんだ、店長が制服の女子高校生好きって話ですか?」
園子はニヤッと笑い、わざとゆっくりとさっきよりさらに大きな声で返してきたので、まわりで休憩していた数人がその声の方向に視線を送ってきていた。すぐにそれを感じて西川はもう勘弁してくれという感じになって体を小さくしてしまっていると、そのやり取りを見てオサムも思わず笑ってしまっていたのだが、さすがに西川のことを気の毒に思い園子に言っていた。
「前田さん、あんまり店長いじめちゃかわいそうだよ。」
「はーい。わかりました。」
園子が意外にも素直な返事をしたものだから、当然この話はここで終わるかと思ったのだが、再び園子は話を相当前の段階まで戻して聞いてきた。
「でもそんなに可愛い子だったんですか?」
「うん、私の話は別にして、お店に来た子は単純に可愛かったですよ。」
西川は小さくなったまま、素直に?答えると、園子は何故か残念そうな顔をしていた。
「えー、そんな可愛い子なら、私も会いたかったぁー。」
なぜそうなるのか理解しがたいのだが、園子はさらに突っ込んで聞いてきた。
「どんな子だったんですか? もっと詳しく教えてくださいよ。」
「うーん、そうですねー・・・。」
西川はしばらく考えていたが、ふと何かを思い出したようで、オサムの方に目をやった。
「そうだ、木村さん、この前見せてくれたやつ、もういち度見せてもらってもいいですか?」
急にオサムに向かって言ってきたのだが、当然話のいきさつからオサムは、その西川の“この前のやつ“が何であるかわかっていたのだが、あえてわからないふりをしていた。
(この前のやつって、ルミちゃんの画像だよな。今それ見せちゃったら、さすがの店長でも気付くだろうに。さすがにそれはやばいかな。)
オサムはわざと知らん顔をして西川の話を聞き流すように無視していると、園子は前のめりになってオサムに顔を近づけてせがんできた。
「木村さん見せてくださいよ。何なんですか? 気になるじゃないですか。」
オサムは仕方なくスマホを出して渋々ルミの画像をふたりに見せた。
「そう、こんな感じの子だった。うーん? それにしても似てませんか?」
オサムが心配していた通りに、西川はそのルミの画像を見て疑問を抱いていると、園子はオサムのスマホの画像を指差していた。
「この子って
「へえ、そうなんだ。俺も向日葵16は知ってますが、この子の名前はなんて言うのですか?」
西川がルミの画像を再びじっと見ながら聞いていた。
「えーと何だったかな? 確か・・・えーとジン。」
「もういいじゃないですか。そうそうアイドルなんですよ。俺の彼女じゃないですから、店長勘違いしないで下さいね。ははは。」
園子が言いかけたところでオサムは遮るように大げさに大きな声で言葉を発して、園子の口から神宮ルミの名前が出るのを防ぐと、園子はキョトンとしながらもすぐに西川の方を悪戯っぽい顔をして見た。
「ふーん、店長気になるんですか? ああいう子が好みなんですね。」
園子は西川の方に話を振っていたのでオサムは安堵の表情を浮かべてふたりを見ていた。
「さやかに言っちゃおう。」
園子は西川の耳元に近づき、西川にしか聞こえないような声でそうつぶやくと、ふたりの前にいたオサムには園子が何を言ったのか聞こえていなかったのだが、西川の顔がみるみる紅潮していくのが見えていた。
「ちょっと、前田さん事務所までいいかな?」
西川は誤魔化すうように急いで席を立つと、早足で食堂の出口に向かってひとりで進んで行ってしまったのだが、園子は席に座ったままでいた。
「前田さん、早く!」
いっこうに席を立たないでいた園子に向かって少し強めに呼びかけていると、園子は
「はーい。」
それでも園子はさらに焦らすかのようにゆっくりと西川に向かって歩き始めて、少ししてふたりは合流すると、何かを言い合いながら食堂から出て行ったが、ふたりは店長とアルバイトという関係であるのだが、どう見てもアルバイトの園子に分があるようにオサムには見えていた。
園子が何を西川の耳元で行ったのかはオサムにはわからなかったが、そのことで西川がオサムの元からいなくなってくれたことで、オサムは心の中で感謝しながら何かホッとした気持ちになっていた。
(あぁ、良かった。ルミちゃんをあれ以上詮索されなくて助かったなー。前田さんに感謝しなくちゃ。 でもなんか、あのふたりやけに仲いいよな。やっぱりあのふたり怪しいな? 絶対に怪しい! 店長の女子高校生好きって本当だったのか? もうルミちゃんの制服系の画像は見せないでおこう。)
オサムはそう思いながら、ようやく落ち着けたようでペットボトルの残りを飲み干して席を立って売り場へ戻って行った。
そんな時間を過ごしていると、オサムはさっきまでルミがいたことが現実だったのか、自分の妄想だったのかが、だんだんわからなくなってきていたようだ。
(「本当にありがとうございました。それじゃあ、また・・・。」)
それでもルミの言ったその言葉だけは、オサムの頭のなかから離れずにずっと残っていた。
(やっぱりルミちゃんはここにいたんだ。でもルミちゃんのこと知らない人って多いのかな? あんなに可愛いのに・・・。もっと俺が頑張らなくちゃ、そして人気メンバーにしなくちゃ。でも俺は何を頑張ればいいんだ? でも人気メンバーになっちゃったら・・・。)
オサムは色々な事を考えながらも、大きな独り言を言っていた。
「また会いたいなー! 会えるかなー?」
そんなことを言っていたオサムであったが、ルミに会える?機会は意外とすぐにやってきた。
ここはアイドルグループ
(あぁ、緊張してきたな。本当にこの前会ったルミちゃんが、今日ここにいるのかな? 何か信じられないな。)
オサムは握手会を前に緊張しながら、この前あずまやで会った時のルミの笑顔を思い出してひとりニヤニヤしていた。
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