第6話 どういう意味?

 応接室にはオサムとルミ、そしてオサムのルミに対する気持ちなど知るよしもない西川が、店長として当然の責務なのか同席していたのだが、結局ルミを応接室に案内してきたのは西川であったので、こうなったのも必然だったようだ。

 西川がいっしょにいたことで、オサムが心配していた状況は回避されていたが、それでもオサムはルミと応接室といった狭い空間にいることで、ライブや握手会の時に感じていた気持ちの高ぶりや緊張感が、今まさに突き抜けてしまっていて、逆に落ち着いて静かにソファに座っていたのであった。オサムがそんな感じだったからってわけではないのだが、特に会話もなく時間が過ぎると西川が口を開いた。


「ご丁寧にありがとうございました。」

「いいえ、助けて頂いたのは私ですから、お礼を言うのは私の方なんです。」

 そうルミが西川に答えた。


「本当にありがとうございました。」

 そしてその後、オサムの方を見て改めてお礼を言てっいたのだが、オサムは何か抜け殻のようになっていて力なく答えていた。


「は、はい。」

  オサムは終始そんな状態だったので、その後もっぱら会話をしていたのはルミと西川で、しばらく当り障りのない会話をふたりは続けていた。


「ごめんなさい。そろそろ私、仕事に行かなくちゃいけないので、これで失礼します。」

 ルミがそう言って席を立とうとしたとき、ようやくオサムがルミの方を見て何か言いたそうな顔をして見せた。それに気づいたルミはオサムに向かって、前のめりになって顔を近づけていた。


「何か?」

 (近い! 近い! ルミちゃん近すぎる・・・。)


「いや、何も・・・。」

 オサムの顔はみるみる赤くなり、それ以上言葉が出てこない様子に、ルミは少し残念そうな表情を見せていると、西川がルミに尋ねていた。


「あ帰りはお車ですか?」

「いいえ、電車で帰ります。」

「そうですか、駅に行かれるのであれば、お店の裏口からご案内しますが? そちらから出た方が駅まで近いですから。」

 西川が近道を提案すると、ルミは笑顔で答えていた。


「そうなんですか。それじゃお願いします。」

「わかりました、では木村さんご案内して。」

「・・・。」

「木村さん、木村さん!」

 西川は何度もオサムに呼びかけていたのだがオサムはいっこうに動かないでいた。


「木村さん、木村さん。」

 再び西川が呼びかけるも、それでもオサムが全く動かないでいると、それを見たルミは慌てて立ち上がり西川を制するようして言った。


「大丈夫です、私お店の正面から出ますんで。ごちそうさまでした。」

「あぁ、いや、では私がお送りしましょう。ではご案内します。」

 西川は動かない木村に疑問を持ちながらも、何故か張り切って勢いよくソファーから腰を上げた。


「それでは、お言葉に甘えて。」

 ルミも席を立ち、西川と部屋を出ようとした時、ルミはオサムの方に振り返った。


「本当にありがとうございました。それじゃあ、また・・・。」

 そう言葉を残して、西川の後に続いて応接室から出て行った。


(やばい やばい・・・。心臓が痛い。さっきまであのルミちゃんがそこに、俺の目の前に座ってたんだ。幸せすぎる! でもいつも以上に顔も見れなかったし、何も話せなかった・・・。)

 ルミが帰った後も、しばらく木村は応接室から動けず、さっき迄ルミが座っていたソファを眺めていると、そこに西川がルミを見送って戻ってきた。


「えっ!木村さん、まだいたの?」

 西川はオサムがまだ応接室にいたことに驚きながらも、部屋の入り口から足を進めて、さっきルミが座っていた場所に腰を下ろした。


「若い子なのにしっかりしてるなー。わざわざお礼を言いに、しかも電車に乗ってまで来るなんて。ねえ木村さん?」

「・・・。」

「うーん・・・、木村さん、なんだでだかかわかりませんけど、ずっと変ですよ。どうかしましたか?」

 さすがに不思議に思い西川は聞いてきたが、オサムは向かいに座っているその西川を無言で睨むように見ていた。

(そこに座るなよ。ルミちゃんの残像が消えちゃうじゃないか。)

 西川も何故そんな強い視線をオサムが自分に向けてくるのかわからず、何か少し怖くなってきて誤魔化すように、ふたりの前に置かれていたペットボトルの1本を手に取ってオサムに差し出した。


「まあ、これでも飲んでいってください。」

 「・・・、売り場に戻ります。」

 オサムは怒った顔のままそれだけ言うと、勢いよく応接室から出て行ってしまった。

 西川はオサムが出て行ったのを見て少しホッとしていたようで、ソファに深く腰掛け直した。


「あぁ、びっくりした。何だよあの目は? 俺、何かしたかな・・・? でもあの子、どこかで会ったような、いや、見たような気がするんだけどなー?」

 西川はルミのことを思い返しながらペットボトルの飲み物をひと口だけ口に含んでいた。



 その頃オサムもルミのことを思い出しながら、ひとりでニヤニヤして売り場に向かっていた。

(それにしても可愛かったなー! あぁ、どうしようこれじゃ仕事どころじゃなくなっちゃう。)

 いつもそんなに一生懸命仕事をしてはいないことを棚に上げ、この後仕事をこなせなかった時の口実にでもしようとしていたのか・・・、でも実際にはそんなこと言えるはずも無いのであったが・・・。その後オサムは何故か部屋を出て行った時のルミの言葉を思い出していた。

(「本当にありがとうございました。それじゃあ、また・・・。」)

 ・・・? あれ? ”また?” ”また”ってどういう意味だ?)



 ルミは駅に着くと今歩いて来た道を振り返り、昨日の夜の出来事と、自分の遠くの記憶の中の出来事を思い出していた。

     ・ 

     ・

     ・

(「少しそこで待っててくださいね。」

 女性警察官がルミに向かって言っていた。

「はい。わかりました。」

 パトカーの後部座席にいたルミは動揺しながらも、しっかりした口調で答えていたが、救急車が到着するまで警察官に介護されている自分を助けてくれた男性の方に目をやっていた。

(あの人は確かいつも私の握手会に来てくれる人だ。)

 そしておもむろに手にしたカードのようなものを眺めてた。

(木村オサム・・・。木村オサム・・・。木村オサムって・・・お兄ちゃん・・・? えっ、あの人が・・・。)

 ルミは何かを思い出したように目を大きく見開いて驚きの表情を浮かべていた。

「あの人が・・・。」

     ・

     ・ 

     ・

 「お兄ちゃん待ってよ!」

 「もうルミは足遅いな。早く早く。」

 「もう待って・・・。お兄ちゃん・・・。」)

     ・

     ・

     ・

「偶然だったけど、見つけましたよ。あっ!」

 ルミはさっき迄いた”あずまや”の方向を見て微笑んだ後、自分のバッグの中をのぞき込んでいた。

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