第42話 いままでと違う涙

 志桜里は黙ってルミの話を真剣に最後まで聞き、大きくうなずいてから立ち上がった。

「よしわかった、じゃあその男が原因ってことなんだね。なんてヤツだ。」

 志桜里はひとりで怒りだしていたものだから、それを見てルミは一瞬ビックリして固まってしまっていた。

「志桜里さん、志桜里さん! 私の話ちゃんと聞いてくれてましたか? なんでそうなっちゃうんですか?」

 声を大きくして言うと、志桜里はルミの方を見ながら何か気まずそうな顔を見せていた。

「ごめん、私、男女のそういうのはよくわからないんだよね。だって、ずっとこの世界で恋愛禁止ですごしてるでしょ。仕事の悩みとか、男性関係以外のプライベートの悩みなら、ちゃんとアドバイスできるんだけどね。そういうのはちょっとね。」

 志桜里はルミから視線をそらして何処か遠くを見ていた。

 そんな志桜里の姿を見ていたルミは、そんな志桜里のことがおかしくなってしまい我慢できずに吹き出してしまっていた。

「し、志桜里さん何言ってるんですか、も、もうおかしなこと言わないで下さいよ。人にさんざん話させといてそれってなんなんですか!」

「ル、ルミこそ何言ってんだよ。恋愛禁止だぞ。恋愛禁止・・・。」

 志桜里も負けずに言い返すと、しばらくお互い顔を見合わせていたが、やがてふたりは同時に吹き出し、しばらくの間大きな声を出して笑い出していた。 

「はー、おかしい。志桜里さんもう勘弁してください。」

 ルミの目にはさっきまでの悲しい涙とは違う涙であふれていたが、一方の志桜里は自分も大笑いしていたことを棚に上げ、少しすねた感じで言っていた。

「もう、真面目に話してるのに何笑ってんだよ。」

「ごめんなさい。でもなんだか、すごくおかしくて。」

 さすがにルミもこのままではまずいと思い、笑いすぎて流した涙をタオルでぬぐい、立ち上がって深呼吸を何回もして、何とか笑いを止めようとしていていたが、なかなか止まらずに苦しんでいた。

「本当にごめんなさい。ちょっと待って下さい、時間下さい。ハー、フー、ハー、フー・・・。」

 ルミは少し時間を置きようやく笑いがおさまると、あらためて志桜里に向かって申し訳ないと頭を下げた。

「そんな真面目に謝らないでよ。こっちも笑ってたんだから。」

 志桜里も立ち上がり、再びルミの近くに歩み寄り言っていた。

「でもさ、ここで私たちが話してても拉致開かないよね。やっぱりもういち度直接会って、ちゃんとその人と話し合っててみたらどなの?」

「そうなんですけど・・・。」

 ルミはモジモジして口ごもってしまっていた。

「ルミ、まだ何か隠してるんじゃない?」

 志桜里は少し語気を強めてしまうと、再び語尾がはっきりしない感じでルミは言っていた。

「違います。何も隠してなんかいないです。ただ、私もさっき知ったばかりなんで、驚いてるんですけど・・・。」

「どういうこと、ちゃんと聞かせて。」

 志桜里はルミの言った言葉の語尾がまた聞き取れずに、ルミに顔を近づけて迫ると、ルミは志桜里の耳もとでぼそぼそと何かを言っていた。

「実は・・・。」

「えー! 何それ、そんな偶然ってあるの、そんなドラマみたいなことって。なんか運命感じちゃうよね。」

 志桜里は大きく目を見開いて、そう言ってからルミの顔をみて、首を振り始めた。

「違う、違う、運命とか感じちゃダメ・・・。」

 志桜里も歯切れの悪い言い方をした後、再び首を振ってから大きな声で叫んでいた。

「もう! 恋愛禁止!」

 

 


 オサムたちがイベント決定の報告を受けてから数日がたったある日の午後、オサムと西川は事務所でパソコンに向かって仕事をしていた。ふたりとも何か落ち着きがなく時間が気になって仕方ない感じでいたのは、今日イベントの打ち合わせで、向日葵16の責任者がメンバーを連れて打ち合わせにあずまやに来る日となっていたからで会った。特にオサムは先日西川の方に本社から当日の打ち合わせ用の資料が送られてきて、そこには責任者の大森とリーダーの志桜里、そしてルミの名前が記されていたから仕事にならないといった感じになっていた。

(やっぱりルミちゃん来るよなー。俺はどんな顔して会えばいいんだろう? でも今回は仕事だから、うん、ルミちゃんも仕事として来るんだから・・・。)

 オサムはそればかり何度も何度も繰り返し考えてしまっていて、やはりパソコン上の仕事はいつものごとく全くはかどっていなかった。そして今回は西川までも同様にパソコンの画面を見てはいたが、ただ何となく見ているだけの感じになっていた。

「木村さん何時でしたっけ、今日の打ち合わせは。」

 今日3回目の同じ質問を西川がすると、さすがにオサムも時間を覚えてしまっていたようで資料を見ずに答えた。

「15時からです。それと店長3回目ですよ。同じ質問3回目ですよ!」

「あぁ、そうでしたか、えーと、今はまだ14時ですか。じゃあちょっと私は売り場に出てますから。もし連絡あったら、木村さんお願いしますね。」

 西川はそう言うと事務所から出て行ってしまった。

「店長なんか緊張してないか? 絶対なんか勘違いしてるよね。大体木村さんの企画なんだから店長関係ないのにねえ。」

 すると同じく事務所にいた榊が、ただ呑気にパソコンの画面を眺めながら言っていた。



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