第41話 どんな顔で

「木村さん、木村さん、大変です。」

 言い息を切らしながら西川が売り場にいたオサムに駆け寄ってきた。

(どうしたんどろう? この店長の感じはクレームかな?)

 頭に一瞬嫌なことが浮かんでしまいオサムは身構えてしまった。

「イベントが、イベントが決定したんですよ。木村さんの案で決定したんです。」

 西川は少し興奮気味に言いながらオサムの前に立った。

「えっ! 本当ですか? 向日葵16が受けてくれたんですか?」

 オサムは西川の言ったことが信じらず、少し上ずった声になり驚きの表情を浮かべていると、西川は興奮が収まらない様子でオサムの両手を力強く握ってきていた。

「なんか、先方の方からも是非やりたいって言ってくれたみたいで、案外簡単に決まったみたいなんですよ。でも、おめでとうございます。やりましたね木村さん!」

 オサムは表情を変えずに、どちらかと言うとこわばった表情で答えた。

「はい。」

(みんな大丈夫なのかな? この前の握手会であんなことになちゃったのに・・・。ルミちゃんの事も心配だな、俺が変なことしちゃって、絶対ルミちゃん怒ってるよな、傷ついてるよな。せっかくルミちゃんと仲良くなれたと思たのに、俺は何してんだ・・・。ダメだ、ダメだ、仲良くなれたなんて考えちゃ、ルミちゃんはアイドルの”神宮ルミ”なんだ。もう何回同じこと考えてるんだよ。変なこと考えちゃダメだ。もう昔の幼馴染のルミちゃんじゃないんだから。)

 オサムは毎回の様にルミのことを考えると、必ずこの結論に落ち着ていたのだが、それでも何回も同じことを、頭の中で繰り返していたのであった。

「それで急なんですけど、来週先方の責任者の方とメンバーの何人かで、直接打ち合せをしに、ここに来るらしいんですよ。まあ当然、木村さんの案なんだから同席してくださいね。それまでにもういち度イベントの内容詰めておきましょう。私もメンバーのこと少しは勉強しとかないといけないですかね。」

 西川は木村の肩を”ポンポン”と叩くと、何故か楽しそうにしながら行ってしまったのだが、オサムは絶望感いっぱいの顔になり、床にへたり込んでしまっていた。

「メンバーも来る? 絶対来るよ。どうしよう、どんな顔で会えばいいんだ。」



 ルミは事務所での打ち合わせを終えるとレッスン着に着替え、ひとりで曲を流しながら、鏡に向かって全力で踊っていた。すると鏡越しに志桜里の姿を確認して、ダンスを中断しようとした。

「続けて!」

 ルミはその大きな志桜里の声に驚きながらも再び鏡に向かって激しく踊りはじめ、曲の最後まで踊り切り床に倒れこんだ。

「パチパチパチ・・・。」

 志桜里が拍手しながら、倒れこんでいたルミに近づいていくと、ルミは息を切らしながら立ち上がった。

「ハア、ハア、ハア、ありがとうございます。」

 そして膝に手を置きながら軽く頭を下げた。

 志桜里はさらに近づきルミの目の前まで来ると笑顔で声を掛けた。

「ルミのダンスは、いつ見てもかっこいいね。私はルミのダンス大好きだよ。」

 その志桜里の言葉を聞いてルミは息を整えながら笑顔になり、もういち度志桜里に向かって頭を下げていた。

「ありがとうございます。」

「でもね。今のルミのダンスには何か迷いがあるように見えるんだけど。そんなことない? 絶対に何か悩んでるよね。」

 志桜里が続けて真剣な顔をして聞くと、ルミの顔から一瞬で笑顔が消え、みるみる悲しそうな顔へと変わっていった。ルミは志桜里に背を向けうつむきながら、自分の荷物が置いてある壁際に向かい歩いて行き、そこにあったタオルを手に取り頭からかぶって座り込んでしまった。それを見ても志桜里はルミを追いかけることはしなかった。

「ルミ。せっかくグループが再スタート切ろうって、みんなで団結しようって時に、これからグループをひぱって行かなくちゃいけないあなたが、そんな気持ちでいたらどうなのかな? ルミについて行くって言ってくれたメンバーの気持ちを決して裏切らないでね。」

 志桜里はリーダーとしてグループのために、ルミのために自分が感じ、思ったことをしっかりとルミに伝えた。

(志桜里さんわかってるんです。自分がダメなこと。)

 ルミの表情は頭からかぶったタオルのせいでわからなかったが、志桜里はルミを信じてそれ以上は何も言わずに、振り返ってレッスン場の出入り口に向かい歩きだした。

「私、嘘を・・・。」

 何かを言っているルミの声がかすかに聞こえた。

「何? ルミ。なんて言ったの?」

 志桜里はもういち度ルミに近づき、ルミの顔を覆っていたタオルに手を掛けた。

「私、嘘をついてました。それでも聞いてもらえますか?」

 タオルをとると目に涙をいっぱい溜めめているルミの顔が見え、志桜里はゆっくりとルミの隣に腰を下ろし、そっとルミを引き寄せ抱きしめた。

「ルミ大丈夫。ひとりで抱えないで、私が話を聞くから。」

 優しい声で言うと子供を慰めるように何度も何度もルミの頭をなでていた。

 しばらくすると、ルミは少し落ち着きを取り戻して、嘘をついてしまったこと、オサムとのこと、今まであったすべてのことを話し始めた。

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