第3話 職場 

「いらっしゃいませ。」

 オサムは職場であるスーパーあずまや武蔵台店の売り場に、気だるい感じ全開で立っていた。

(昨日のライブよかったな。ルミちゃん可愛かったなー。早く次のライブの日が来ないかなー。あっ、その前に握手会があるか!)

 昨日のライブの興奮が収おさまらないまま、オサムは売り場に出ていて、時折ボーッとしながら仕事にならないといった感じで仕事?をしていた。


「木村さん! 木村さんちょっといいですか?」

 少し離れた場所から急に声を掛けられた。


「はい! い、今、品出しをしてるところですが。」

 その声でオサムは慌ててしまい、振り向きもせず返事をして聞かれてもいないことまで答えながら、忙しそうに手だけをただ動かしていた。


「どうしたんですか? そんなに慌てて? 何かありましたか?」

 そのオサムの姿を見てあきれた顔で聞いてきたのは、オサムの上司で店長の西川浩二にしかわこうじであった。

 西川はオサムがここで働くようになる前から、あずまや武蔵台店の店長を務めていたのだが、オサムが知っている西川は親会社からの出向で来ている人物だということと、いい人であろうということ位のようで。それ以外のことはよく知らない人物であったのだが・・・、と言うよりオサムがただ単に西川に対して興味がなかったというのが正しいところなのであろう。

 実際西川がいい人だというのもパートタイマーの女性たちが話していたのをたまたま耳にしたからであって、実際にオサムがそう思っていたわけではなかったようだ。


「い、い、いや別に・・・。それより何ですか? 何かご用ですか?」

 オサムは振り返って慌てたままの様子で聞き返すと、西川はそのオサムの姿を見てあきれたようにひとつため息をついてから話し始めた。


「あぁ。さっき木村さんに聞かれた社員証の件ですが、書類を記入して送ってほしいと、本社の方から返答があったもので、それを伝えに来たんですけど。」

(そうだ。昨日ライブの帰りにひどい目にあったんだ。痛かったなー!)

 西川の言葉でオサムは昨日の夜あったことを思い出すのと同時に、地面に思い切り打ち付けた時の痛みを思い出して少しこぶになっていた頭のその部分を手でさすっていた。

(あぁ、たんこぶになってるじゃないか! 痛かったよなー! そう言えば、あの女の子どこ行っちゃたんだろう? 助けてあげたのに、お礼も言わずにいなくなっちゃうなんて、ひどい子だよ!)

 オサムはブツブツと心のなかでつぶやき腹を立てていたが、その後すぐに情けない顔をして笑っていた。

(まぁ、実際に助けたのは俺じゃないけんだけどね・・・。すぐ気絶しちゃったからな。ははは・・・。)

 西川はそのオサムの顔を見てなぜ急に笑っているのか意味が分からず少し気味悪く感じていた。

 オサムが蹴とばされて倒れた時に社員証をなくしたのは事実であったのだが、頭を打って気を失っていたオサムが目を覚ましたのは病院のベッドの上で、そのあたりの記憶は全く無く、その後いくつかの検査をしてもらったようだが、どこにも異常はみられず軽い打撲で済んでいた為、警察に少し事情を聴かれたぐらいで、その日のうちに帰宅していたのであった。


「木村さん! 聞いてますか? 大丈夫ですか?」

 反応しないで何か遠くを見ているオサムの様子を見て西川が、少し大きな声を掛けると、オサムは軽く会釈し西川の手にあったその書類を受け取っていた。

「あっ! ありがとうございます。」

 そして頭にできたコブをさすりながら、バックヤードへ向かって足を運んでいたのであった。



 食堂でオサムはひとり昼食を取りながら、イヤフォンを片耳にはめ配信されていた昨日のライブを見返していた。


「全然ルミちゃん映らないなー。もっと映してよ。」

「何見てるんですか?」

 少しふて腐れ気味に小声でオサムはブツブツ言っていると、さっき売り場で話をしていた西川がオサムの向かいの席にお盆を置いて座ってきた。

 オサムはビックリしながらイヤフォンを慌てて外してスマホをポケットにしまうと、思わず強い口調で言っていしまっていた。


「びっくりした! いきなり話しかけないで下さいよ!」

「あっ、驚かせちゃったみたいですね。ごめんなさい。でもなんか木村さん難しそうな顔してたもんですから、何を見てるのかなーと思いまして。」

 そんなオサムの態度を見て、西川は軽く謝り席に着くと”いただきます”と手を合わせるポーズをした。


「店長には興味がないものですよ。」

 オサムはぶっきらぼうに答え西川から視線をそらすようにしていたが、何かを思い出したようで再び西川の方を悪戯っぽい顔をして見た。


「あっ、でも店長はJK(女子高校生)好きなんでしたよね。」

「JK? な、な、何を言ってるんですか!」

 唐突にそんなことを言われた西川は、口に入れてたものをのどに詰まらせそうにしながら、顔を赤くさせて焦った様子で慌ててお茶を口に流し込み、少し落ち着くと不機嫌そうにオサムに向かって言っていた。


「誰がそんなこと言ってるんですか?」

「前田さんが言ってましたよ。」

 オサムは何のためらいも無く答えると、それを聞いて西川は絶望的な表情をすると、何か思い当たるふしがあったようで、大きくため息をついていた。


「はー、前田さんですか・・・。」

 そしてポツリと言い、諦めた顔を見せて大きくうなだれてしまった。

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