ネバーマッチ

川谷パルテノン

ひとりごと

 鈴芽が引っ越した話。それはさも今生の別れであるかのような寂しさを生み、何故だかどうしてわたしは鈴芽と話さないことにした。向こうは向こうで、そんなわたしの心情知ってか知らずか、そんな間柄が元々かのように二人は言葉を交わすことをやめた。日に日に迫る別れの日。こんなことで良いのだろうかといった疑問は膨らむばかりであったが、誰一人として正解を知る者、教えてくれる人というのはついぞ見つからず終いで、わたしは鈴芽が引っ越す日、毛布に包まって静かに泣いた。連絡先を削除する。果たしてそんな儀式が必要だったかはさておき、わたしの心は軽くなって重くなった。


 あれから十年が経った話。わたしの中では過去としてわりきりがつき、忘れてしまっていい部類の出来事となって実際忘れていた。いつだって今日までのそれなりに長い人生の中で見ていた、ただ見過ごしてきた引っ越し会社のトラックが今さら撃鉄起こしてわたしを十年前に帰す。ただあの時のように綺麗な涙は出せず、どちらかと言えば怒りや苛立ちに似た感覚が込み上げた。それが鈴芽に対してであり、わたし自身に対してでもある複雑でいてひどく単純な在り方に人としての成長のなさがうかがえる。もうこうなって来ると偶然どこかで再会して笑いながら二人して頬でも張ってみませんかなんてひとりごとが漏れた。


 友人の結婚の話。まるで友達が幸せな選択をしたかのようなそんな部分しか見えてない人間が祝えることなどあるのかと捻くれた魂はすっかり呪われているわけだが、仮にも対象が鈴芽だった場合のわたしは手が出てしまうのではないかといった恐れさえ感じる。自分に恐怖するようになったら始末はわたしがつけなければとこめかみにあてた銃口は鋭く冷たい。ただただたいそうな飾り付きの折紙に三万円を包んで友情の重さをはかりにかけながらめかし込んだ姿は会場へと向かう。


 自分が結婚する話。さて突然ですがこれはフィクションです。だからわたしは信用されていないけれど台本があるなら少しはこの可哀想な女が実在しないと慰めにもなるに違いない。もうわたしの中には何が現実で何が妄想なのかは曖昧だけれど、鏡を見れば映る姿は大人、それも疲れきった大人だ。手加減してほしい。


 あれから二十年たった話。もうすぐそこに四〇代というアラフォーなどと呼ばれる生き物は可もなく不可もなく人生をやり過ごし一呼吸だけは上手くなって他人に甘えるのが下手になった。足りた生活に不自由はなく時折の孤独を埋めるためだけに猫はやってきた。真実を知らない動物は外側では不幸だが目を瞑れば幸せだ。頼むから置いていかないでくれ。


 夢の話。わたしは再会した。それがこんなにも喜ばしいこととはいやはや参った次第である。どうやらわたしたちは似た者同士だったようで、かつて自分で削って作った溝を埋めるための作業は愉快だった。お酒というのは出来損ないが考えた魔法にしてはいいものである。目が覚めてそれがなんだかんだ心の奥底に沈澱した期待のカケラと思い知れば、体はまるで大きな岩のようにじっとしたままで仕事を休んだ。何マスかさがる。


 未来の話。もうなくなるだけの物の価値はほぼないと言っていいと思うのだが、それでもケチくさい貧乏性は全部ほしいのと泣き喚いた。聞き分けの悪い子供とそれが重荷で仕方ない大人は一人の人間になって必死にそれを引き裂こうとしていた。もう痛みがどこから来るのかわからない。ただ少し先の未来の話をするとわたしはもうすぐ死ぬ。医者がそう言っていた。悔しさがないと言えば嘘にはなるが、嘘にはなるんだと思えば少しは傷も癒えた気がした。


 過去の話。会いたい。会っていっぱい話がしたい。












 友達の話。旧い友人の訃報を聞いた。今さら流れる涙もない。私たちはちっぽけな絶交とともにあの日に終わったと理解する。ただ何故だか消せずに残した下書きの山はもう届く先を知らないのかと思えば、私は彼らのためになら泣いてやってもいいかとなった。

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