プロローグとエピローグ
第71話 無題のシナリオ
(狂気的なまでに整理整頓された部屋に一人、哀しげな目をした男が座っている)
(いま、この場所に少女たちの姿はない)
(男の手には、古めかしいカセット・テープがある)
(そのタイトルは、『無題のシナリオ』だ)
(彼は慎重な手つきで、ポータブル・カセットプレーヤーの電源を入れた)
――ふぁ。……あるふぁ。……
しっかりしろ。
α「……? ……あ、ごめん。ちょっと気を失ってた」
――おいおい。大丈夫かい。
α「もう、すっかり良くなったわ」
――なら、良いんだけど。
もしなんなら、義兄さんを呼んで……。
α「必要ない。それにこのことは、あの人には秘密にしておきたいの。……物語の結末を知ったプレイヤーなんて、冗談じゃない、でしょ?」
――……。
でも……彼は……。
α「安心して。あの人との関係は……しばらく辛い時期が続くかもしれない。けど、そのうちまた、元通りになる日が来るよ」
――そうかなあ。
α「…………あ。ちなみにもう、録音はしてる?」
――ばっちりだ。永久保存版にする。
α「お願い。……ぼくが死んだ後……なにか、形のあるものが残るって、ちょっぴり安心するから」
――…………。おいおい。哀しいことを言うな。
α「てへへ」
――とにかく、さっさと打ち合わせを済ませよう。
α「そうね。……とりあえず、あの物語の大仕掛けだけど」
――結局、あれかい。ファンタジー編と現代編の繋がりは……。
α「やっぱ、すべてはあの邪神、ニャルラトホテプってオチがいいかな。フォルター=ニャル様っていう感じで」
――はあはあ。なるほどね。
ただ原作の設定上、ニャルラトホテプが世界を滅ぼすか、っていうところは気になるなあ。
それならまだ、大いなるクトゥルフってオチの方がしっくりくるけど。
α「そこはそれ。プレイヤーの期待に応えるには、お馴染みのキャラでなくちゃ」
――……。
まあ、崩壊後の世界線の原作は、姉さんだからね。
そこはそっちの意見を尊重しよう。
α「うふふふふ」
――じゃ、オチに関しては、……それでいいや。
あと気になるのは、エクシリオの正体だけど。
どうする? いちおう設定では、外国人って伏線があったよな?
α「それは……、うーん。任せるわ」
――任せるって……。
自分が広げた風呂敷くらい、自分で畳んでくれよ。
α「なにもかも、設定でがんじがらめにしたくないだけ。
ただまー、いま一応考えてる決着としては、ニャルラトホテプを信仰する”異世界転移者”である、ってオチだけれど……」
――ふーむ。
α「それで、かつての”お助けキャラ”と協力して、最終決戦!」
――「仇は取ったよ、(チュートリアルシナリオのキャラ名)」……って感じ?
α「そうそう! できるだけそのシーンにエモーショナルが集中するようにして……」
――はい、はい。了解したよ。
α「うーん。たのしそう! 完成が待ち遠しいわ!」
――十年以上かかるかもしれないぜ。
α「それでいいのよ。急ぐ必要なんてない。きみは、それが望まれるその時にシナリオを書けば良い。その方がきっと、楽しんで書けるもの」
――楽しんで書く……ねえ。
α「趣味でやるには、そういう要素が必要だわ」
――まあ、考えてみるよ。
α「おねがいね」
(テープの録音が、一時停止となる)
(しばらく間が空いたのち、再びプレーヤーが音声を再生する)
α「…………ごほっ…………ごほっ…………ああ。まさか、こんなことになるなんて…………」
――しっかりしろ。
α「いやー。これは、思ってたよりも、お迎えが早いかも」
――…………。
α「ねえ、……カイリ。いま、この子の名前を決めたわ」
――?
α「やっぱりこの娘、”A”から始まる名前がいいと思うの。……だから、”アリス”ってことで……」
――アリス? それが最終決定?
α「うん」
――メアリーにするって話はどうなった?
α「それは、やっぱりなしで」
――……。
わかった。あとで義兄さんに言っておくよ。
α「よろしく」
――アリス、……アリス、か。
α「仲良くしてあげてね。……この子きっと、苦労するから。
あの人はまあ、ああいう性格だし。
……それにひょっとすると……肌の色の問題も……」
――そりゃまあ、できる限り助けにはなるけど。
姉さんなしで、私と義兄さんの関係が続くとは思えないからなあ。
α「それじゃ、一生のお願い。あの人とも仲良くしてあげて」
――…………。やれやれ。
α「ぼくから、あの子に伝えたいことは、たった一つだけ。
自分の命を愛してあげて。
それに足る何かを見つけてあげて。
それが、生きていく上で、いちばん大切なことなんだから……」
――…………。
正直それくらい、自分の口から伝えて欲しいところだが。
α「それは、たぶん無理だな。そういう確信があるもの」
――ふーむ。わかった。
まあ、説教臭くならない程度に、伝えるようにする。
α「どうするつもり?」
――そりゃあもう。
私たちらしいやり方でやろう。
α「えっ。それってひょっとして……TRPG、ってこと?」
――そうとも。
α「えーっ。アリス、遊んでくれるかなあ? 結構マイナーな趣味だよ?」
――姉さんと血が繋がっているなら、きっとハマるさ。
α「フーム。……それなら、良いんだけど」
――もしアリスが気に入るようなら、姉さんのシナリオも回すようにするよ。
α「おおっ。それ、いいねえ」
――姉さんのシナリオは実際、そういうテーマの物が多いからねえ。ちょうどいいと思う。
α「……………そっか……………」
――………………。
今日はすこし、話しすぎたかい。
次シナリオの打ち合わせはここまで。そろそろ、休もうか。
α「……………いいえ。……………もう少し…………大丈夫………」
――いや。ダメだ。
録音、切るよ。
α「……………良かった………………これまでしてきたことはぜんぶ…………無駄じゃなかった……。……ぼくのシナリオを通して…………ぼくとこの娘が……………繋がって……」
(テープの再生が止まる)
(男は、小さく、長い嘆息を吐いて、立ちあがる)
▼
(ふいに、チャイムの音が鳴った)
(男が立ちあがり、玄関の扉を開けると、そこには少女の姿がある)
(その隣には、彼女の父親と思しき、顔立ちの似た男もいる)
(少女が、満面に笑みを浮かべて、挨拶をした)
A「やあやあ! どうもどうも!」
――はい。いらっしゃい。
A「本日はぁ……、世にも珍しい、親子セッションですよ!」
(Aの父親は、一瞬だけ目を合わせた後、少し照れくさそうに会釈をする)
A「お父さん、どーしても、エクシリオの正体が知りたいって! 十数年来の謎を解きたいって! それで、連れてきたんですよ」
――ああ、なるほど。……いわれてみれば、義兄さんとセッションしたのは……もう、ずいぶん前でしたね。
もちろん、当時のキャラクターシートは保存していますよ。
A「おお! 十年以上前のキャラ! これは年季が入ってますよ……!」
――そうだね。楽しみだ。
(そうして三人は、テーブルに着く。
片や、ルールブックを片手に持つ中年男。
片や、透き通るように白い肌を持つ親子だ。
男が、フリー音源のBGMを流し始める)
――そんじゃ、やっていこうか。
(新たな物語が始まる)
【I Could Die For You】
無題のシナリオ。~ぼくとあの娘のTRPGリプレイ~ 蒼蟲夕也 @aomushi
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