第70話 幸福な門出
――手術が終わって。
サキコは、あなたたちに語りかけます。
サキコ「さて。私はこのまま、姿を消すわ。……この場所を自由に出入りできるリモコンを渡すから……あとは、あなたたちだけで、うまくやれるわね?」
あくむ「え……ええ……」
――さらに彼女は、こう訊ねるでしょう。
サキコ「ねえ、あくむちゃん」
あくむ「……え?」
サキコ「最後に、一つだけ聞いてもいいかしら」
あくむ「なんですの?」
サキコ「あなたにとって色式べには、どういう存在だった?」
あくむ「…………。なぜいまさら、そんな話を?」
サキコ「なんとなくね。……この仕事をしていると、色んなひとに出会うのよ。私に仕事を依頼する人たちの動機は、さまざま。カッコいい男になりたい、美人な女になりたい。健康な身体が欲しい、別人になって、過去と決別したい……」
あくむ「…………」
サキコ「その中でも、あなたたちは特にユニークだったわ。……まるで……小さな神様が味方についていて、……その言葉に従っていたみたいだった」
あくむ「…………」
サキコ「ねえ、一つだけ聞いてもいい? あなたたちの行動はすべて、本当に自分の意志によるものだったかしら? あなたたちの望みは無事、叶えられたの?」
あくむ「それは……もちろん、ですわ。わたくしたちは、わたくしたちの望むまま……ここに来たんですから」
サキコ「……そう。あなたがそういうなら、私もそれを信じるわ。……けど、ちょっぴり思うのよ。私たちが生きるこの世界は、邪悪な神様で溢れかえっている。……ひょっとすると、私たちには自由意志なんてものはなくて、ただ状況に対応しているだけなんじゃないか、って」
あくむ「ふうむ。……なんだか、哲学的な話、ですこと」
サキコ「ねえ。あくむちゃん。……改めて聞くわね。あなたにとって色式べには、どういう存在だった? 彼女の支払った代償に、あなたはどれほどのことができるの?」
あくむ「それは…………」
――…………………。
B「えっと……ちょっぴり口を挟んでも?」
――どうぞ。
B「ちょっとその質問は、ロールプレイの範疇を超えている、ような……」
――いや。
シナリオで指定されていた通りの展開だよ。
あくむ「……そう、ですわね。彼女はわたくしにとってとても、大切な友達……でした、けど……」
サキコ「けど?」
あくむ「今日、それが、家族に、なった。そんな気がします」
――ふむ。
あくむ「お互いのために、傷を負う覚悟をする、ということ。わたくしの思う家族って、そういうものなんです。彼女は、それをした。
そういう相手なら、わたくしもきっと、その人のために代償を支払うことができる。……わたくし、この美郷荘で、誓います。
色式べに。円筆あくむは、貴女のためなら、死ねます」
――……そうかい。
B「………………(はらはら)」
――ではサキコは、こう応えます。
サキコ「よくわかったわ。とても興味深いおしゃべりだった。……それじゃ、さようなら。また縁があったら、会いましょう」
――そう言ってサキコは、風のようにそこから去っていきました。
その後、あなたたちはサキコに言われたとおり、密かに時を潰します。
賢いあなたたちにとって、ニンジロウたちの目を欺くのは容易いことでした。
やがて二人は、警察の目を逃れつつ、ロープウェーに乗車。
無事、日常への帰還に成功するでしょう。
A「これは……」
B「まさかの……」
A「二人とも、生還?」
――そうですね。
その後のあなたたちの人生がいかなるものであるか。
それはまた、別の物語として語る必要があるでしょう。
願わくば、二人の門出に幸多からんことを。
A「う、おおおおおおおお……」
B「おおおおおおおお……!」
A「やったああああああああああああああああああああああああああああああ!」
――では、続けてエンディングの描写に入ります。
▼
そうしてあなたたち(PL1、PL2、あるいは両方)は、日常へ戻ることができるでしょう。
今となっては、美郷荘での事件は夢の中のできごとのように感じられます。
そんなある日のこと。
あなたたちの元へ、一通の便りが送られてきます。
差出人は、山城ササオ。
あなたが読み上げた内容は、以下のようなものでした。
『あれからしばらく経ったが、元気にしているか?
おれの方は、相変わらずだ。この世に巣くう化け物を追って、あっちこっちを旅してる。
あんたにわざわざ連絡したのは……まあ、謝罪のためだ。
美郷荘でのあの夜。犯人扱いしてすまなかった。
ぶっちゃけ俺、最初からおまえらのことを疑ってたんだよ。
なーんかおまえら、腹にイチモツある気がしてな。
まあ、それはいいや。
一応、美郷荘の連中のその後について、語らせてもらうよ。
古里ニンジロウさんはいま、不器用ながらも美郷荘を続けてる。
どうもあの男、かなり学がないらしく、数字関係のことはちんぷんかんぷんのようだが、……案外、ケツに火がついたら、なんとでもなるもんさ。
知っての通り、やつの作るカレーは絶品だし、それをウリにして今後とも、なんとかやっていくことだろう。
古見ケンノスケは結局、あっさりと推し変して、いまでは別のユーチューバーを追いかけてるって話だ。
ファンってのはいい加減なもんだな。いちど冷めれば、すぐ別のものに興味が移っちまう。
まあ、一つのことばっかりやってる、おれたちみたいな連中の方がよっぽど異常なのかもしれんけどな。
問題は、杉上サキコだ。
あいつは、いまもって行方不明のまま。
あれほどの有名人が、よく誰にも見つからずにいると思うよ。
あんたら、何か知ってることはないか?
もし何か知ってたら、その先は怪異探偵の出番だ。いつでも連絡してほしい。
……とまあ、ながながと書いてきたが、おれの話はここまでだ。
お前たちはお前たちで、達者に人生を歩んでくれ。
あの事件を乗り越えられたおまえらなら、きっとどんな困難にも立ち向かえるさ。
それじゃあな。
P,S,
手紙なんていまどき流行らねえ方法で連絡してすまん。
なにぶん、古いタイプの人間でな。』
さて。
この手紙を読んであなたたちがどう感じたにせよ……あなたたちは、ササオの手紙に紛れてもう一通、はがきが届いていることに気づきます。
その内容は、以下のようなものでした。
『ようこそ、
海や湖に広がる美しい風景、そこに生息する豊かな生き物たち。大きな自然の魅力にあらためて触れてみませんか?』
そのはがきには、女性のものと思われる文字で、このような追伸が書き加えられています。
『今度の“友だち”は、けっこう物わかりの良いやつよ! Sより』
⇒キャラクター生還 『幸福な門出』END
▼
(少女たちが、席を立って抱き合う)
(彼女たちはそれぞれ、満面に笑みを浮かべながら、GMの次の言葉を待っている)
――はい。
と、いうわけで……。
A「おつ……おつ……」
――お疲れ様でした。
A「お疲れ様でしたあああああああああああああああああああああああッ!」
B「お疲れさまあああああああああああああああああああああああああッ!」
――二人とも、見事なロールプレイ、見事なダイス運だったね。
B「ちなみにこれ、30点以上狂気度が加算されてたら、どういうエンディングやったんです?」
――そうなった場合、プレイヤーキャラクターは、すぐさまNPC化してしまう。
どういうタイプのNPCになるかは、狂気の内容によって変わるだろう。
B「あー……。なるほど」
A「今回の場合だと、あくむちゃんに依存体質になっちゃうかんじかな?」
B「……ふーむ。……それもそれで、エモい結末やったかも」
――そうかもしれません。
A「いやー。今回も楽しかったですねー!」
B「せやね。……つぎのセッション、いつする?」
A「ふむ。どうしましょっか」
B「AちゃんとGMさえよろしければ、来週にでも……」
A「そうですねー。どーしよっかなー」
B「あ! なんならうちが卓、やろぉか? クトゥルフとか、D&Dとか……他にもいろいろ……世の中には『えんぴつ』の他にも、色んなシステムがあるんやで」
A「いいですねえ! じゃ、今度は新しいルールにもチャレンジしてみようかな……!」
(そうして、少女たちは帰り支度を始める)
(次に紡がれる物語は、彼女たち自身が決めていくだろう)
(男は静かに、彼女たちを見送るのだった)
【See You Next Session】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます