第68話 愛の口づけ
べに「……ええと……まず、どのへんから整理していったらええんやろ……」
あくむ「なんでもどうぞ」
べに「とりあえず、根本的な疑問。……あくむちゃんの目的は……私を、男の身体にする……ってことで、ええの?」
あくむ「うん」
べに「それは……それは……。なんて言ったらええんやろ……」
あくむ「ただし!」
べに「?」
あくむ「それもこれも、手術の安全性が確認されてから。わたくし、あなたが傷つくところは見たくありませんから」
べに「せ……せやね」
あくむ「サキコさん。手術はいったい、どういう手順で行われるんです?」
――では、あなたたちがエイリアンの技術について理解ができたかどうか、”知力”判定。難易度は”神業”。23以上で成功です。
A「グエー。情報を出すつもりがない難易度」
B「これ、あくむもべにも、クリティカル出さんと成功せぇへんのと違う?」
A「……あ! でもあたしたち、”クトゥルフ神話”の《雑学》があったはずでは?」
――いいでしょう。
では、一つだけ難易度を下げて、21以上で成功とします。
A「うおおおおお! 一回くらい、クリティカル出てくれー! 【ダイスロール:7(+8)】 ……知ってた!」
B「……【ダイスロール:7(+11)】 現実は非情やね」
――では二人は、ミ=ゴが行う手術に関する情報を、何一つとして得られないでしょう。
A「きっと、異星で使う専門用語がたっぷり使われていたんでしょうね」
B「そういうことか……」
――とは、いえ。
話を聞いているうちに、一つの事実を思い出します。
アカリさんは一ヶ月前、手術によって廃人同様になってしまいました。
きっとこの手術には、何らかのリスクがあるだろう、と。
B「ううううう。グッドエンドはないって、そーいうことか」
A「? ……どういう……?」
B「クトゥルフ
A「なるほど。物語の世界において、善行は報われがちですからねぇ」
B「そういうこと。でも今回の場合、そのルールは当てはまらんっちゅうこっちゃ」
A「手術に、痛みが伴うってことかな。……ちなみに、麻酔したり、とかは……」
――それについてサキコに尋ねると、彼女は哀しげに笑って、
サキコ「残念だけど、それはできないの。エイリアンの技術だからかな。人間の感情とか痛みとか、そういう繊細なところに無頓着なのね」
あくむ「ミ=ゴの技術が一般に知れ渡っていないのは、そういう理由もあるのかな」
サキコ「そうね。ま、どっちにしろ、術後の体調は人それぞれよ。私はへっちゃらだったけど」
あくむ「ぜんぜん平気な可能性も、一応あるってことね」
サキコ「そういうこと。……どっちにしろ、保険が利くような手術じゃないことは承知の上でしょう? そこは自己責任ってことで。当方は一切責任を持ちません」
あくむ「……そう、ですか……」
――そしてサキコはまた、温かい珈琲に口をつけます。
A「あ、あ、あ! それと、大切なことを忘れてた!」
B「?」
A「色式べにちゃんって、食屍鬼なんでしょ? 神話生物と人間の脳を交換するのって、可能なの?」
――ええと。
つまりあくむは、べにの正体を、ここで話してしまう、ということでよろしいですか?
A「あ、そっか。そうなるのか」
B「うちは、……別にかまわへんで」
A「いいえ。ダメです。きっとべには、自分の正体について誰にも知られたくないだろうから。……あたし、あくむとべにに、末永く幸せになってほしい」
――それでは、サキコはただ、あなたを見つめているだけでしょう。
「そろそろ結論は出た?」と、目で語りかけてきています。
A「う……うううう………ううううう! な、なんだか、ワガママを通すのが……悪い気がしてきた……!」
B「――ねえ、Aちゃん、ひとつ、聞いてええ?」
A「な、なんです?」
B「人間って、1と0で割り切れるほど簡単やないと思うの。あくむちゃんにとって性別は、恋をするのに絶対的に重要なこと?」
A「え、ええと……、それは……どうかな? ハンドアウトの設定的に……」
――いまは、そのことは深く考えなくて大丈夫です。あなたの考える”円筆あくむ”というキャラクターのことを考えた時、何が彼女にとっての最適解になるかをお考えください。
A「わ……わかりました。あたしの……考え……」
B「たとえば……せやね。女同士なんて絶対あり得ん! って言っても、いろいろパターンがあるやろ? 単なる見た目の問題なのか、それとももっと根っこの深い、……本能的な問題なのか」
A「うーん。……たぶんあくむにとっては……。後者でしょう、ね」
B「ほな、見た目を好みに合わせれば済む話とちゃうんやね」
A「はい。……そうです。そうじゃないと、こんなところまで来た理由になりませんから」
B「そっかぁ。……うーん」
A「これは……これは……考えても考えても、理想の結末が思いつかない!」
B「せやね。これ、意図的にジレンマが生まれるように作られてるっぽい。物語的に、どっちかのワガママを優先するしかないんよ」
――(その通りだ)
A「いま一つだけ、確実に言えることがあります。あくむとべには、このままの関係を続けることはできない、……と、思う」
B「つまり、手術に応じないと、二人の破局は間違いないっちゅうことやね」
A「はい……。でも……色式べににとって”肉体交換”は……死ぬのと一緒……、でしょ?」
B「ん? なんでそうおもう?」
A「だってだって! べにちゃんって昔、『男の子に虐められていた』って言ってましたよね? そんなあなたなら、……男の身体に入るって考えるだけで、身の毛もよだつ行為なんじゃないかしら」
B「せやね。そーいえば、そんな話、したかも」
A「やっぱり! あくむとべには……破局するしかないんだーっ」
B「………………」
――ではお二人の結末は、『手術を受けない』ということで、よろしいですか?
A「それは……仕方ないか………………」
B「いや。ちょっとまって」
A「え?」
――まだ、何か?
B「……ここから先は、ロールプレイで話しましょ」
――なるほど。
では、どうぞ。
べに「ねえ、あくむちゃん。なんか勘違いしていない?」
あくむ「え?」
べに「あくむちゃん、私を男の身体に入れることに苦悩してるみたいやけど、……うち……いや、私は、ぜんぜん、かまわへんよ?」
あくむ「嘘。だってあなた、あんなに男嫌いって……」
べに「男嫌いは、方便や。……ホントのこと言うと、私が嫌いなんは、男だけやない。……人間、みんな」
あくむ「……え?」
べに「あくむちゃん、勘が良いからもう気づいてるよね? 実は私、普通の人間やないんよ」
あくむ「それは……」
べに「うち、化け物として人間社会に暮らしてきて、ずーっと他人が怖かった。だってそうやろ? この場所は、うちのいるべきところやなかったんやから。……でも、あくむちゃんだけは違った。あくむちゃんと話してる時だけは、本当の自分で居られた。……わかる? うちにとってあくむちゃんは、全てなんよ。……だから……もし、あくむちゃんにとって、うちの身体が気に入らないっちゅうなら……そんな身体、これっぽっちも未練はない」
――(おいおい。一人称が変わってるぞ)
あくむ「……………べに……………わ、わたくし……………」
べに「でも、最後に一つだけ。……この身体のまま、……あくむちゃんと、キスがしたいな。……けっきょくうちら、恋人らしいこと、一つもしなかったから……それくらいなら……ええでしょ?」
あくむ「え…………ええ…………も、もちろん!」
――………………。
A「………………」
B「………………」
――………………。
A「………………」
B「………………」
――………………。
A「………………………………ええと……GM?」
――えっ、あ、はい。
A「そろそろ、次のシーンを……」
――あ、……ああ! そうか。
なんかきみたち、本当にキスするのかと思って……。
A「め、滅茶苦茶言わないでください! 現実にはしません!」
【To Be Continued】
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