「第6章 本当の真実」(7)

(7)


 直哉を含めた五人は、何事もなく地下鉄に乗り、乗換駅に到着してグリーンドアへとやって来た。店名の由来となっている緑色のドア。最後に訪れた時は、この展開を誰が予想出来ただろうか。


「じゃあ、入るね」


 代表して美結がドアを開ける。彼女の手の力を受けて緑のドアが開き、上部に取り付けられたカウベルがカランコロンと五人を迎え入れた。


 店内に全員が入る。火曜日の夕方の店内は、そこそこお客さんがいて、香夏子はテーブルの接客をしていた。カウベルの音に反応して、顔をこちらへ向けると、入って来た五人を見て目を見開いた。


 一瞬、香夏子が泣きそうな顔をしたのを直哉は見逃さなかった。


 すぐにいつもの笑顔に切り換わり、五人の下へ駆け寄っていく。


「いらっしゃい、美結ちゃん久しぶりだね。今日は沢山で来てくれたんだ」


「香夏子さん、お久しぶりです。いつもの席は空いてますか?」


 美結が明るく対応しながら尋ねる。彼女の問いに笑顔で答えた。


「うんうん。空いてるよ」


「ありがとうございます」


 ソファ席が空いているのを教えてもらうと、五人はソファ席へ移動する。直哉も続く中、ポンっと背中を叩かれた。振り返ると香夏子が笑顔で頷く。


「やったね、佐伯くん」


「やりました」


 二人だけの短い会話を交わす。香夏子しか知らないあの日の事を褒めてくれたのが直哉は誇らしかった。


 いつも美結と座るソファ席は五人になると丁度良く埋まる。男子二人と女子三人で綺麗に別れた。


「良い店雰囲気の店だね」


 手にしたメニューを手に取って、森谷がそう言った。


「でしょう? 今日はちょっとお客さんが多めだけど、普段はもうちょっと静かなの。だから、ここで勉強すると凄い捗るんだ」


「そうなんだ。なら今度、三人で勉強会しよっか」


「あ、さんせーい」


「うん、私も賛成」


 森谷の提案に沙耶香が手を挙げて賛成する。美結も同意した。森谷は「楽しみ」と言ってメニューをテーブルに広げる。初見の三人がメニュー覗き込んだ。


 グリーンドアは“心読み”の相談をする為の喫茶店。直哉の中にあったそのイメージが綺麗に崩れていく。どうやら顔に出ていたらしく、目の前に座る美結が首を傾げる。


「どうしたの?」


「あっ、いや。何でもないよ。本当に何でも」


 自分でも分かるくらい下手な誤魔化しだった。もっと上手なやり方があっただろうに。直哉がそう思っていると、彼の表情を見て美結がピンときた顔をする。


「あっ、そうか。佐伯くんも一緒に勉強会やりたいんでしょ?」


「え? あ、ああー」


 美結の指摘に曖昧な形で返していると、梅沢が目を細める。


「えぇ〜。佐伯も来るの?」


「さっちゃん、そんなに露骨に嫌な顔をしなくても」


「だって、せっかく女子会が出来ると思ったのに」


 口を尖らせる梅沢に森谷が「まあまあ」と口を挟む。


「大勢でやった方が勉強は捗るんじゃない? っと言う訳で優人も来るよね?」


 それまで会話に参加せずiPhoneを触っていた真島に森谷が会話を振る。振られた彼はiPhoneをポケットに入れた。


「あ、俺? うーん。行っていいなら行きますよ?」


「うん、来てほしい。でも優人一人だと、バランスが悪いから佐伯くんも来てよ」


「あっ、はい」


 森谷に押されて直哉は了承する。それが合図だったように彼女が「よし!」と声を出す。


「次は勉強会って事で。そろそろ注文を決めないと」


「そっか。皆は決まった? 私はいつものがあるから」


「ちょっと待って。えーと、オッケー。私も決まった。凛も決まってる?」


「決めた。男子二人は決まった?」


「俺もいつものがあるから、真島は?」


「ちょっとメニューかして。よし、決めた」


 全員の注文が決まると、美結が「すいませーん」と手を挙げる。すると、トレーに五人分のお冷を持った香夏子がやって来た。上機嫌の彼女にそれぞれ飲み物を注文する。


 香夏子がカウンターの奥に入ると五人は話を弾ませていた。まるでそれまで止めていた蛇口の栓を開けた時のように勢い良く話題が流れ出る。


 流れ出た話題は主に女子三人が起点となり、男子二人が入るという構成。


 これが本来のこのグループ内の法則なのだろう。直哉はどこか客観的に分析していた。五人の話題は途切れる事はなかったが、香夏子がそれぞれの注文を持って来ると、嘘のように急速に萎んでいった。


「それでは、ごゆっくり」と笑顔の香夏子がカウンターの奥に入ってから、それまでの雰囲気が変化していく。どんな些細な事でも自体が動いたので、皆、本題へと脳のモードをシフトしていったのだ。


 その事を五人の中で誰より分かっている美結がそっと口を開く。


「なんか急に静かになっちゃったね。いや、私のせいだけど……」


「まっ、注文した飲み物が来るまでに一通り、話し尽くしたから。美結が気にする事はないよ」


 梅沢がそっと助け舟を出した。


「ありがと。さっちゃん」


「新藤さん、自分の口から全部話そう? 難しそうなら別に……」


 不安そうな真島が美結に尋ねた。


「大丈夫、話せるよ。ありがと真島くん」


 話せると答えた美結に四人の視線が集中する。


美結が「すぅ――」と息を吸った。


「最初から全部話すから結構、長くなると思う。皆、飲み物を飲みながらゆっくり聞いて」


 そう美結が前振りして四人がゆっくりと頷いた。


「ありがとう。えっと、まずは四月に私が佐伯くんと――」


 美結が説明を始めた。


 聞く三人と一人。


 直哉は、美結の口から語られる“心読み“の全てにこれまでの出来事を回想しながら、彼女の語りに耳を傾けていた。






 美結が“心読み“の告白をしてから、二年が経過した。

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