「第6章 本当の真実」(6)

(6)


 一時間目の数学が終わると、すぐに森谷と梅沢が美結の席へ向かう。教室のいつのもの休み時間が直哉には違う光景に見えた。三人が美結の席に集まって話をしている。何の話をしているかは流石に聞こえないが、時折見える美結が、笑顔なので安心出来た。


「気になるなら、直哉も新藤さんの所へ行ったら?」


「いや、俺はいいよ。森谷さんと梅沢さんとはまた違うし」


 二人が駆け寄った事はとても嬉しかったけど、それはそれだ。別に今、話さなくても放課後にいくらでも話せる。そう、チャンスは数時間後にやって来るのだ。


 直哉がそう考えていると、真島は「あっそ」と返事をして、立ち上がった。


「じゃあ、俺は行ってくるわ」


「はっ?」


 ぶっきらぼうな真島に驚いていると、彼はスッと立ち上がり美結の席へと行ってしまった。てっきり自分と同じ考えだと直哉は、真島の行動に呆気に取られた。


 三人に合流した真島は、当たり前のように輪の中に溶け込んでいる。直哉は、その光景を遠くのスクリーンに映る映画のように観ていた。


 真島が合流して仲良く談笑していた四人。その内、真島と森谷が直哉の方を見た。


 ずっと気にしていた直哉は当たり前のように目が合う。目が合った二人は、その事を残りの二人にも伝えた。それでめでたく、全員と目が合った。


 美結がこちらを見ている。


 これ以上ないくらい、教室でしっかりと彼女と目が合っていた。


 美結が右手を動かして、直哉を手招きした。


「ふっ」


 思わず小さく笑ってしまう。他ならぬ美結の手招きに、行かない訳には行かない。最後の一人だった直哉は立ち上がり四人に加わった。


「あ、やっと来た」


 最後に加わった直哉に森谷がそう話す。その声は満足そうでもあり、これからからかおうとする前兆のようにも聞こえた。


「何ですぐに来なかったの? 昨日はあんなに熱心に話してたのに」


 森谷に続いてそう話す梅沢。


「まあ、いざ新藤さんが来ると、照れて行き辛いものがある」


 直哉は正直な気持ちを口にした。


「しょうがないさ、直哉はいつも新藤さんを盗み見てるだけだったから」


「あっ、おい!」


 真島の暴露に声を大きく注意する。しかし既に遅く、全員に秘密を聞かれてしまった。「絶対、好きじゃん」「へぇ。そんなに美結の事、見てるんだ」早速横から梅沢と森谷に野次を飛ばされる。


聞かれたくなかった張本人の美結は、真島の暴露を聞いて目を少し大きくしてから、すぐに笑った。


「そうなんだ。佐伯くん、そんなに気に掛けてくれてたんだ」


「いやっ! ほら、やっぱり気になっちゃってっ! 何か力になれないかなって考えてたし……っ」


 焦った言い訳を口からダラダラと溢す。美結を除く三人がニヤニヤと笑っていた。


「ありがとう。ゴメンね、そこまで気遣いさせちゃって」


「全然、そんな事より新藤さん、来てくれて本当に良かった」


「うん、ありがとう。佐伯くんのおかげだよ。佐伯くんがいるって思ったから頑張れてる」


 美結はにっこりと笑った。そんな彼女の笑顔を見ただけで、これまでの苦労が全て吹き飛んだ。


「それでね、佐伯くん。今、皆とも話してたんだけど、放課後時間あるかな?」


「大丈夫。問題ないよ」


「良かった。それじゃ皆、放課後に」


「場所はどうする? いつものドトールにする?」


 すっかり定番の場所と化したドトールを提案する森谷。美結はまだ一度も入っていない。他の四人は彼女にもあそこを定番にしてほしいと思っていた。


「ありがとう。凛ちゃん、でも大丈夫。良い喫茶店を知ってるんだ」


「そう? 美結オススメの喫茶店があるなら、そこでいいけど」


「私も平気」


「あ、俺も付いてくよ」


 梅沢と真島がそれぞれ美結の意見に同意する。ただ、直哉だけは一抹の不安を感じていた。


「新藤さん、その場所って……」


 グリーンドア? 店名を口に出さずに尋ねても充分に伝わった美結は頷いた。


「佐伯くんが思い浮かべてる喫茶店。やっぱり私の話はあそこでしないとね」


「……いいの?」


「うん、いいの。私は皆に来てもらいたい」


 そう答える美結の顔に迷いはなかった。


「え? 佐伯は行った事があるの?」


 二人が会話を続けていると横から梅沢が聞いてくる。


 直哉の代わりに美結が答えた。


「あるよ〜。ちょっとした個人経営の喫茶店なんだけどね。よくそこで相談に乗ってもらってたんだ」


「へぇ」


「まあ、最近行けてないけど」


 最後に行った時を思い出す。あの日からグリーンドアに行く機会が減り代わりにドトールコーヒーばかり行っていた。同じ街なのにそれぞれのお店に役割がある。


 直哉がそう考えていると、予鈴が教室に響いた。


「さ、続きはまた放課後に。二時間目の古典始まっちゃう」


 美結が自身を囲む四人にそう話す。こうしてその場はお開きとなった。


 それから学校生活は続いていき放課後へ突入した。このクラスで彼らほど、放課後を待っていた生徒はいない。


 幸い、誰も掃除当番も委員会もない。すぐに学校から出られる。五人は皆で教室を出て、校舎から出た。部活をやっている運動部を横目に校門を出る。しばらく歩いていると、自然と前方三人に女子。後方二人に男子のフォーメーションへと変わっていく。前方の三人の会話が弾むのと対照的に二人の間ではそこまで会話はない。


 気まずい訳ではなく、むしろこっちの方が楽だと直哉は感じていた。彼がそう感じていると、「それにしてもさ」と真島が口火を切る。


「なに?」


「このメンバーで一緒に帰る日が来るとは思わなかった」


「確かに。入学した頃は想像もしていなかった」


 真島の言葉に直哉も同意する。僅か数ヶ月でここまで自分を取り巻く環境が変化するとは、入学式の日にはまるで想像していなかった。


「しかもまだ、一年生だしな。あと二年もあの学校に通わないと行けないんだぜ」


「三年になったら、もっと変化してるかも」


 二人がまだ見ぬ未来を考えて笑い合う。


 直哉は口にこそ出さないが、出来たらこの関係が続いてほしいと思っていた。


 五人で仲良く登下校出来るような、そんな関係がいつまでも続いてくれたら。

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