「第6章 本当の真実」(5)
(5)
翌朝、直哉は美結がちゃんと来てくれるか不安になって、自然といつもより早く起きた。昨日は帰ってすぐに寝たのに脳がまだ疲れを残していたらしく、朝から体が重かった。
灰色の絨毯を敷いたような曇り空の下、直哉は電車に乗り満員電車に押し込まれながら、学校へと向かう。早く起きたせいで、乗換駅に着いた時には、美結との“心読み”の確認作業をする時間帯になっていた。
改札を通り、地下鉄のホームに降りると、自然と待ち合わせ場所だった自動販売機を目で追ってしまうが、そこに美結の姿はない。
もう“心読み”の一件が終わった事を実感しつつ、直哉は他の乗客と共に地下鉄に乗った。学校の最寄り駅へ到着。もしかして、美結がいるかと周囲を警戒しながらも学校へ向かった。
教室に入ると既に真島、森谷、梅沢の姿があった。彼らは森谷のテーブルに集まって話している。教室に入った直哉を三人が見た。梅沢が「あっ、」と小さく口にする。
直哉は自分の机横に通学カバンを掛けると、そのまま彼らの下へ。
「おはよう、直哉」
いつもと同じように真島が挨拶してくる。
「おはよう。新藤さんは、まだ来てない?」
「ああ。今のところは来てないな」
「そうか。本人から何か連絡は?」
直哉が二人に尋ねると、二人とも首を横に振る。
「私のところには何も。凛にも来ていないって」
「そうか。休む時はいつも連絡くれてたからなぁ」
教室に入ればすぐに解決すると思っていた。だけどそうじゃなかった。休む時や遅刻する時には必ず連絡がくるのに今日はそれも来ていない。
限りなく不安定な状態。いや、むしろ来ない方に比重は傾いる気がする。
直哉がそう考えていると、ため息混じりに森谷が口を開く。
「やっぱり、いきなり今日から学校に来るのは難しかったのかな……」
「確かに。最悪、俺たちに会わないまま転校する可能性だってある……」
森谷の意見に真島が同意する。珍しく弱気な2人に梅沢が「2人とも、」と言って首を振った。
「そんなこと言ってたら、いつまで経っても美結は来ない。私たちは毎朝、あの子が絶対に来てくれるって信じないと」
「そうだよ。梅沢さんの言う通りだ。今、俺たちに出来るのは、新藤さんを信じて待ち続ける事だけ」
直哉と梅沢が弱気になってる二人を鼓舞する。
しかし、二人の鼓舞も虚しく予鈴のチャイムがスピーカーから鳴り響く。
それは、四人にタイムリミットが来てしまった事を伝えた。
朝の雰囲気が解消されていき、ガヤガヤとした教室の雰囲気が静かになっていく。廊下で話していた生徒や教室で話していた生徒たちが自分の席へ戻っていった。
それは直哉達も例外ではない。彼らは顔を下にして各自席に戻る。今日は森谷の言う通り、昨日の今日で来れなかっただけだ。明日はきっと来てくれる。
負け惜しみのような勇気付けを直哉が自分自身にしていると、ガラッっと教室の後方のドアが開く音が聞こえた。
もう教室の雰囲気は静かになっているので、その音は気持ち良いくらい教室に響いた。
生徒の視線は自然と開いたドアに誘導される。その中には四人の姿もあった。殆どの生徒は、開いたドアからやってきたクラスメイトに遅刻ギリギリで間に合ったのだという印象しか持たない。
だが、四人はそうではない。
「美結っ!」
梅沢が大きな声を出す。今度はクラスメイトの視線が梅沢へ向けられる。当の本人は、そんな事全く気にしていない。
「あ、さっちゃん。おはよう……」
梅沢に名前を呼ばれた本人は、元気ない様子だったがその中で、懸命に笑顔を作って挨拶をした。
注目を浴びた美結は恥ずかしそうに自分の席へと着く。彼女への視線上には直哉も真島も森谷もいた。直哉の目にも映った森谷は梅沢と同じく涙が出そうになっているのを必死に抑えていた。
「来てくれたな」
真島がボソッと口に出す。その声量は完璧で直哉にしか声は届かなかった。
「ああ。来てくれて本当に良かった」
直哉も同じ声量でそう返してから、ホッと口から息を吐く。彼の視線の先にいる美結は、自分の席に座って教科書類を引き出しに入れていた。何もおかしい事はない。いつもの朝の様子だった。
こうして、三年間の高校生活の一日が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます