「第6章 本当の真実」(4)

(4)


 目的地のドトールコーヒに到着した。三人は来ているはずなので、余裕を持って一階で注文してから上がる。今日は、アイスカフェ・モカを注文した。


注文を受けて取り、慣れた足取りで二階に上がると三人は揃っていた。直哉が来たのを森谷が見つける。


「佐伯くん。こっちこっち」


「ああ、うん」


 もはや定番となったテーブル席。席順も全く同じだ。直哉は梅沢の側に通学カバンを置く。彼が席に座ると森谷が話を始めた。


「佐伯くん、取り敢えず無事に終わったみたいでホッとしてるね」


「まあ、考えていた事は全部出来たから」


「やり残しがないんなら、それが一番じゃない」


「まあね」


 森谷にそう話すと今度は隣の梅沢が「ねえ」と声を出す。


「どんな話をしたのかは、教えてくれるの?」


「ゴメン。それは難しい。俺の口からは話せない事が多過ぎる」


 “心読み”、そして司の件。直哉からは話せない事だらけだった。彼が話せないと言うと、梅沢は肩を落として「そう……」と返した。


 やはり梅沢は三人の中でも美結を心配している気持ちがかなり高い。その気持ちは初回よりもかなり冷静になったが、根本は変わっていない。そう考えていると、彼女は話を続けた。


「じゃあ、私たちが何か手伝える事はある?」


「あるよ。っと言うか、それは俺から三人にお願いしようと思ってた」


 直哉が三人にそう話すと、梅沢が落とした肩を上げる。


「その三人って俺も入ってる?」


「ああ。真島も入ってる」


「でも俺、そんなに新藤さんと関わりないけど、役に立てる?」


 珍しく真島が不安そうな顔で尋ねてきた。直哉はそんな彼の不安を流すように首を横に振った。


「立てる。そもそもここまで関わってるんだから、役に立てない訳がないだろ?」


「そ、そうか。それなら良いんだ」


 直哉に励まされて安堵する真島。


「優人には色々助けてもらってるから。もう立派な関係者だよ」


 隣に座っている森谷も真島を励ました。


「ありがとう、凛」


「うん。それで佐伯くん、一体どうやって協力させてくれるの?」


 森谷の真っ直ぐと向ける視線に直哉は一回、頷いた。


「まず、大前提として新藤さんが学校に来てからになる」


「分かった」


「うん」


「了解」


 三人が各々、了解を示す。それぞれの返事が頼もしくて直哉は嬉しかった。


「今日、新藤さんには三人にコミュニケーションの問題を話してほしいって伝えた。三人なら必ず話を聞いてくれる。だから、自分から説明してって」


「なるほど、つまり美結がそれを話したら、私たちは協力すればいいのね?」


 梅沢が頷いて返す。


「そういう事。だけど、あくまで判断は自分自身でしてほしい。新藤さんの話を聞いて、本当に無理だと判断したら相応の対応をしてくれて構わない」


 “心読み”の問題を説明されても何の抵抗もなく受け入れられる人間は、特殊である。直哉は司の一件から承知している。


「それって、相当深い感じなの?」


「そうだ。普段関わりがないって言ってる真島だって、実際に聞いたらどう思うのか分からない。それがいつも仲が良い二人なら尚更だ」


 直哉は真島を例に出して二人の顔を見る。二人とも、顔を見合わせて互いに緊張感を相乗させていた。彼は話を続ける。


「だけどまずは、新藤さんの話を聞いてあげて。そしてすぐに答えは出さない。決して焦らず自分の中で充分に咀嚼してから、答えを出してほしい」


「分かった。美結が話してくれてから、自分で判断する」


「私も。凛と同じ。まずは聞いてから」


「俺もそうするよ」


 三人がそれぞれ了承してくれた。“心読み”を聞いて反射的に了承するのではなく、自分で咀嚼してから答えを出す。それが一番重要だと直哉は知っている。それが出来なかったから、司はああなってしまったのだ。


「これで現時点で出来る説明は終わりかな」


 口から息を吐いて直哉がそう話す。まだ席に座ってから一口しか飲んでいなかったアイスカフェ・ラテに手を伸ばす。いつも同じ物だったから変化を付けようと初めて頼んだが、とても美味しかった。


 直哉が話し終えると、三人とも中々、口を開こうとしない。それぞれ自分が美結から話をされた場合を考えているのが伝わってくる。やがて、森谷が「大丈夫」と先陣を切った。


「私たちは待つしかない。美結の口から話してくれるのを。佐伯くんが教えてくれた通り、美結が話してくれたらそこから動こう」


「だな」


「うん」


 真島と梅沢が森谷の言う事を聞いて、頷いて返す。


 話はこれで終わった。空気を入れ換えるようにパンっと真島が手を叩く。


「さて、話は終わりだ。何か食べよう。当初の予定通り、ここで食べる? それともファミレスとか行く?」


「皆はどうする? 私はここでも良いけど」


「えー、でもここ軽食しかないよ? せっかく駅前に何でもあるんだから、どっか食べに行こうよ」


 森谷と梅沢の意見が対立する。真島はどちらの意見でもよくて中立の立場らしい。そうなると、残っているのは直哉となる。


「佐伯くんはどうしたい?」


 森谷が黙っていた直哉に意見を求めた。


「え? う〜ん」


 どこでもいいから決まった店で食べようと考えていた直哉は、意見を聞かれて腕を組む。その様子に横の梅沢がイライラしていた。


「ハッキリしたら? 美結の時はあんなにハッキリする癖に」


「まあまあ、それとこれとは別問題だって」


 真島が仲裁に入る。彼が入ってくれている内に決めないと、問題は面倒になるばかりだ。直哉は振り返って窓の外に景色を向ける。二階にあるこのテーブル席からは景色がよく見えた。月曜日でも構わず、大勢の人が歩いている。


 その中で一つ、目に付いた看板をポソっと口に出した。


「……ラーメン」


「ラーメン?」


 直哉の呟きを森谷が拾う。まだ外に出るかどうかの段階でいきなりラーメンが出る事に驚いていた。だが意外にも梅沢は乗り気だった。


「あ、ラーメン! 良いじゃん、私も食べたい!」


「よし、それならラーメンにするか。凛は?」


 真島がラーメンに味方したので残った森谷に是非を問う。


「皆がラーメンラーメン言うから私も食べたくなってきた。ラーメン」


 森谷の賛成票を得て、全員でラーメンを食べに行く事が決定すると、梅沢がトレーを持って立ち上がる。


「よし、決まり。早速行こっ」


「はいはい」


 それに森谷が同意して自分のトレーを持つ。残った男子二人もトレーを持って席を立った。こうして四人はラーメンを食べに行く事となった。


 二階の階段を揃って降りていく中で、この面子で何かを食べに行くなんて、初めてだなと思った。それまでは美結の件で余裕がなかったからだ。


 勿論、問題が解決した訳ではない。だけど今、四人でラーメンを食べに行くのを誰にも止める事なんて出来なかった。

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