「第6章 本当の真実」(3-2)

(3-2)


直哉の声は部屋を伝播して、ベッドの上で布団の山にぶつかった。美結がそこがいるのが分かり、何だかとても子供っぽくて、つい笑いそうになる。


 直哉は彼女の下へ近寄る。部屋の中央にあるローテーブル前が丁度良い場所だった。そこに腰を下ろすと、まだ繋げていたiPhoneから「部屋に入ってくるなんて、反則だ」と震えた声で訴えが聞こえた。


「反則だね」


 直哉は否定せず、受け入れる。受け入れるけど、止めるつもりはなかった。そして布団の山に向かって、ずっと言おうと決めていた事を口にする。


「新藤さん、例の願い事なんだけど話すよ」


「……っ」


 美結が息を呑むのが分かった。ここまで役目を果たしてくれたiPhoneはもういらない。直哉は通話を切った。


「俺の願い事は新藤さんに“心読み“がなくても生きていけるように自信を付けてもらう事。その為に部屋を出て真島、森谷、梅沢に“心読み“の事を話して欲しい。彼らなら、“心読み“の話を聞いても受け入れてくれる。

 それが新藤さんの自信に繋がり、生きていける事になるから」


 大切に温めていた想いを直哉は吐き出す。そこに嘘、偽りはない。彼の話を聞いた美結は、何も答えなかった。


 当然、直哉は美結がすぐに動けるはずがないのを承知しているので、何も言わない。


「もう帰るよ。今日は話が出来て嬉しかった」


 直哉はそう言って、部屋から出ていく。ドアを閉める直前に美結を励まそうかなと思ったが、すぐに止めた。ここから先は本人の意思で決めるものだ。


 パタンっとドアを閉めて、直哉は杏の部屋まで歩く。そして、彼女の部屋をノックした。すぐに「は〜い」と声が聞こえてドアが開く。


「あ、佐伯くん。どうした?」


 ドアを開いた杏は、エントランスで会った時と同じ格好をしていた。耳にBluetoothイヤホンをしており、仕事中なのを察した。先程までの直哉と美結との会話も聞こえていないようだった。


「お仕事中にすいません。もう帰ろうと思います」


「うん、了解。どう? 美結とはお話出来た?」


「はい。自分の気持ちは話せました」


 直哉がそう話すと、杏は笑顔で頷く。


「そっか。良かった良かった」


「はい。あのっ……、」


「ん?」


 直哉の言葉に杏が首を傾げる。


「これからも美結さんの味方でいて下さい。お願いします」


 直哉が頭を下げる。美結にとって杏の存在は、本当に大切で彼女のおかげで保っていると言っても過言ではない。


頭を下げている直哉の頭にポンっと優しい音と心地良い重みが乗った。


「大丈夫、私はこの先もずっと美結の味方だから」


 その言葉が直哉にとっては、何よりも有難かった。


「ありがとうございます」


「なんなら、佐伯くんの味方になってあげても良いよ?」


 冗談混じりにそう話す杏につられて直哉も笑ってしまう。


「ありがとうございます。何か困った時には相談させてもらいます」


「うん、いつでも相談してね」


 二人は部屋から離れてから玄関へ。靴を履いてから直哉は、あらためて彼女に礼を言った。


「お仕事中にありがとうございました」


「良いって。むしろ私の方こそ、美結の為に色々ありがとう」


 互いに礼を言い合って、直哉はマンションのドアを開けて部屋から出た。


 バタンっとドアが閉まり、ちょっとしてからガチャリと鍵がかけられた。杏と別れてから、直哉はエレベーターを呼び出して到着を待つ。


 その時にポケットに入れていたiPhoneが着信した。取り出すとLINEが何通か届いていた。相手は真島たち三人だった。梅沢なんて結構前にメッセージに送っていた。美結とずっと話していたので気付けなかった。


 到着したエレベーターに乗り、中に誰もいなかったので、真島に電話を掛けた。『もしもし直哉か?』


『ああ、うん。ゴメン、新藤さんとずっと話してたから、LINE気付かなかった』


 電話の向こうからは聞き覚えのあるBGMが流れた。どうやらあのドトールコーヒーにいるようだ。おそらく他の二人も一緒にいるだろう。


『気にするな。何となく、そんな気はしてたんだ』


『そう思ってくれると助かる』


 エレベーターがエントランスに到着して、直哉はマンションの外に出る。夏夜風が体に当たり、気持ち良かった。時刻は十八時半になったばかりだった。もっと話していると思ったが、そんなに時間は経過していなかった。


『直哉、疲れてるところ悪いんだけど、今からいつものドトールに来れないか? 凛も梅沢さんもいるんだ』


『ああ、行けるよ』


 真島の言う通り、体は疲れているが行かない理由がなかった。直哉はすぐに了承する。


『ありがとう。ドトールで待ってる。簡単に夕食も食べよう』


『分かった』


 直哉は電話を切って、最寄り駅まで歩く。途中、赤信号で止まった時、母親に夕食はいらないとLINEでメッセージを送った。


 すぐに【分かった】と返信が届く。この時間、母親は既に夕食を用意していたはずだ。もう少し早く送れていたらと、後悔したがしょうがない。帰ったら謝ろう。直哉はそう決めて、青になった横断歩道を歩く。

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