「第6章 本当の真実」(2-3)
(2-3)
一度、壊れてしまった関係を直すには時間がかかるんだと小学校の先生が言っていたのを思い出す。そう考えていると、ある仮説が直哉の中に生まれた。
「もしかして、新藤さんから話したの? “心読み“がもう使えないって事」
口にした疑問はすぐに空中に霧散して、目に見えなくなる。それでも耳にはしっかり残っていた。直哉の質問に数秒開けてから、「……うん」と短い答えが返ってきた。
直哉はずっと、司が無理矢理に美結を追い詰めて言わせたのだと思っていた。けれど、真実はそうではなかったのだ。あの時、司本人が自慢気に語っていた話は、濁っていたのだ。
「どうして、話したの?」
直哉は美結に問いかける。司に話してしまったら、これまでの努力が全て水の泡だ。頭の中で話す経緯を幾つも探ったが、答えは出てこない。
すると観念したように美結が答えた。
「もう完全に“心読み“が復活しないって分かったから。だから、お母さんとさよならする為に話した」
「さよならする為?」
「うん。さよなら」
別れる為に“心読み“が消えた事を打ち明けた。直哉には美結の話した意味が分からなかった。彼が黙っていると、補足するように「つまりね、」と彼女が声を出す。
「私はお母さんの事、嫌いなの。だから“心読み“が消えた事を打ち明けて、もう何もかもお終いにしようと思ったの」
「嫌い?」
一瞬、何かの聞き間違いかも知れないと直哉が聞き返すと美結は、あっけらかんとした声で答えた。
「うん。大っ嫌い。もう疲れちゃった」
まるで何て事ないように、明日の天気を言うように。
司の事を大嫌いと話す美結。彼女が司を嫌いだなんて思ってもみなかった。
その辺りの感情は全部、司の担当だと勝手に考えていた。
そうだったんだ。
美結の発言を聞いて、直哉の胸の奥が不自然な程、スーッと軽くなり心が晴れていくような感じがした。
「新藤さんは転校が嫌だから。一緒に暮らしたくないんだって思ってた。けど、そうじゃなくて司さんが嫌いだから、一緒に暮らしたくないんだね?」
「その通り」
直哉の意見を美結は肯定する。今まで表に出てこなかった真意がこれで明るみの下に出た。
「その事を司さんは知らないんだ」
「知らないよ。お母さんは“心読み“が消えれば、また前にみたいに一緒に暮らせるって思ってるから。私にはその気はないけど」
司の自分が悪いと思っていない考え方は、娘に嫌われないという意味が根底にある。おそらく彼女の中では、子供が無条件に自分の事を好きでいた時代で止まっているのだ。
「司さんには、新藤さんの気持ちは伝えてないの?」
「伝えてない。って言うより、言えなかった。だって“心読み“が消えたって話を聞いて、泣いて喜んでるんだもん。これでまた一緒に暮らせるねって。正直、そんな顔を見て引いちゃって……」
「なるほど」
実の母親に引くという表現を使った美結。それを聞いて彼女の考えが伝わった。しかし彼女にその気がなくても向こうは動いているはずだ。
「このままだと司さんと一緒に暮らすんじゃないの?」
「お母さんの中ではそうなってるけど、まだ分からない。杏さんにはまだ何も話してないから。今夜、話そうと思ってる」
「なんて?」
「叶うなら、高校卒業まではこの家で暮らしたい、大学に入ったら、一人暮らしをしたいって」
美結がもう大学まで視野に入れているのを直哉は聞く。同じ年齢なのにもう未来を見据えていた。それが彼女を大人に見せる。
直哉が黙っていると美結の方から「ところで、」と聞かれた。
「もう一つは?」
「え?」
直哉が聞き返すと、美結は「ほら、」と言って話を続けた。
「最初に二つ隠し事があるって言ってたじゃん。一つはお母さん、もう一つは?」
「あ、ああ……」
司の件は、これで終了といった具合に次の展開へ進められる。正直、直哉はまだ、消化し切れていなかったが、しょうがないと二つの目の話をする。
「二つ目は、新藤さんの件で真島、梅沢さん、森谷さんと何回か会ってる」
「えっ⁉︎」
ここで自分の友人の名前が出るとは思わなかったのだろう。美結は相当驚いた声を出した。iPhone越しでもドアの向こうからも動揺した声が聞こえた。
「前に他の人も相談したらどうかって相談したろ? だけど、新藤さんには拒否された。それもあって今日まで黙ってんだ。“心読み“の事をコミュニケーションに問題があるって言い換えて、朝と放課後の確認作業を説明した」
最後まで三人に“心読み“の説明をしなかった事。本当に良かったと。あの時、ギリギリまで話すか迷ったが、話さなかった選択は正しかった。
「どういう風に話したの?」
「新藤さんから、相談を受けて、コミュニケーションの不安を解決しようと二人で奮闘してたけど、行き詰まってこれ以上は進めない。力を貸してほしいって。そう話したよ」
駅前のドトールコーヒーで行われた話し合いを簡潔に話した。
直哉の話を聞いた美結は、すぐには言葉を発する事なく沈黙を保っていた。
その沈黙の種類は決して、嬉しいからではない。それが嫌と言う程、伝わる。
「ゴメン」
沈黙に耐えられなくなって直哉は謝罪を口にする。もう謝ってどうにかなるレベルではないが、謝る事しか直哉には出来なかった。
「はぁ」
iPhoneの向こうからため息が聞こえる。実際に吐息がかかっている訳ではないが、美結の吐息には様々な感情が内包されているのを感じた。
「やっぱり怒ってる?」
「怒ってるって言うか、呆れてる」
美結は実に素直な感情を吐露した。直哉が黙っていると、美結が話を続ける。
「確かに。何で言うのって気持ちはある。でも私も佐伯くんに“心読み“が消えた事を秘密にしてたし、お互い様ではある。分かった?」
美結の確認に直哉は「分かった」と返事をする。
「よろしい」
と、どこか納得した様子で美結は言った。
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