「第6章 本当の真実」(2-2)
(2-2)
「そう、だったんだ」
消えそうな声が聞こえた。久しぶりに聞く美結の声は、それまでずっと泣いていたのか声が掠れていた。
「万が一、新藤さんの“心読み”が使えていたらすぐにバレる。その時は素直に謝ろうって思っていた」
“心読み”が使えないのに使えるフリをして階段を駆け降りていく美結の後ろ姿。それを見てしまったら、とても言えなかった。
「恥ずかしいじゃん、せっかく頑張ってたのにバレてたなんて」
「何も恥ずかしくないよ。大丈夫」
直哉は美結の気持ちを尊重して否定しない。
「心が読まれない事を良い事に俺は、新藤さんに話していない事が二つある」
「二つも?」
「うん。まず一つは、新藤さんのお母さん、司さんと二度会ってる」
「え!? お母さんと?」
今日、初めて美結の大きめの声が聞こえた。困惑するのも無理はない。
直哉は続けた。
「一度目は学校の帰り道。2度目は先週の土曜日。どこかお店に入ったとかじゃなくて、車内で話した。何も聞いていない、よね?」
先程の驚いた様子で分かっていたが、一応答え合わせをする。
「うん、聞いてない」
「分かった」
聞いていない方が余計な事を言われていないで済む。直哉は話を続けた。
「話したのは、“心読み”の事と家族の事。離婚の経緯を聞いた」
「そう」
美結が言えなかった家族の話を司から聞く。ずっと黙っていた事に直哉は罪悪感を抱いていたが、こうして口に出す事でより強くになった。
「司さんは、新藤さんの“心読み”が消えたのを知らなかった」
「うん。お母さんには言ってない」
「安心してほしい。俺は司さんと会ってる時に新藤さんの“心読み”が消えたなんて言っていない。あるものとして接してた」
「ほんとう?」
美結が少し疑うような声で聞いてきた。
「本当。あの人、ずっと革手袋をしていただろう? あれが嫌だったんだ」
第一印象の悪さを美結に伝える。実の親の陰口を聞くのは美結からしたら、嫌かも知れないと言った途端に後悔したが、彼女は小さく笑ってくれた。
「司さんなりに“心読み”の対策をした上で会っている訳だから。最初から会いたくない訳じゃない。大切にしているのも分かる。分かるんだけど……」
本来の親なら、杏のような対応をするのが正解ではないのか。司は最後まで美結の味方ではなかった。直哉の中で二人の差が明確に出てしまった。
直哉がそう考えていると、美結が「私はね、」と話を始めた。
「お母さんのやり方は、しょうがないって思ってる。やっぱり離婚の原因を作っちゃってるのは私だから」
「でも浮気をしたのはお父さんで、新藤さんは何も悪くないじゃないか」
“心読み”は離婚の原因じゃない。そこは認める訳にはいかないと直哉がハッキリと否定する。
「ありがと。佐伯くんにそう言ってもらえると、凄く救われた気分になる」
「だったら――」
何も問題はない。そう続けようとしたが、それよりも美結の声の方が早かった。
「でもね。佐伯くんが知らない事、一つあるよ」
「え? なに?」
「お母さんね。お父さんの浮気の事、知ってたの」
「えっ!?」
そんな話は聞いていなかった。新事実に直哉が大きな声を出す。奥の部屋に行った杏に迷惑だったか。慌ててドアの方を向いたが、彼女が出てくる気配はなかった。
「あ、でも証拠を見つけたとかじゃなくて、何となく分かってたみたい。ああこの人は、私以外に好きな人がいるなって」
「そうなんだ」
てっきり“心読み”によって隠されていた事実が暴かれたと直哉は考えていたのに本当の真実は違っていた。そして、美結の話によれば尚更、彼女は悪くない。
「お母さんは、お父さんに気持ちを知った上で、また自分に惚れさせようと頑張ってたみたい。ああいう性格だし、お父さんが大好きだったから」
「そうか。それを新藤さんが……」
美結の話を聞いて浮かんだ答えを直哉は口にした。
「うん。私がそれを台無しにしちゃったの」
“心読み”は確かに離婚の直接的な原因ではなかった。美結の“心読み”がなかったとしても将来、離婚していたかも知れない。だけど、その切っ掛けを作ってしまったのは、間違いなく彼女の“心読み”だった。
本当の真実を知ってしまった直哉は、もうさっきまでのように止める事は出来ない。それを察したかのように美結の方が慰めてしまう。
「大丈夫。佐伯くんは何も悪くないよ。だって知らなかったんだもん。しょうがないよね」
「ありがとう」
美結を励ましに来たのに逆に励まされている。これでは、ここまで来た意味がない。すぐに脳を冷却して冷静さを取り戻す。
「そう考えると、今まで新藤さんが司さんと会っていたのは?」
直哉が尋ねると、美結が息を吐くのが分かった。
「会っていたのは、やっぱりお母さんだから。離婚した時にいくら酷い事を言わても、会いたいって言われたら、私はそう簡単には断れない。高校に入ってもお金の援助はずっとしてもらってたもの」
「そう、か」
「うん。最初の方こそ苦痛だったけど、回数を重ねる内に少しずつ話せるようになった。杏さんとの暮らしとかお母さんが仕事をどれだけ頑張っているかとか。手袋はしてたけどね」
氷結された氷を少しずつ溶かして水に戻すイメージ。そんなイメージが直哉の脳内に流れ込んだ。初めて会った際、二人の会話がぎこちないと思っていた。だけど、そこに至るまでに長い時間をかけて到達した場所なのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます