「第6章 本当の真実」(2-1)
(2-1)
放課後になって、直哉は美結のマンションの前に着いた。彼女の家は一回行った事があったので、場所は覚えていた。行っておいて本当に良かったと思う。
一階エントラスで部屋番号を押そうとした時、直哉の手がピタリと止まった。美結は本当に熱で休んでいるかも知れないと考えたからだ。朝、聞いた途端に仮病だと決めつけていたが、本当に病欠の可能性は勿論ある。
そうなった場合、美結に余計な心配だけを与える事になる。そもそも、杏が仕事に行って彼女は部屋で一人かも知れない。そうなると、インターホンを押しても絶対に良い事はない。
こんな事なら司だけではなく、杏とも連絡先を交換するべきだった。直哉がその事に後悔していると、後ろの自動ドアが開いた。他の住人の迷惑になる。下を向いて横に逸れた。
すると、頭上から「あれ?」と声が降りてきた。聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには杏の姿があった。
「佐伯くんじゃない、どうしたの?」
「杏さん」
彼女はスーツ姿で黒のビジネスバッグを持っていた。直哉が何かを言う前に杏は「あっ、」と何かを察した顔を作る。
「分かった。美結のお見舞いに来てくれたんだ」
「あ、はい。そうですね」
直哉は否定せず肯定する。嘘をついてもしょうがない。
「オッケー。開けてあげるよ」
杏はポケットから鍵を取り出して、インターホン下の鍵穴に差し込む。時計回りに回して自動ドアが開いた。開いたドアの向こうに一歩入った彼女の背中に向かって直哉が声を飛ばす。
「あの新藤さんの熱って、どんな感じですか?」
「ああ。あれは仮病。なんか今日はどうしても行きたくないんだって。結構真剣だったしま、いっかってオーケーしたの」
驚く程あっさりと杏は内情を説明してくれた。美結が仮病であると分かり、安心した直哉は、彼女に続いて自動ドアを通る。二人してエレベーターに乗った。
二人しかいないエレベーターで直哉が質問する。
「杏さん、新藤さんが仮病の理由は知らないんですよね?」
「うん。知らない」
「聞かなかったんですか?」
「うーん。聞いても良かったんだけど、単純に根掘り葉掘り聞くだけが味方のやる事じゃないでしょ」
「味方?」
「そうだよ。私は美結の味方。もしかして知らなかった?」
首を傾げてそう話す杏。聞くだけが味方のやる事じゃない話す彼女は、もしかしたら誰よりも美結の理解者なのかも知れない。
杏がいたから、これまで美結は無事だったのだと再認識する。
二人を乗せたエレベーターは到着して四階に到着した。杏の後ろを歩いて廊下を歩き、ドアの前で彼女は鍵を差してドアを開けた。
「いらっしゃい、そしてただいま」
先に靴を脱いだ杏が直哉にスリッパを用意して一人で笑う。
「お邪魔します」
直哉は出されたスリッパに足を通した。この家は前回来た時と変わらない。玄関から先が暗くなっている事ぐらいだった。二人して洗面所で手を洗う。
「ゴメン。私、部屋でちょっとやる事があるの。あと、任せてもいいかな?」
手を合わせる杏に直哉は頷く。
「大丈夫です。任せてください」
「良かった。では後は、任せます」
杏は廊下の奥にある自分の部屋へと帰って行った。彼女はおそらく美結の為に仕事を残してまで早く帰ってきたのだ。そんな事、態度では絶対に見せないが、直哉にはしっかりと伝わった。
バタン。杏が自分の部屋のドアを閉めた音が廊下に響く。ここから先は自分の戦いだと、誰かに試合開始のゴングを鳴らされた気がした。
「……さて、やるか」
誰も聞いていない意気込みを口にして、直哉は美結の部屋の前へ立つ。ドア一枚の向こうに彼女がいる。それを実感する程の無言の厚みが彼を襲った。
コンコンっとドアを二回ノックする。
「新藤さん、佐伯です。昼間にLINEした通り、お見舞いにきたよ」
事前に学校からLINEしていた事をドア越しに話す。直哉の声はドアを貫通して、その奥にいる美結まで届いている。だが残念ながら向こうからの返事はこない。
ドアに鍵は付いていない。物理的に開ける事は出来るが、それはしない。
直哉はポケットからiPhoneを取り出して、美結に電話を掛ける。着信のバイブレーションがドアの向こうから聞こえてきた。
数回聞こえて、それが止まる。
美結が電話を取った。プッ……っと電話に出る音が聞こえて、部屋の空気が聞こえてくる。電話に出てくれた。それだけでも意思疎通が出来る。
直哉は話を始めた。
「最初におかしいなって思ったのは、朝の確認作業の時。先に行ってって連絡が来たけど、いざ教室に着いたら新藤さんはいた。
あれは寝坊したんじゃない。確認作業が嫌で俺から逃げたんだ。」
「……っ」
直哉の説明に美結は返事をしない。代わりに短く息を吸う音が聞こえてきた。それを返事と受け取り、話を続ける。
「そもそも新藤さんが朝の時間配分を間違える訳がない。来なかったのには、理由があるはず。考えられる可能性の中から、一番あり得ないのをやっつけよう。そう思った。だから、俺はちょっとした仕掛けをしたんだ。」
そこから先を言うのが怖くなり、息が詰まる。いつかは自白するつもりでいたが、いざそこにぶつかると緊張してしまうものだ。
小さく息を吸って、何度したか分からない覚悟をする。
「朝に会えなかった放課後の確認作業は、朝の確認作業をするのが二人で決めたルール。だから俺はある日、朝食を食べなかった。
手を握られて“心読み”をされている最中もずっと、別の事を考えていた。
それなのに新藤さんは何にも言わなかった。“心読み”が使えてるなら、絶対に大丈夫なんて言わない。それで確信した。“心読み”が完全に消えたんだって」
あの日に違和感が確信に変わった心境を思い出す。心が読まれていると思っていた美結が実は、もう使えなくて使えているフリをしている。
その時を知った自分の心が見えない手で押し潰されそうになる感覚を。
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